第29話「過保護な王子様」

「はぁー……、危ない」


 ミラが一安心していると、能天気な顔をしたジェイが意気揚々とやってきた。モンスターを倒した後だからか、実に楽しそうな顔をしている。それをニアにも見せてやれば、少しは意識してもらえると思うんだけどな。


「おーい、大丈夫かー」


 もう少し加減して、と愚痴の一つでも言いたくなったが、相手が竜ではしょうがないとも思う。手加減して倒せなかった時の方が危ない。


「ミラ、あの剣どうなっているんだ?」


「ん? なんで?」


「いや、爆発しているじゃないか、あれ」


 ジャン王子が指を差した先、ゴロンと転がっている竜の頭。その眼には一つの剣が刺さっていた。根元まで刺さっているのだが、それ以外の皮膚からは内側から、その剣身が飛び出していた。まるで、中でハリネズミのように爆発、増殖したようだった。


「俺も気になる。あれ、どうなってるんだ」


「んー、説明するのが難しいけれど――ジャンが言っているのが一番近いよ。剣が中であちこちに分かれて伸びて、ああいう風に突き出しているの」


 自分で言っていてもおかしな話だが、実際そうなのだからしょうがない。


「剣に回復魔法を掛けると、そうなるようになってるの。それにね、もう一回魔法をかけると、ちゃんと剣の形に戻るんだよ」


「いつの間に、そんな剣を……」


「私だって守られるばっかりじゃないんだからね」


 そう、人生はいつだってどう転ぶのか分かったものではない。用心するに越したことはない。どんな危険があるのか分からないのだ。


 ジャン王子には、このことは言っていなかった。わざわざそんなものを言う必要性はないし、……物騒な女って思われるのもちょっと嫌だった。いや、ジャン王子が、そんな偏見を持たないことは分かっていのだけど。


 ミラは竜の頭に近付く。それにしても、本当に大きい。頭は横に転がっているせいで登らないといけない。


「よっと」


 ミラは足に力を込め、跳躍すると一気に竜の眼に突き刺さったままの剣に近付く。


 竜の鱗は、思ったよりも硬かった。授業や話には聞いたことはあったけれど想像以上だった。さすがに学園内の迷宮だから、外のよりは弱いんだろうけど……。


 鱗の上は、まるでコンクリートの上を歩いているようだった。前世の歩道を歩いているのと変わらない。下手したら、こっちの方が硬いんじゃないだろうか。


「うーん、ここ歩かなきゃいけないのよね……」


 ミラは戸惑ったが、どうしようもない。剣は竜の眼のど真ん中に刺さっている。


 竜の金色の瞳――そこに足を踏み出す。今にもぎょろっと動き出しそうである。ぶにゅっと魚のはらわたの様な感触が足の裏から伝わってくる。


「気持ち悪いなー」


 さすがに竜と言えど、眼までは硬くないようだ。おまけに、歩く度に血液であろう、黒い血があちこちから漏れている。正直、一刻も早く退散したい。


 でも、この後解体しないといけないのよね……。


 討伐後の作業に気を重くしながら、ミラは歩く。


 突き刺さっている剣に辿り着く。剣は、瞳に対して垂直に刺さっていた。未来視を使っていたとはいえ、上手くいったものだ。……そのせいで、ここまで歩かなければならなかったのだが。


 ミラは剣の柄に手を掛け、回復魔法をかける。本来は人体を癒す魔法。だが、この剣に関しては攻撃の手段になる。


 緑色の光の帯が手から流れ、剣身へと伝っていく。このままでは、上手くいっているのか分からないので、竜の内側から飛び出している剣を見る。


 すると、あちこちに飛び出ていたその剣身はみるみる引っ込んでいった。


「これ、いつまですればいいんだろう」


 そういえば、この剣の説明を聞いた時、この機能のことで頭が一杯で使用時の話しかちゃんと聞いていなかった。元に戻す時のことも言っていた気もするがうろ覚えだ。


 ずっと回復魔法を流していたが、試しに止めてみる。剣を抜こうとしたが、まだ引っ掛かりがあった。


 うーん……。とりあえず、ずっと掛けていれば大丈夫でしょ。ミラは回復魔法を掛け続けた。


「もういいかな……。ダメか」


 そんなことを何度か繰り返し、ようやく剣がずぼっと抜けた。入っていた穴は赤黒かった。ミラは視界に入ってしまった光景にうんざりする。


 うわ、グロイなぁ。しばらくお肉はいいや。


 引き抜いた剣は完全に元通りになっていた。真っ黒い剣。ミラは鞘に剣を戻した。


「うーん、今度確かめなきゃ……」


 一年近く経っているが、一度も使っていない機能なので、放ったらかしだった。今みたいにグダグダやっている暇があればいいけど、そうもいかない時の方が多い。


 ミラは再び跳躍し――ぶにゅっとした感触が怖気を誘った――ジャン王子の元に戻った。


「終わったか、ミラ。……剣、見てもいいか?」


「うん。いいよ」


 戻るなり、ジャン王子は剣を見たがった。ミラは鞘から抜いてジェイに渡す。


 ジャン王子がしげしげとそれを見て、首を傾げていた。


「本当に戻っているんだな……。こんな剣見たことないが……」


「特注だからねー。この世界で一本だけの剣だよ」


 それにしても、ジャン王子もやっぱり男の子だ。いつもの年齢とともに増してきている色気は消え、純真な子供らしさが顔を出している。


 いつもこうなら、やられっぱなしじゃないんだけど。あの王子様モードは破壊力高すぎだ。


「ジャン、じっくり見るのは後にしろ。こいつを解体するのが先だ」


「ああ、そうだな。ミラ、また後で見せてもらっていいか?」


「もちろん」


 ジャン王子から剣を返してもらう。鞘に戻していると、彼が近付いて来た。


「ど、どうしたの?」


「剣のことは置いといて、危険な行動をし過ぎだ。ミラ」


「うっ、それはしょうがないじゃない。こうでもしないと、ここまで来れなかったじゃない」


「そうだ。つまり、俺とジェイの力不足だ。……竜巫女の力をあまり使って欲しくないんだ、俺は」


「そう、なの?」


「当たり前だろ。誰が好き好んで自分の婚約者を傷付けたがるんだ」


「怪我なんてしてないよ?」


「そういう問題じゃない」


 ジャン王子が頭を撫でてくる。ふにゃふにゃになりそうだから止めて欲しい。


「未来視だって負担が高いみたいだし、危険性はあるだろ、その怪力。敵には近付かなきゃいけないんだから。あまり、突飛な行動されるとヒヤヒヤするんだ、こっちは」


「うう……、気を付ける」


「頼む」


 ジャン王子はミラの返答に頷くと、ジェイとともに竜の解体に向かった。ミラも後を追う。


 本当はジャン王子は、ミラに戦闘をして欲しくないのかもしれない。でも、それは今のミラには出来なかった。経験を積まなければ強くならない。


 いつ、どこで、どういう風に危険な目に、死ぬ運命に直結するのか分からない。死に近付いてしまうのか分からない。


 だから、弱いよりは強いほうがいい。ジャン王子の心配は嬉しかった。確かに彼らを頼らなさ過ぎた場面が今日は多かったかも知れない。


 ……どっかで、最後は自分一人だけが信じられる、って思っちゃってんだろうなー。でも、どうしようもないよね。


 大好きな人にさえ、どこかで疑わざるを得ない。苦しいが吐き出せる人もいない。


 だから、しょうがない。でも、少しはジャン王子とジェイをもう少し信用というか、頼ってもいいかな、とミラは思った。


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