第一九目 世襲王族の役割

 サイヤンが戻ってきたのは日が暮れて大分経ってからだった。ただ遅くなるだろうなんてのは予想の範囲内。


「サイヤンの事だから帰りがいつになるかわかったものじゃない。授業終了後、翌朝の授業開始までずっと書庫に籠もっていたなんて事も結構あったからさ」


 結構というかわりとしょっちゅうだ。具体的に言うと二~三日に一回、週に二回程度。


「眠くなったら寮の部屋に帰るのではないでしょうか、普通は」


「眠くなる限界まで本を調べた結果、気づいたら寝ていた。これが奴の言い分だ。

 今回は食料がないからそこまで籠もっている事は無いだろう。しかし何時になるかはわからん。あてにしない方が良い」


 ガウンの下がいい加減というのはそのせいもある。

 そんな生活をしてブラウスがだれだれになっても授業その他で文句が出なかった結果、『制服ガウンを脱がなければ下は何を着ていても構わない』とサイヤンが学習してしまったのだ。


 なお通常は見える部分は流石に正規の服を着ている。ズボンとか靴下とか靴とか。


 ただ誰も来ない書庫内だとそういった物品は転送魔法で部屋へ送り返してしまう。代わりに転送魔法でサンダルや寝間着用体操服ズボンなんて取り寄せて着ているのだ。この前学長室に行った時の服装はまさにこの状態。


 なんて話をしつつ、夕食や風呂などひととおり終わらせた。


 更にサイヤンが帰ってくるまで暇なので明日朝分以降の食事を作ったり、料理チャレンジなんて事もした。


 料理チャレンジはジャガイモの皮をむくなんてところからはじめて炒める、煮る、蒸す、魔法加温なんてところまで。

 更には普通のパンにも挑戦。


「生地は脂パンに近い形でいいと思います。小麦粉や塩、水の量は。脂はずっと少なめにしますけれど」


 捏ねた後魔法で気泡を入れ、30分程生地を休ませてから魔法加熱。ここで全体を一気に加熱してパンを膨らませ、最後に表面だけを強く加熱してパリッと仕上げれば完成。

 

「思ったより中がスカスカになってしまいました。どうやら気泡が大き過ぎ、多過ぎたようです」


「でもこれは間違いなくパンだろう。こういう軽いのも美味しいと思う。ふんわりしていて美味いしさ」


 なんてとりあえず及第点のパンまで出来た午後八時頃、やっと二階の部屋にサイヤンの魔力反応が出現した。すぐにこっちにむかって動き始める。


「サイヤンは麺よりパンの方がいいだろう。あとビスケットもあるだけ出しておこう。どうせ魔法収納するだろうから」


「このパン中がスカスカですけれどいいですか」


「そういうパンだと思えば良く出来ていると思う。柔らかいのが好きな人ならむしろこっちの方が好きだろう」


 シチューとパン、バター、あとクッキー大量をテーブルへ。準備し終わったところでサイヤンが食堂へと姿を現した。


「腹減った。おっと、クッキーだけでなくパンもあるんだな。買ったのか?」


「エイラが作ってくれた。まだ試作品だが」


「ありがたい。一日の何処かでパンかクッキーがないとどうにも食べた気がしなくてさ。あとこのクッキー、良い感じだな。売店のよりバターが効いてて」


 クッキーは一個だけ囓って味を確かめ、他は魔法で収納。そしてパンをかじりつつシチューをがっつく態勢へと移行する。


「悪いな、こっち側を全部任せて。おかげで書庫の捜索は大分進んだ」


「それで成果はどうなんだ。あと昼間のバタラ王子の件も解説が欲しいところだ」


 正直わからないまま半日待っていたのだ。早いところ教えて欲しい。


「ああわかった。まずはバタラの件からだな。それにしてもこのパン、珍しいな。こんなにふわふわなのは初めてだ」


「気泡を多く大きく入れ過ぎたようです。次はもう少し加減します」


「いや、これはこれで美味しい。出来れば今後も量産して置いてくれると嬉しい。バターを塗ってチーズを挟んで食べるにはちょうどいいだろう。


 さてバタラの件だ。

 王家とか皇家というのは神が国を操る為の家系、血筋なんだ。最高権力者を操れれば国を動かす事は簡単だろう。

 そのために神が操りやすい性質を持った一族から最高権力者を出すようにした。神に近い血と言えば聞こえがいいけれどさ」


 サイヤン、何かとんでもない、聞き方によっては皇族不敬罪に問われかねないことを口にした。まあサイヤン自身も皇族なのだが。

 どういう意図、もしくは意味にとればいいのだろう。


「皇帝を出すべきとして神に選ばれた一族。そう帝国憲章ではうたわれていますね」


「ああ。実際は神に選ばれたというより神がそう作ったんだろうと僕は思っている。手先として直接動かすことが出来る様に。


 伯父上なんてまさにそうさ。即位してからは伯父上らしい意思をほとんど感じなくなった。


 ああ見えても元は割と改革志向的なところがあったんだ、昔はさ。でも今じゃ完全に先代、御祖父様と同じだ。完全なプライベートではまだ少し自我が戻ってきたりもするようだけれどさ。


 イダル兄も小さい頃から悩んでいたよ。自分も即位したら人格のほとんどを失うのかって。なら今こうやって勉強だの鍛錬だのしているのは何になるのだろうって」


 イダル兄とは皇太子の事だろう。サイヤンと一〇歳差だがそれなりに仲が良いらしいと聞いている。

 そして伯父上とは間違いなくアグレガラ皇帝陛下の事だ。しかしそれならば……


「それは他の皇族や上位貴族でも一般的に知られているのでしょうか?」


 そう聞くという事は、つまりエイラは知らなかったという事だろう。


「伯父上と仲が良かった方々は何となく気づいているんじゃないかな。ただし一般的には知られていないと思う。


 全知でも知らないんじゃないか? 全知なんて言われているけれど実際は目に見える形で発生した出来事しか感知出来ないのだから。ファシア叔母は年齢も家も伯父上と離れすぎていて面識はほとんど無い筈だしさ。


 基本的に身分が高いとされるほど選択の余地が無くなる。ならその頂点に至っては自由意志すらなくなるのも道理だろう」


 なるほど。まさかそういう意味まで込めてサイヤンは言っていた訳か。自由は隷属なり、なんて言葉も。

 そこまで思って気づく。今はバタラ王子の事について話している筈だったと。それでこの説明をしたという事は、つまり……


「バタラ王子も操られているって事か、ひょっとして」


「気づいたか。その可能性に。だから奴の動きは王家の一員としてか、奴自身の意思でか聞いてみた訳だ。

 案の定バタラは答えられなかった。同じ応えを繰り返す事しか出来なかった。

 つまりはバタラも動かされているんだろう。神の駒としてさ」


 そこでサイヤンはふっとため息をついて、そして続ける。


「僕も一応皇族直系だ。だからいつ操られるかわかったものじゃない。そもそも僕に『瞭然』なんて天識を持たせたのも、古代文書を読みふけるのが好きだなんて志向を持たせたのも神かもしれない。

 探索に来る事だって本当に自由意志で選んだのか。疑い出すときりがない。僕自身にはわからない。だからさ」


 そう言ってサイヤンは俺とエイラを見る。


「頼りになるのはエイラとアラダなんだ、今は。もしも僕が僕でなくなった。そう判断したら、その時は適宜適切と思える措置を頼む。幸い僕は肉体的にアラダほど強くないし魔法ではエイラにかなわない。だからまあ何とかなるだろう。


 どんな措置かは全面的に任せる。法律だの人道だのは気にしないでいい。どうせこの世界、根本的にはそんなの存在しないも同様だからさ。そのことは二人とも良く知っているとは思うけれど」 

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