第7話 決意そして逃走
さいきん、料理をおいしく感じなくなってきた。
なにをたべても、味がしないのだ。
ただ無味の物を口にいれて咀嚼して飲み込む作業と化している。
作業は苦痛でしかないが辞めるわけにはいかなかった。
一日に取らなければならない栄養の量が決められているから
残せば、残した分を補う別の何かがでてくるだけ。
それならば、無理矢理にでも押し込んでしまう方が
楽だった。
我慢をしようと決めてからというもの
どんどんと世界から色が消えていっている気がする。
色といっても物理的な色ではない。
料理をみたときの、おいしそうと思う色、
本を読んだときのわくわくとした色、
昔はたくさんあったにもかかわらず、
今はまったく感じない。
料理も本も絵画に描かれたもののように
料理だと認識はできるが、そこに感情をそそって
くれるような魅力はない。
もはや義務感でやっているにすぎなかった。
限界がきているのだろうか。
こころの限界が。
でも、どうすることもできはしない。
ギルバートさんに訴えても根本からの解決は期待できない。
たぶん精神関係のお医者さんを紹介されるのがオチだ。
両親だってわたしの味方ではない。
両親にとって大切なのはギルバートさん達との
アヴェーヌ家との関係だ。
助けてほしいと訴えたところで我慢をしなさいと
言われるだけで終わってしまう。
逃げ出したい。
この家から、この家族から。
そして誰もわたしのことを知らないところに行って
自由に生きてみたい。
何にも誰にも縛られず、
自分の感情のままに。
でもそれは悪い子のすることだ。
皆を傷つけて、苦しめてしまう行為だ。
だから我慢だ。
我慢するんだ。
我慢しなきゃならないんだ。
いつもなら、こう心に唱えれば
なんとか落ち着くことができた。
でも、なぜか今は涙がぽろぽろと溢れてくる。
「エマさま、ギルバートさまがお呼びです」
リーシャが声をかけてきた。
ギルバートさんに呼ばれたのですこし外しますと
いってわたしの監視をはずしていたのだが
戻ってきたようだ。
わたしは泣いている顔を見られてくなくて
すぐ涙を拭った。
「わかった。すぐいきます」
「・・・・・・体調がすぐれませんか?
おやすみになられたほうが良いのでは
ギルバート様にはリーシャから伝えておきますよ」
「大丈夫です」
リーシャの提案を断る。
やすんでも根本から解決することはないのだ。
それにまたギルバートさんに呼ばれてしまった。
わるい予感しかしない。
こういうときはいつも新しい要求をされるのだ。
断ることは許されない。
難色を示しただけでもギルバートさんは
悲しい顔をしてくるから、わたしが悪いことをしている
気分にもなる。
イヤだな。行きたくないな。
そんな選択肢は存在しないが。
ギルバートさんの自室に行くと
彼は前の時と同じように椅子に座って私のことを待っていた。
ただ今回は前回と違い、わたしが部屋に入ってきてすぐに
ギルバートさんは話を始めた。
「エマ、髪を切る気はないかい?」
「髪をですか?」
髪の手入れは定期的にギルバートさんの指示通りにやっている
なのにどういう意味だろうか。
今は白色のロングヘアーなのだが、染めたり短くしてほしいという要求?
好みでもかわったのだろうか。
髪についての新しい規則だろうか?
「昨日、同僚に君の写真を見せたとき言われたんだ。髪がとても綺麗だって。
・・・・・・あいつは君のことを狙っているかもしれない。だから切ってくれないか」
ギルバートさんは深刻そうな顔で言う。
ほんとうに、この人はわたしのことを人としてみていない。
それに他人のことを信用できないのだろうか。
あきれてしまいそうだ。
「どこまで切るおつもりでしょうか」
「君が女性としての魅力がなくなるまでだ。
丸刈りがいいだろう。そうすればあいつの興味も別の奴に向くはずだ」
ギルバートさんからのわたしに対する確認はなかった。
私の意思より他人の興味の方が優先らしい。
丸刈りなんてイヤだった。丸刈りがとても素敵な女性もたくさん居るけれど
わたしはどう考えても似合うタイプなんかじゃない。
この人は不安なのだろう。誰かにわたしが取られてしまうのではないかと。
そんな不安にばかり目がいってるから、こんな提案を平気でしてくるのだ。
「大丈夫。全部終わったらまた伸ばせばいい。それまでの我慢だよ。
君を誰にも取られたくないんだ。」
またあの顔だった。不安そうな顔。
わたしが我慢をして、提案を受け入れなければ
この人は苦しみ続けることになる。
そう思うと旨がズキズキしてしまう。
「不安だよね。でも大丈夫」
ギルバーとさんは椅子から立ち上がり、私に近づいてきて
手を握った。そして
「君は僕の言うことを聞いていればいいんだよ」
何かが心の中でプツンときれる音が聞こえた。
もう、どうでもいいと思った。
わたしも、ギルバートさんも両親も
世間体ですら、くだらない。
ギルバートさんの言うことを聞いてもなにも良くはならない。
逆に聞けば聞くほど締め付けは強くなっていき、わたしの大切なものは
奪われていく。
付き合いきれなかった。
自分を殺すのはもう辞めよう。
我慢するのはもう辞めるのだ。
ギルバートさんの話では、明日髪を切ってしまう
ことになっている。
それは絶対に避けたかった。
でもどうやって?
この家にいるかぎりギルバートさんの命令は絶対だ。
・・・・・・逃げてしまおうか。
この屋敷から。
夜、外は豪雨だった。
風が窓ガラスを揺らし大粒の雨がぶつかっている。
空も黒く分厚い雲に覆われていて、月や星の光はいっさい届かず
真っ暗な世界だった。
夜の24時にリーシャとエンリは交代をする
その瞬間だけふたりはわたしに対する警戒がゆるむことが分かっていた。
いままで彼女達を欺くような行為はしていないため
彼女たちの警戒はわたしよりも外からの外的に向いている。
だから気配や姿をけす魔法を使えば十分彼女たちから逃げることは可能だった。
またベッドにはダミーを魔法で作っておく。そうすれば発見までの時間をかなり稼げるはずだ
魔法には自身がある。彼女たちにだって通用するはずだ。
いつも通りの時間にわたしはベッドに入った。
今日の当番はリーシャで彼女は同じようにわたしの横で監視を続けた。
「おやすみなさいませ、エマさま」
「うん。おやすみリーシャ」
恒例のお休みのあいさつを終える。
ただ違うのは、今回わたしは眠るつもりがないと言うことだ。
24時の交代の時間。その時に計画を実行するために
起きて機会をうかがっていた。
気配を消す魔法と音を消す魔法、そして魔力を消す魔法を三重で自分にかけながら
わたしはベッドから飛び起きた。
そしてベッドにはわたしと形がそっくりで同じように魔力をはなつ人形を作って
布をかぶせる。
人形の胸の部分には二人の目を盗みながら書いた手紙を置いて置いた。
わたしはわたしの意思で逃走したという旨をかいた手紙だ
これで誘拐されたと誤解されることはない。
「ごめんね、二人とも。あなたたちはなにも悪くないよ」
そのまま窓を開けると雨や風が部屋に入ってしまい逃走したことがばれてしまうので
魔法を使って障壁をつくった。
まどを開けると冷たい外気にさらされた。
寝間着のままだと不味いかも知れない。
でも他の服を持って行くほどの余裕はない。
よし、行こう。
思い切って窓から飛び降りた。
足に魔法かけて着地の威力を相殺する。
靴なんて物はない。
だから魔法で足を覆ってなんとかごまかす。
この屋敷から逃げるように
わたしは敷地外にむけて走った。
この豪雨のおかげで屋敷の見張りに気づかれることはなかった。
すごく外は寒かった。
冷たくて強い風と容赦なく降る雨が体をぬらし体温を奪っていく。
でもそんなことを気にせずに走った。
両親の家を目指すのでなかった。
どうせいっても無理矢理連れ戻されるだけだからだ。
でも、行く当てがないわけじゃない。
この家にきてはや1年。
魔法学校での同級生のほとんどは新しい生活をはじめており
行き先を知っている子は少ない。
それに知っていたとしても急に訪れてしまえば迷惑になってしまう。
普通の子では。
でも一人だけ必ずここに居る確信を持てて、頼っても大丈夫だと思える子がいる。
その子がいるところに向けて必死に走った。
悪くない気分だった。
体は冷たいけれど、心のモヤモヤはすこしマシになっているという
不思議な感じ。
この選択が吉とでるか凶とでるかは分からない。
でも後悔はないかな。
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