【完結】娘に憑依した妻に叱らています。でもなんか幸せ

一ノ瀬 六葉

第1話 プロローグ

 俺の名前は須崎浩太、30才。都内の中堅商社に勤めるサラリーマンだ。


 今から俺が体験した少し不思議な話をしようと思う。あっ、オカルトが苦手な人はスルーしてくれ。そんなに怖い話でもないけど……まあ話半分で聞いてくれればいいかな。





 妻の瑠璃が二年前に死んだ。白血病だった。


 本当に悲しいことがあった時に『胸にぽっかり穴が空く』という表現があるけれど、本当なんだとその時実感したよ。言葉通り、本当に胸に穴が空いた感覚になるんだ。手を当てればスッと腕が身体を通り抜けてしまうのではないかと思うくらいに。そして厄介なことにその穴を埋める手段がなかった。俺はこの先もこの穴を抱えて生きて行くのだろうと思っていたんた。



 始まりは、瑠璃の発熱が続いていたので念のためにと検査を受けただけだった。軽い気持ちで診察を受けさせたら「白血病です。かなり進行しており、早急な治療が必要になります」って言われた。二人とも医者の言っていることがすぐに理解できなくて、しばらくボーっと説明を聞いてたっけ。そのあと家に帰って二人で泣いたよ。


 まだ28だった。生死に関わるほどの病気に罹るなんて思ってもみなかったんだ。我慢強い瑠璃の性格も災いした。後で聞いたら、頭痛や関節が痛む状態がしばらく続いていたそうだ。本人はたちの悪い風邪だと思っていたらしい。


 すぐに抗がん剤治療を始めた。本人は髪が抜けるのをひどく嫌がっていたよ。これも後で聞いた話だけど、付き合って間もなくの頃、俺が彼女の髪を誉めたことがあったらしく、それが嬉しくて特に髪には気を使っていたらしい。俺は自分がそんなことを言ったことさえ忘れていたのに。


 結局、抗がん剤治療はさほど効果はなく、途中からは痛みを和らげる緩和ケアがメインになっていた。とにかく痛い思いをさせたくなかったんだ。


 俺たち夫婦には琴美という娘がいて、当時は4才になったばかりだった。早いもので来年から小学生になる。かわいそうに琴美は母親のことをあまり覚えていない。妻の動画や写真を見せてはいるが、元気だった頃の母親の姿を思い出せないらしい。そもそも動画のほとんどが、病気が発覚してベッドの上にいる姿ばかりだ。元気なうちにもっと沢山撮っておけば良かったと後悔した。


 瑠璃はあまり苦しむことなく静かに息を引き取った。ホント、それだけは良かったと今でも思う。


 情けないことに、通夜、葬式をした記憶がほとんどないんだ。頭の中が真っ白で何も考えられなかったし。娘を亡くしたばかりの義両親に全ての手配をさせてしまい申し訳なかったと反省している。



 瑠璃が死んでからの二年は、本当に何もない空虚な二年間だった。まるで深い海の底にいるような感覚だった。人と話しているときも、顔では笑っていても心の中は冷め切っていて、さざ波ひとつたたない。心の何割かが死んでしまったようだ。



 有難いことに妻の両親が琴美のことを気にかけてくれて、時間を作っては岡山からわざわざ会いに来てくれている。琴美も自分に甘い祖父母によく懐いている。俺の両親は離婚していて、それぞれ別の家庭を持っているので、俺たちには興味がないらしい。なので義両親には非常に感謝しているんだ。それでも母親のいない寂しさが消え去るものではないのだろう、琴美は時折りやたら甘えてくることがある。決まってべそをかきながら、言いたいことを我慢しているような顔をして……。


 そう言えば妻が死んで間もなくの頃、義両親から琴美を引き取ろうかとの提案を受けたんだ。俺があまりに憔悴しすぎていて、琴美をちゃんと育てられるか心配になったそうだ。もちろん俺は断ったよ。たぶんあのとき娘を引き渡していたら、俺はきっと瑠璃の後を追っていただろう。娘がいたから今日までやって来れたと思っている。そういう意味でも琴美には感謝している。


 瑠璃が亡くなってからというもの、日々の生活はたいへんだった。落ち着いて悲しんでいるヒマもないくらいだ。朝は自分の準備を済ませた後、娘を起こして保育園の送迎バスに間に合うように準備をさせなくちゃならない。琴美は朝が弱いのか、決まってぐずる。まあそんな姿も可愛いのだが、俺は心を鬼にして急がせる。仕事が終わるとすぐに保育園に迎えに行く。仕事が立て込んでいるときは、迎えが遅くなる時もあるけど、その辺は保育園側も理解してくれていて、嫌な顔をせず待ってくれている。有難いことだよホント。


 平日は家事をする時間が取れないので、土曜日に掃除やら洗濯やら家事をまとめてするようにしている。日曜日は琴美となるべく一緒に過ごすようにしている。


 もう少し大きくなったら、大学時代に瑠璃とよく行ってた猫カフェに連れて行ってあげたいと思っている。


 仕事の方は、上司や同僚たちの助けもあり、なんとかこなせている……と思う。家庭の事情で残業は出来ないし、仕事終わりの飲みにケーションも基本断っているので、出世は遅れるかもしれないけどね。



 この二年はそんな感じの毎日かな。忙しいんだけれど、時々無性に寂しかったり虚しかったりって感じ。



 でも、ある日を境に日常が一変することになる。俺たちの前に突然現れたんだ、彼女が―――



◇◇◇


初めまして、一ノ瀬六葉です。


ラブコメ的な話を書きたくなって書き始めました。


よろしかったら、しばらくお付き合いください。

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