罪人

Ottack

序章

 私は悪くない


 私だけでなく


 父も、母も


 誰も悪くなどないのだ


 私を訴えた者でさえも


 全ては人なればこそ



      ―――――――――――――



 今日は朝からずっと雨だ。大好きな体育の授業でサッカーをするはずだったのに、体育館の中での体力測定に変わった。ただ走るだけとかつまんないから次は具合が悪いふりでもしよう。


 この雨、テレビでは夕方になっても止まないって言ってたから、友達の家に行ったらゲームしかやる事無いかも。ゲームは楽しいよね。今日はぼくの得意なやつだったらいいな。


先生A「はい、以上で帰りの会を終わります。何か質問はありますか? ――それでは学級委員のお二人、お願いします」


学級委員「はい。起立して下さい。(全生徒の起立を待って)気をつけ、礼。」


全生徒「さようならー!!」


 いやー長かった。好きな事が無くなったせいですごく長い一日だった。こんなにどしゃ降りならそのまま天気の機械がこわれて帰れないかなーとか思ってたけど、やっぱりこわれなかったね。


 「ろう下は走らない」「給食は残さず食べる」「二人以上となりの人に聞こえる声を出す時はみんなで」「思った事は何でも口に出さない」――先生におこられたくないからぼくはちゃんと守ってる、一つ目も二つ目も。三つ目は多分。四つ目は……むずかしいよ。


 他のみんなはヒソヒソ声で好きな事をしゃべってるって言ってたし、今だって友達が気になった事をしゃべってるもん。四つ目は守れなくてもだいじょうぶだよね。


 友達はぼく達のとなりの学級が気になるみたい。お母さんが言ってたな。たしか……特別、しえん学級だったっけ。何が特別なんだろ? ぼく達と何かちがうのかな。よく分からないけど、特別扱いされてる人を見るとうらやましくなるよね。


 学校はしゃべっちゃダメだけど、がまんした分外に出たらみんなしゃべってる。何で学校はダメなのに学校のすぐ外は良いのかな? ちょうど先生がいる。


ぼく「先生、質問があります。――何で学校の中はしゃべっちゃダメなのにすぐ外はいいの?」


先生B「お答えしましょう。それは、学校がやって良い事と悪い事を学ぶ場所だからですよ」


 大人の人ってむずかしい事を言うからよく分かんないんだよなぁ。建て物から出たらもう学校じゃないのかな。夕ご飯の時にお母さんに聞いてみよ。


 友達はもう家に帰ったかな? ぼくもすぐ帰らないと遊ぶ時間が無くなっちゃう。


老人「おやコラス君、上がりかね?」


コラス「あーごめん、ぼくしゃべってる時間無いんだ! 友達と遊ばなきゃいけないから」


 遊ぶ時間は少しでも長い方がいいじゃん。だって学校でも勉強して、家に帰っても宿題してって、勉強ばっかりしてたらつまんないよ。


 雨が降ってるから早く帰りたいって思った事は無い気がする。逆に雨の日は晴れの日よりも立ち止まる時間が増えちゃっていけない。雨が降ってないと坂道を流れる水とかが見れないからね。


 ふん水は何か違うんだよなぁ。水の色はどっちもとう明だけど、ふん水は地面よりキレイなはず。でもあんまり観たいと思わないんだ。いっつも見てるから飽きちゃったのかも。


コ「ただいまー!」


母親「おかえりなさい。学校はどうだった?」


コ「サッカー無くなってつまんなかった。あ、この前のテスト百点だったよ!」


 百点取るとみんなほめてくれるんだ。ぼくは百点なんて簡単だと思うんだけど。だってどの教科でも百点は当たり前だし、授業と宿題やってるだけでいいんだから、簡単だよ。


 友達は「毎回百点のお前がすごいんだ」って言ってた。全部のテストで百点って、みんなが取れるものじゃないみたい。てことはぼくも特別って事かな。うれしくなるよね。


 お母さんはぼくのテストを全部自分のケータイに残してる。お母さんも百点がうれしいのかな。喜んでくれるお母さんのためにも、残りのテストも全部百点取りたいな。


母親「(インターホンが鳴って)あら。コラス、ちょっと一人で準備しててくれる?」


 よゆーだよ。ゲーム機とケータイを持ってと、それからお守り。学校にこういうの着けていくのダメなんだよね。切れた時に願いが叶うらしいけど、ずっと着けてないとダメだから、多分ぼくの願いは叶わないかな。


 これでオッケーだ。よし、急いで友達の家に行こう――そうやって部屋から飛び出したぼくに、さっきインターホンを鳴らしたお客さんが声をかけてきた。


 スーツを着た大人が数人。その内の一人がぼくの前まで来て、自己しょうかいをした。「裁判」っていう聞いたことのある言葉が出てきて、お母さんもすごくあわててた。その大人の人は二日後に罪人がどうのこうのとか言って、紙をお母さんに見せた後、ぼくを連れて行くって言い出した。


 ぼくはその大人達とお母さんの間で引っ張られて、結局連れて行かれる事になって、次の日には裁判をした。ていってもぼくの罪は裁判が始まる前に確定してたから、高い所に座るおじさんの質問にただ答えただけ。お父さんもお母さんも、すごく辛そうだった。


 ぼくの罪はいかく罪。どういう事かさっぱり分からないままだけど、何かをいかくしたって事なのかな。今日が学校の日だってどうでもよくなるくらい、これからぼくがどうなるのか想像もつかない。


 朝から始まった裁判も終わった。ボーっとする様な、思考が追いついてない様な、そんな感じ。でも休んでる時間なんか無い。お父さんとお母さんに会わせてももらえず、ぼくは言われるままに大人の人についていく。


 大人の人は裁判所のすぐとなりの建て物に向かった。くっつけて建てられてあるのに裁判所の中からは行けないんだ。変なの。


 入り口からすごく重そうな扉。ここから先はいっしょに来た人に代わって別な大人の人が案内してくれるらしい。何かを研究してる人なのかな。白い服を着てる。

 

大人「君はまだ小学生でしたよね。これで晴れて卒業ですよ」


 卒業……。そっか、もう学校には通えないんだ。みんなとサッカーも出来ないし、水泳だって出来ない。給食で出る好きなこんだても食べれないし、もしかしたら友達と会えなくもなるのかな。ぼく、罪人なんだもんね。


 いやだな、そんなの。昨日だって友達と遊べてないのに、このままさよならだなんて。


 気が付けばぼくは泣いていた。昨日の夜もさびしくて沢山泣いたのに、今日もまた泣いてしまう。昨日まで出来ていた事、会っていた人達、見ていた景色――その全部を手放したくなくて、全く知らない人を前にはずかしさから声を出さない様に、いつまでも泣いた。


 ……――証書も無い。祝辞も無い。共に卒業する仲間も居なければ、見送る在校生も。家族すら不在の卒業式とは似ても似付かない祝福の場にて、罪人は追放される前に自らの罪をその身に刻む。


 罪人に更生が期待されていないこの世の中。一度下った判決が覆った例は過去に無く、裁判所から令状が発布された時点で実質有罪は確定している。


 人々が権威主義に生きている理由、それは地上で生活していた時代ならいざ知らず、地下という限られた空間に住んでいる今、ほんの僅かな足並みの乱れが絶滅という最悪のシナリオへと繋がりかねない為だ。


 個、欲、思考――あらゆるものを捨てた先に悟りを開いた人々を、絶対的な力で統制する。こうする事で人は平均化し、無機物へ一歩偏った。


 その中にあって犯罪者は異分子とも言うべき脅威的な存在である。彼等は嘗て地上で繁栄していた頃の生活を、その自由を欲のままに追い求める獣だ。一方、政府としても永遠の地下暮らしを続けるつもりは無く、地上を奪還するという人類共通の目的へ舵を切っていた。


 罪人への刻印とその後の追放は人類が行える、現状唯一とも言える地上奪還の手段だ。その手段も目立った実績を残せず、運用開始から月日が流れていた。


所員A「罪人千二百七番、十三番」


 番号は投獄時に収監されている罪人の人数で変わる。千人もの罪人が一時期に収監されていたのは、刻印の技術が実用化出来る見込みとなった際に政府が一時的に裁決を見送らせていた人々の一斉収監をした時のみだ。


 一人は虚ろに、もう一人は職員が鳴らした鈴の音に反応し牢を出た。他の罪人達が所構わず自由なるものを貪ったその残痕を無視して、所員に導かれた二人は仮初の地上へと舞い戻った。


 今日も雨天の地下。天候システムは地上の天気を反映させている為、今罪人達がここから出たとしても眩い恒星が出迎えてくれはしない。誰の為にわざわざ地上の天気を反映させているのかと言えば、天候をも作為とし、人工物で完全に身の回りを固める事に対する嫌悪感を示す者達が一定数いるからだ。


 選定を受けた人々が新たな生活拠点へ移動する際に使われた大型リフトも、今は罪人を送り出す用途でのみ使われている。


父親「コラス!」


 リフト前広場には告知など無くとも毎回野次馬が集結する。毎回軍隊を見送る気持ちで駆け付ける老輩や、罪人が卑しい存在であると教育する為に子を引き連れやって来る家族。だが大半は道の封鎖が解除されるまでの暇潰しだ。


 半ば見せ物の様な状況でも、罪人を愛していた人々からすれば別れを告げる最後の機会となる。


 胸部と頭部に黒い結晶体を宿して変わり果てた息子の姿を見て、感情の湧かぬ親などいない。コラスの両親は溜まる涙を拭い、嗚咽を押し殺して息子に声を掛けた。


 「うん」「分かってる」――たった一言ばかりの無感情な返答だとしても、今の両親にとっては何より価値のある言葉である。だからこそ両親は記録媒体に頼らず一瞬一瞬を記憶に留めていく。例え愛が一方通行だったとしても。


 惜別に許された時間は皆平等に。


父親「いいかコラス、これだけは忘れるな。お前は何も悪くない。悪くないんだ……!」


コ「――分かってる」


 泣き崩れる母親と彼女を抱き寄せ息子を見送る父親。涙にかすむ視界の中でも、彼の視線は確かに息子の姿を捉えていた。


 最後の会話にも関わらず一度も目が合わなかった事で両親は察していた。息子は歩き出せば二度と振り返ってなどくれない。地上という無辺の大地を当てもなく彷徨い、その祝福を持って異形と対し、人知れず死んでいく。


 罪人の性を背負ったその時から分かり切っていた事だ。


 コラスは所員から鈴を受け取って、千二百七番とリフトへ。人前である事もお構い無しに牢屋で堪能し切れなかった自由のお代わりへ手をつける者や、異能に酔いしれ血飛沫を浴びる未来を想像する者、面会に来てくれた人と大声で会話を続ける者――愉快な仲間達と共に二人が乗ったこのリフト。向かうのは地上という名の楽園か、将又失楽園か。


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