居城の花
透水
序章
「夢うつつ」
追いかけようとした情景は溶けるように、見慣れた天井にすり替わっていた。足を踏み出せるはずもない体勢に、ひどく回転の悪い頭で現状を把握する。
夢を見ていたのだ。その夢の中で、自分は必死になるあまり、浅い眠りから覚めてしまったようだ。ほんの数秒前、そこに広がっていたはずの景色は、跡形もなく記憶から姿を消していた。
何を夢に見ていたのかはわからない。だが、彼には察しがついていた。鮮明になった視界とは対照的に、絡みつくようなわだかまりが居残っている。さして困難とも言えないことができずに、ただ傍観するしかなかったような後悔の念。彼が生きてきた中で、このやりきれない思いに心当たりがあるのは、ふたつの出来事についてしかあり得なかった。
目を開けても、覚醒から離れていこうとする
自分ができたことといえば、それを聞かせるべき相手もないというのに、ただ嘆き、詫び、
いつもそうだ、この手は。守るべきものを守れず、彼らの無念を晴らすためにしか役に立たない。血肉を取り戻すのはそんな時だけなど、嬉しくもない。
拳を作り始めたその手に、いいや、と彼は考えを否定した。
無念など晴れるはずがない。何をしたところで、彼らは戻ってはこないのだ。これが生き残った者の自分勝手な思い込みでなくて、なんだというのだ。
彼らに安息を与えられても、それを常とさせることができなかった。
変えることなどできない過去を悔いるのが、無駄であり徒労であることは、長い人生の中で何度も直面した事実だった。それでも、ささいなきっかけで揺り起こされる苦い思い出はそのたびに、彼を捕える過去の糸を爪弾くのだ。
拳を開いて、彼は手のひらで
もう一度眠りたかった。規則的な生活が染みついたこの身はおそらく、二度目の眠りを安易に許してはくれない。だから、寝過ごす心配をする必要はなかった。
ただ、この気分を洗い流したかったのだ。永遠に消えることのない、深く刻まれたふたつの記憶。そこから絶えずにじみ出る後悔と自責の念は、いつもは逸らしている目を向けてやると、途端に湧き水のようにあふれてくる。
きつく目を伏せて、頭の中心が枕を通り、寝具すらも突き抜け、固い外壁で覆われた地面の深くまで落ち込んでいくような想像をすると、いつも睡魔が引きずり込んでくれた。
――早く、眠らせてくれ。あの底知れぬ悔恨が、おれを飲み込み溺れ死なせる前に。
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