11/22 呪文
共感性羞恥になりやすいタイプで、映画やアニメで大きな声で呪文を唱えるのを見ると喉の奥がむずむずした。それを羞恥と言っては、主人公に失礼な気がするけど。橘さんは、そういうのは言わないタイプだ。そして、たぶん友達同士でそういうノリになったとき拒んでも、引かれたり嫌われたりしないタイプの人。ノリが悪いと思われたくなくて気持ち悪いのを堪えて必要以上にウケて笑うことで自分がやるのを避けてきた私は、どうやったら彼女のようになれるのか、いまだにわからない。
水曜は五限まで講義が入っているから一日が長い。橘さんと同じ講義は、三限と五限。少し距離をおいた斜め後ろの席に着いて、授業中橘さんがノートを取ったり、ちょっと顔を前に出して目を細めるようにしてホワイトボードの文字を見たり(橘さんは軽い近眼なのだ)、時折眠そうにしたりしているのを眺めた。
橘さんの隣の隣に、未美ちゃんが座っている。真剣にノートを取っていると思ったら、急にぐるっと振り返ってこちらを見たのでびっくりした。目が合ったので、逸らしてテキストに視線を落とす。私は未美ちゃんのことが嫌いなのに、どうしてかよく話しかけられる。どうしてか、昔から、空気が読めなかったり嫌われがちな子によく話しかけられる。それが、すごく嫌だった。
「エクスペクト・パトローナム!」
講堂の入り口でいきなり指さして叫ばれた。えっなにそれ、と、少し引いた感じを出しながら言うと、未美ちゃんは動じることなく、え、ハリポタの呪文、うちハリポタ好きなんだよねー、と言う。一緒に帰ろうよと言われたけど、図書館に用事があると言って断った。ついて来ると言われたらどうしようと思ったけど、そんなことはなく、じゃあねー、と言って未美ちゃんは去って行った。
「あ」
ちょうど橘さんが出てきたところに会うことができた。未美ちゃんに呼び止められて嫌だったけど、逆にラッキーだったかもしれない。おつかれ、と軽い感じで言おうとするより先に、橘さんが言った。
「めっちゃ仲よさそうじゃん」
「え?」
未美ちゃんとの今の会話(というほどしゃべってないのに!)のことだと気づいて、嫌な気持ちが喉から胸いっぱいに広がる。え、いや、と言って、私は黙ってしまう。橘さんに、未美ちゃんと仲がいいとは思われたくない。でも、悪口を言う子だとも思われたくない。言い淀んでいるうちに、橘さんは帰ってしまった。
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