第30話「迷宮の悲鳴」

 竜の解体には時間がかかった。「迷宮試験」の制限時間を考えれば、悠長にはしていられないが、この報酬だけで十分目標はクリアできるだろう。


 あとは、後続者が来るかが問題だったが、誰も来なかった。この階層が特殊過ぎるからなのか。三人共、その点は不思議に思っていたが、まずは目の前の作業と解体に集中していた。


 竜は三人の魔法を駆使し、みるみる小さくなり、ブロック状になった。それを三人が腰に下げていた袋に収納する。


 魔法は便利だけど、自分自身まで中に入っちゃいそうで、少し怖い。でも、便利なことには変らないので、どうせなら前世で欲しかった。そう思いながら、ミラは竜の肉塊に袋の穴を付けると、するっと袋の中に肉塊が収まる。近くにはもう見当たらない。魔法でいくらでも入るとはいえ、制限はあるらしいので、ここら辺が限界だろう。


「こっち、終わったよー」


 ミラはジャン王子達に声を掛けながら、近付く。彼らはすでに終わっていたようで、見える場所にはもう何もなかった。


「こっちも終わった」


「俺もだ」


「この後どうするー?」


「ミラ、それよりも血生臭いのをどうにかしてくれ」


 あっ、忘れてた。今のミラは解体の最中に付着した、竜の血液のせいで全身が赤黒かった。


 魔法でせめて服や髪だけでも綺麗にしようとした時――


 ――パリィンっ。


 ガラスの割れるような音が、鳴り響いた。


 この世界に来てから聞いたこともない音。聞こえたのは上空だった。ミラが見上げた先――空が割れていた。


「ジャン、これって……」


「かなりまずいな……。迷宮を出るぞ」


「きゃっ」


 ミラはジャン王子にお姫様抱っこされていた。


「ジャ、ジャン?」


「また、変な事されたら困るからな。このまま脱出するぞ」


 脱出って、まさか――


「ジェイもいいよな。ここから落ちるぞ」


「ああ、試験は大丈夫そうだしな」


 ああ、この高さから落ちるのか。ミラはジャン王子の服をぎゅっと掴んだ。さすがに怖い。


「しっかり掴まってろよ」


「う、うん」


 ミラが返事するやいなや、ジェイとジャン王子は走り出す。みるみるへりが近付き――跳んだ。


 下を見られず、割れた空を見上げると、誰かが顔を出していた。やはり、二階層の床を誰かが割ったのだろうか。


 一体誰が――気付くのは一瞬だった。


 ――サディア?


 空の穴から顔を出していたのは、ここに来る前に二階層で蛙の階層主と戦闘していたはずのサディアだった。


 なぜ? そう思った瞬間には、ミラはジャン王子達とともに落下していった。


 落下の最中、ミラには聞こえた。女性の悲鳴にも似た金切り声。長く細く、人を不快にさせる、怖がらせる音。


 迷宮が悲鳴を上げていた。



 目が覚めると、生い茂った葉が見えた。次いで聞こえたのは戦闘音。獣の唸り声と剣がかち合う音。人の叫び声も聞こえる。


 ミラが体を起こすと、あたりには回復魔法を掛けてもらっている人間が何人かいた。酷い怪我とまではいかないが、明らかに戦闘で怪我したものに見えた。


 なにしろ、噛み跡や爪痕が目立つ痛々しい姿の者ばかりだ。


 一体、なにがどうなって……。あ、身体が綺麗になっている。


「目を覚ましたか、二年――ん、君はミラ・シェヴァリエか」


「そう、ですけど。え、と、あなたは?」


「ああ、すまん。俺は君の一年先輩だ。ラルフという。ニアにはよく世話になって――いや、世話しているな」


「え? ああ……」


 その説明だけで、彼がどれだけニアに振り回されているのか分かったよう気がした。


 ラルフ先輩は、なかなか厳つい顔立ちだった。片目が白濁している。なにかに引っ掻かれたように、縦に一筋、眼を通って傷が付いていた。見る限り、古傷のように思えた。


「姉が迷惑かけているようで……」


「ああ、いや、気にするな。あと、ニアには絶対にこのこと言うなよ。面倒なことになる」


「ええ、それはもちろん」


 面倒なニアを知っている先輩か。これは、ジェイのライバルが登場だろうか。今度、ニアに訊いてみよう。


 二人で話していると爆発音が聞こえてきた。一瞬、耳が音を失う。すぐに戻ったが、心臓を早鐘打っている。


 ここは森の中。そこで、爆発なんかさせて大丈夫なのだろうか。音のした方では、もうもうと黒煙が上がっていた。


「バカが。周りに火の手が上がったらどうする。ちゃんと伝わってないな……」


「あの、これ、どういう状況なんですか?」


「ん? ああ、そっか君は眠っていたもんな」


「好きで眠っていたわけでは……」


「あ、いや、すまん。言葉選びが悪かった」


「い、いえ……、こちらこそ」


 なんというか不器用な人だ。時々言葉遣いが悪いけど、悪い人ではないんだろうな。


「どっかのバカが、迷宮の床に穴を空けたみたいなんだ。というか、そうとしか思えない。でなければ、こんなにモンスターが出てくるわけがない」


「あー……」


 三階層を落ちる時に見た、あの穴。その奥にいたサディアと使用人の二人。


「なんだ? 思い当たる節がありそうだな」


「あ、いや、落ちる前に穴を見たので……」


「落ちる前? 穴? よく聞かせろ、その話」


「でも、大丈夫ですか? あっちに加わった方が……」


「それは大丈夫だ。君の王子様が張り切っているからな」


「王子様? ああ……、大丈夫かな?」


 一抹の不安がよぎる。ジャン王子はミラが絡むと、変に張り切ってしまうのだ。やり過ぎやしないだろうか。三階層から落ちる前にもあんなこと言っていたし……。


「おい、あまり俺を不安がらせないでくれ。急に心配になってくるだろ」


「いや、大丈夫だと思いますよ。ちょっとやり過ぎちゃうだけで……」


「大丈夫ではないだろ……。はあ、下級生の暴走を止めるのも上級生の役割か……」


「そんな感じですねー」


「簡単に言ってくれるな、おい」


「ニアを止められるのなら大丈夫ですよ、ラルフ先輩」


「そう言われるとな……。手短に話してくれるか、不安になったきたからな」


 ミラはラルフにあらかた話した。ジャン王子、ジェイ、ミラの三人でパーティーを組んで迷宮試験を受けていたこと。三階層の天井に穴が開き、迷宮が悲鳴を上げていたこと。目が覚めたらここにいたこと。


 ――サディアのことは伏せた。余計な憶測で、あまり場をかき乱したくない。それに、怖くもあった。彼女がなにかをしでかすとすれば、自分のせいの可能性があった。


 このことが、どう婚約破棄――破滅ルートに繋がるのか分からない。ゲームではモンスタービーストの話なんてなかったし……。


「なるほど、三階層か……」


「これって、どうやったら収まるんですか?」


「文献ではモンスターを湧いてこなくなるまで倒し切るか、もう一つ方法があった」


「倒し切るって、いつまで――」


「空いた穴が塞がるまでだから、一年以上の場合もあったらしい」


 一年? 長すぎる。学園がモンスターに呑まれかねない。


「あとは、穴を塞ぐしかないが――そこは、今、心配なくなった」


「え?」


「君が教えてくれたからな、穴の場所。塞ぐのは適任の奴がいるし」


「誰、ですか?」


「ミラ~~~~~~っ!」


 ラルフ先輩の話を遮るように、聞き覚えのある声が耳に入った。とてもうるさく。


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