第一七目 不明な対話

『どうします』


 エイラが俺に対して秘話魔法を起動する。これで向こうに聞かれずに高速で意思疎通が可能だ。


『サイヤンに連絡を頼む。可能か?』


『可能です。あと移動魔法も今なら可能です』


 つまり魔法的には制限がかかっていない状態のようだ。少なくとも現在は、だが。


『相手からの魔法妨害を阻止する事は可能か?』


『ええ。通常の妨害なら発動を感知してから移動魔法で逃走する事が可能です』 


 それはなかなか凄いのではないかと思う。しかしそれが可能なら問題ない。いざという時は逃げてしまえばいいだろうから。


『ならいざという時は頼む。だがとりあえずは相手の話を聞こう。情報が欲しい。ただ出来るだけ安全な方法で頼む』


『わかりました。それでは話を聞きましょう』


 エイラは頷いて、そして口を開く。


「了解しました。用心の為にお互いこの位置で宜しければ、話を伺いましょう」


 エイラは伝声魔法を同時起動しているようだ。つまり今の声は俺にも相手にも聞こえている。


「受けていただいて感謝する。提案は了解だ。私もこの場から動かず、伝声魔法で相互にやりとりするとしよう」


「わかりました」


 俺ではなくエイラが話をする理由は二つある。出身の違いにより身分的に俺より上である事と、俺が伝声魔法を使えないという事。


 相手は状況からするとベルデド教国、それもバタラ王子配下の誰かだろう。何の目的で何の話をするつもりだろうか。


「まず先に名乗らせて貰おう。私はベルデド教国のバタラ・カル・シュレイ。第七王子にして作られた全知と言えばおそらくは知っているだろう。

 そちらは名乗らなくてもいい。知っての通り私には全知に近い能力がある。だから必要以上の事は言う必要は無い」


 バタラ王子本人か。もちろんそう名乗っているだけの別人かもしれない。ただ魔力の反応はそれなりに強力だ。本人でないとしても英雄クラスの実力がある事は間違いない。


「わかりました。お心遣いありがとうございます」


「いや。状況を考えればこちらから名乗るのは当然だろう。

 さて、こちらから交渉したい事はひとつだけだ。私に従え。以上だ」


 いきなり飲めない条件を突きつけてきた。どういうつもりだろう。


『どう返答しますか?』


『まともに答える必要はないだろう。ただこちらが言った言葉で縛られると面倒だ。ここは何故そう求めるのか、質問で返すのが無難じゃないか?』


『確かにその通りでしょう。言葉で相手を縛る魔法は幾つかありますから。

 なおサイヤン殿下から返答がありました。状況は了解した。ファシア様の目を気にしつつ、出来るだけ情報を取ってくれとの事です』


『わかった。ありがとう』


 ならばサイヤンもこちらの状況を見ているだろう。俺が口出しする必要はあまり無さそうだ。


「何故そのような提案をなさるのでしょうか。理由をお聞かせ願いますか?」


 エイラが返答を伝声魔法で伝える。


「諸君らはもはや国に戻る事が出来ない。戻っても処刑されるだけだ。そのことは自覚しているだろう。私に従えば教国においてそれなりの地位を約束しよう」


 なるほど。確かに俺達の立場は微妙だ。既に幾つか国法を犯してしまった以上、国に戻ると同時に即断刑なんて可能性は充分にある。


 しかしだからと言ってバタラ王子の言葉で心が動く訳では無い。何せ一般国民の人格を抹消して単なる道具としてしまう国だ。


 それにバタラ王子が捕虜の扱いを決められるような権限を持っているかも怪しい。そもそもバタラの今の活動は国による正規のものではない可能性が高い。奴の立場も俺達と同じ位危うい可能性だってある。


『サイヤンから連絡が来ています。バタラ王子に質問したい事を思いついたそうです。以降、サイヤンの指示に従って質問をします』


 何を聞く気だろう。しかしサイヤンに任せるのは悪い手ではない気がする。一応あれでも帝国の王子、俺やエイラ以上に情報を持っている筈だ。


『わかった』


 さて、サイヤンは何を言う気だろう。大好きな書庫作業を中断してまでこっちに関わるのだ。きっと何か考えているに違いない。


「全知に近しい能力をお持ちで、かつベルデド教国の王族であるバタラ殿下に伺います。現在の殿下の活動はベルデド教国としての正規の活動でしょうか。それとも殿下自身による独自活動でしょうか?」


『バタラ王子にもわかるように真偽魔法を起動しています』


 なるほど、嘘や魔法の妨害をした場合はこちらにわかる訳か。その言葉は信用出来ないと。


「ベルデド教国だけでなく、この世界の将来を考えての行動だ」


『真偽魔法では真と出ています。妨害はありません』


 なるほど。つまりこういう事だろう。


『国による活動とは言えない。しかしバタラ的には将来を考えての行動である訳か』


『そのようです。では次の質問に移ります』


「殿下が此処におられるのは神によって選ばれた王家の一員としてでしょうか。それとも殿下ご自身の意思でこちらにいらっしゃるのでしょうか?」


 今度のエイラの質問、何処か微妙な言い回しが気になる。

 わざわざ『神によって選ばれた王家の一員』なんて言っているのには何か理由があるのだろうか。『ベルデド教国としての正規の活動』とは違う意味なのだろうか。


「私はベルデド教国、第七王子のバタラである」


『明らかに何かを誤魔化しているようです。ただこの質問の持つ正しい意味は私にはわかりません。サイヤンからの連絡通り、一言一句そのまま質問しただけです。

 なおサイヤンからはもう一度同じ質問をするようにとの事です』


 エイラにも今の質問ややりとりの意味はわからないようだ。


「もう一度伺います。此処におられるのは神によって選ばれた王家の一員としてでしょうか。それとも殿下ご自身の意思でこちらにいらっしゃるのでしょうか?」


「私はベルデド教国、第七王子のバタラである」


「神によって選ばれた王家の一員としてではなく、バタラ殿下という個人として此処にいらっしゃる。そうとって宜しいでしょうか」


「私はベルデド教国、第七王子のバタラである」


 バタラ、全く同じ返答しかしない。いや、しないのではなく出来ないのだろうか。俺にはわからない何らかの理由で。


『サイヤンから連絡です。今の返答により、今回のバタラの活動が本人の意思かどうかは別として、国の方針に沿った物だと判明したそうです。それ以上については後ほど説明するとの事です』


 確かに説明されないと俺にはわからない。エイラもわかっていないようだし、サイヤンの説明を待つしかないだろう。


「さて、そろそろいいだろう。そちらの二名よ、私に従え。悪いようにはしない」


『サイヤンからもうひとつ質問が来ています。それを試して、返答が無ければ別棟へ帰還します』


「殿下が此処にいらっしゃったのは、人間が神に見放される事を防ぐためでしょうか?」


「その通りだ」


『更に質問を続けます』


「その上で殿下に質問致します。殿下はその目的の為にこの遺跡をどうにかなさるつもりなのでしょうか? それとも、この遺跡をどうにかさせない為にいらしたのでしょうか?」


「質問の時間は終わりだ。私に従え。それ以外の道は無い」


『離脱します』


 ふっと景色が揺れる。すぐに別棟三階の応接セットが見えた。移動魔法で無事帰還したようだ。

 別棟内の気配を確認する。誰もいない。サイヤンはまだ書庫のようだ。


 今の会話の意味を今すぐ聞きたいところだ。しかし本人が戻っていないなら仕方ない。帰りを待つしか無いだろう。


「とりあえずこの部屋から出ましょう。別棟の中では此処がもっともセキュリティが低いですから」


「わかった」


 俺とエイラは部屋を出る。

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