第9話「お忍びデート出発!」

 外は快晴だった。


 寝室の窓から見上げた空は雲一つなく、お出かけ日和と言える気候だ。


 ジャン王子と直接顔を合わせて互いの休日を擦り合わせた今日。なんだかんだで付き合ってくれる彼も優しい。


 ジャン王子とは街の噴水広場――待ち合わせ場所として使用されることが多い――で落ち合うことになっていた。時間までに来なかった場合は家を出るのに失敗したということで、すぐに引き返すことになっている。


 集合はお昼ということになっているが――まずはこの屋敷を抜け出さなければならない。婚約者なので別に一緒にデートすると言えば、仰々しい警護を付け、行く場所を制限されて出来るだろう。だが、いくら安全上必要とは言え息が詰まる。実際以前したことのあるミラの記憶ではそうだった。今の自分でも同じ。


 どうせ竜巫女の魔法が使えるなら透明化もあれば良かったのに。


 ミラはありもしない空想に耽った。


「はぁー……」


 寝室のカーテンの中で一人溜息を吐いていると、背後からドアの開く音が聞こえた。メイドが起こしに来たのだろう。起床の時間だ。


 足音が聞こえてきて、カーテンの中に一人のメイドが入って来た。


「お嬢様、こんなところで何をしているんですか?」


 クラシカルな長いスカートメイド服の彼女は、ミラのお付きメイドでもある。だから、こうして毎朝起こしに来てくれる。


 撥ねっ毛の両サイドの髪をカチューシャで無理やり抑えており、声に違わぬ眠たげな眼でミラを見ていた。


「日向ぼっこ。……眠そうね、モナ」


「ええ、眠いですよ。お嬢様がいつもこの時間にきちんと起きていて下されば、こんな眠くないと思うのですが」


「……私、そんなに寝坊しているかしら」


「ええ、大変可愛らしい寝姿で、寝ていらっしゃいますね」


「今度からは気を付けるわ」


「ぜひそうしてください。私の睡眠のためにも」


 歯に衣着せぬ物言い。ミラとしては周りが気を遣うことの方が多いので、彼女のこの性格はありがたいものがあった。だから、モナのことは好ましい人物としてミラは評価している。


 だが、今日は彼女を騙さなければならない。習い事の関係はお休みの日。食事時以外はお付きのメイドと言えど一緒ではない。精々食事時に呼びに来るくらいである。今日みたいな休みの日は、ミラはいつもなら書庫に行って本を読んでいることが多く、そこに呼びに来るのだ。


 置手紙でもして昼食前に抜け出そう、とミラは考えていた。


 その後、ミラは家族の賑やかな食事――主にニアが騒いでいるだけ――を済ませ、モナと別れると、自室で置手紙を書く。


 ベッド脇にある書斎机で少しだけ黄色い紙にガラスペンで書いていく。仕組みは分からないが魔力をペンに流し込めば、インクはいらないというペン。手紙は、メモ用に用意されたA4サイズが束になった紙を一枚破り取ったもので、今回の用途には少々大きすぎるが仕方がない。ミラはペンの頭を顎に当て思案する。


 んー、不審に消えたと思われないようにしないと。


『モナへ。ジャン王子とデートへ行って来るので騒がないでください。夕飯までには帰ってきます。』


 書いた文章を再読し、悩む。


 あまり子供らしくない気がする。もう少し砕けた方がいいかもしれない。書いた文字に魔力を流し込むと消したい部分がすーっと消えていく。ミラはペンに魔力を流し、再び書いた。


『モナへ。ジャン王子とお外で遊びます。夕飯には帰ってきます。あと、両親には内緒でお願いします。ミラ。』


 うん。これなら大丈夫だと思う。大分余白が余ってしまったが。


 ミラは手紙を三つ折りに折り畳み、ベッドの上に置く。この場所なら必ず見るだろう。


 手紙はさておき、重要なのはここからだ。今日はモナや他のメイドのお手伝いなしに服を着替えなければならない。


 ミラはベッドの反対側にあるクローゼットの代わりの部屋へと入った。自室ほど広くない部屋には、ずらっと服やアクセサリーが並んでいる。まだまだ着用する本人が幼いというのに、両親もここまでよく揃えたものだ。部屋の中央には姿見がある。それを囲むようにドレスや普段着、小物類が並んでいる棚があるのだが……。


 前日までに決めておいて本当によかったと思う。今から選んでいたら時間がない。そもそもお忍び街に出向くのだから、あまり華美なものは着ることは出来ない。そのことを忘れて服選びに時間を費やしていただろうから。


 静かな部屋の中で、ミラはあらかじめ決めていたローブ、ワンピース、ベルトを取った。これは他の用事で街娘、というか一般の子供に紛れるためのいつもの格好でもあった。デートだからと言っておめかしが出来ないのは悲しいがしょうがない。でも、アクセサリーくらいは身に付けたかった。ミラはお出かけというかパーティ用に用意されているアクセサリー類からネックレスを取った。あまり目立っても困るため、小さなもので白い輝きが美しいもの。


 一通り着替え終えて、姿見の前で自身の姿を確認する。茶色いローブは上手い具合に顔を隠してくれていた。褐色気味の肌に真っ白いワンピースが良く映えている。可愛らしいサンダルはミラのお気に入りだった。お父様からもらったネックレスも、こういう時には役に立つ。普段は大人し過ぎるので、お父様の前では付けないことが多いのがなんとも皮肉めいているが。


「ふふっ」


 くるっとその場で一回転すると、ふわりとワンピースの裾が舞う。


 大人しめの格好だが、いざ着替えるとテンションが上がってくる。


 今日はどこ行こうかなー。


 ジャン王子は立場上そんなに多くは外に出られないだろから、こっちが案内してあげたほうがいいだろうか。


 まだデートまでは時間があるはず。ミラは自室に戻るとベッドに座り本を読み始めた。思わず足をパタパタさせてしまう。気付いた時には、時間が結構経っていた。そろそろ向かった方がいいだろう。


 正面は難しいから裏口から抜けないといけない。屋敷中央の階段を一階まで降りて、すぐ近くに裏口はある。部屋のドアから顔だけをそっと出すと、廊下にはちょうど誰もいなかった。


 よし、今の内に……。


 ミラはすっと部屋を出た。パタパタと自分の立てる足音がやけに大きく感じる。階段にはすぐに着いた。ここは三階。あとは降りていくだけ。踊り場まで降り、二階に着く。人はいたが、後ろを向いている隙に通り過ぎる。一階までの踊り場に着く。あとはここを降りて近くの裏口を通るだけ――


「モナ、暇ー?」


「暇じゃありません。ニアお嬢様」


 タイミング悪すぎないだろうか。なんで、こんな時に限っているのだ。ニアとモナの二人の声が一階から聞こえてくる。踊り場からは二人の姿は見えなかった。


 聞こえてくる会話からして、ニアがモナに絡んでいるようだった。モナは使用人達の中でも年齢が低いこともあり、姉妹のお姉さん的立場になっているような節があった。大抵、ニアお付きのメイドが忙しい時には、ミラかモナにニアが絡んでいる。遊んで、と。


「えー、いつになったら終わるのー?」


「ニアお嬢様が離れて下さればすぐに終わりますよ」


 声はするが踊り場からは姿は見えない。声の近さから考えて、階段近くの廊下に居るのだろうか。ニアがだる絡みしている今の内に出て行ってしまいたい。ニアに見つかっても厄介だ。止めはしないだろうが、彼女の好奇心なら根堀り葉堀り訊いてくるに違いない。


 ミラは二人の問答を聞きながら、階段を降りていく。魔法を使って足音を消すことも出来るが、あいにくミラはまだ上手くなかった。


「えー、本当ー?」


「本当です。ですので、仕事に戻らせてください。ニアお嬢様」


 モナも大変だ。ニアがああなると納得してくれるまで離してくれないのだから。


 一階に降りても、まだニアはモナに絡んでいるようだった。そのことに若干呆れつつも、今だけはありがたかった。


 声がする方の廊下をちらっと覗くと、モナのメイド服スカートをニアが掴んでいた。


「ニアお嬢様、終わったらちゃんと遊びますので離してっ、くださいますかっ?」


「ふふっ、どうしよっかなー」


「ニアお嬢様っ、そろそろ怒りますよ……」


 モナはまったく離れてくれないニアに業を煮やしたのか、引き摺りながらミラとは反対側へ向かっていた。モナの顔がいつもよりさらに表情を失くしていたので、しばらくあのままでは雷が落ちることだろう。物理的にも。


 ちょうどいい。裏口へは廊下へ一度出て、階段脇を通らなければならない。今なら気付かれないだろう。


 ミラはさっと廊下に躍り出た。廊下に足が着く。一瞬だけ緊張が走る。すぐさま足を階段脇に向け走った。きゅっと音が鳴った気がして冷や汗が出る。すぐさま階段脇に身を隠し、そのままの勢いでトットッ、と足音を立てないように走って、裏口に辿り着いた。


 胸が激しく上下する。背後では、まだ二人の声が聞こえてくる。ミラのことは話に出ていない。バレていないようだ。


 念のため、裏口に耳を付ける。ひんやりとしたドアの感触が気持ちいい。少しだけしか走っていないのに、体が熱くなっていた。向こう側には誰もいないようだった。


 そっと、ドアを開ける。真正面に裏の森が見える。左右を窺うが誰もいなかった。


 よし、行ける。


 ミラは内心、確信して外に出た。ドアをそっと閉じる。その時、雷の鳴る音が聞こえた。空気を割り、いかづちが落ちる音。咄嗟に上空を見るが、雲一つない青空だった。


 バタン、とドアが閉じる。


「モナっ、いたいーっ!」


「次はもっと痛くしてもいいのですよ?」


「モナのいじわるっ!」


 ニアのやかましいほどの声が聞こえる。どうやら、物理的な雷が下ったらしい。モナの雷系統の魔法は、素人目に見てもかなり上手いので、手加減は出来ているのだろう。それこそ、跡もつかず適度な痛みだけを与えるほどに。モナの雷を受けて、まさかずっとひっついているわけでもないだろう。


「早く、街に出よう……」


 ミラはそう一人ごちて、歩みを進めた。


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