勇者に婚約破棄された大聖女ですが、史上最強の魔王から溺愛されています

かのん

01.勇者に婚約破棄されて、魔王にプロポーズされました

深夜の来訪を、教会は快く受け入れた。


「あれ。鍵あいてる?」


教会の正面扉は、夜間は閉まっているはずだ。

妙だな、と私は思った。


「あのクソ真面目な牧師が、戸締りを怠るなんて……」


首にかけていた、教会の鍵を見つめた。

大聖女になった時に、もらったものだ。


凍てつく風が吹き、ローブがはためく。

私は身震いした。


「この風だと、あのシャンデリアも危ないかなー」


教会名物の、大きく立派なシャンデリア。

寄付金が足らず、修理ができていない。


しかし今は、

教会の防犯や財政を案じている場合ではない。


月も星も見えない、十月の冷たい夜。

私は勇者から婚約破棄をされ、

家を追い出されていたのだった。



「ま、良いか。とにかく一晩ここで過ごさせてもらおう」


最近は地下から呻き声が聞こえると噂だが、野宿よりマシだ。

重苦しい音を立てて、扉が開く。


街の光が、ステンドグラスから教会へ差し込む。

照らされた教会の中を見て、私は息を呑んだ。


「……え、何これ?」


あたりは一面、血の海だった。



血の出所は、あちこちで倒れている魔物だろう。

しかも一級の魔物たちだ。


「魔物たちが殺し合ったとか?でも、どうして教会で……?」


魔物同士で争うことは珍しい。

アイテムをドロップするため、人間に倒される。


私は中へ足を進めた。

椅子の下に、男性が倒れていることに気が付いた。


「大丈夫?私の声、聞こえる?」


返事はない。瞳孔を確認した。

燃えるような赤い瞳だ。


「良かった、生きてはいるようね」


ただし、深い傷がいくつもある。

あちこちに打撲も受けている。


「待ってて、今から治してあげるから」


しゃがみこみ、彼の頭を膝に置く。

回復魔法を発動しようとした。


すると、前方の祭壇から、聞き覚えのある声がした。


「おお、ソフィア。連絡しようとしてたとこじゃ」


この教会の牧師、ダリウスだった。

牧師は私と男を交互に見た。


「さすが大聖女様じゃ。傷ついた人を見ると、すぐに手当をなさる」

「昔から叩きこまれてきたから。魔物たちも重症よ。ほら、手伝って」

「魔物も治すのか?魔界から来た生き物、悪魔の手下じゃぞ」


ダリウスはひどい猫背だ。

ひょこひょこと変な歩き方でこちらへ来た。


「それに、この男。よく見てみなさい」


私は膝枕をしている男性を見た。


男らしく、完璧に整った顔立ち。

動物的でもあり悪魔的でもある美しさ。


「……彼が、何?」

「分からんのか、金髪に緋色の瞳。彼はサタンじゃ」


サタン。

魔物を統率し、魔界の権力を握る、最強の王。


「とどめは勇者に打ってもらおうと思っての。婚約者のソフィアに連絡を……」

「あいつとは婚約解消したわよ。あと、それ、ずるくない?」


ダリウスの丸メガネの奥で、ぎらりと目が輝いた。

牧師というより狂信家だ。


「『魔王討伐?明日から本気だす』って言い続けたクズ勇者よ。正面から魔王に挑んでたら、絶対に叶わないわ」


私は回復魔法を発動しようとした。

しかし、ダリウスは私の腕をつかんだ。


「邪魔しようとするなら、ソフィア。おぬしを消すまでじゃ」


私は腕を振り払い、祭壇に向かって飛び出した。


「逃げるか。なら、これでも食らえ。『魔弾』!」


背中に、強い衝撃。

痛みが全身を貫く。私は祭壇の手前で倒れた。


「牧師のくせに、どうして攻撃魔法を……さては……」

「あぁ、仮の姿じゃ。寄付金を使えば、全国から魔物を集められるからな。教会の地下牢に放り込んでたよ。今日のためにな」


ダリウスは私の頭を踏みつけた。


「サタンの前で、魔物たちをいたぶってやったよ。お気に入りの一級の魔物をな」

「最低ね」

「そんな口を聞くな。ワシは今から魔界の王になる。お前を妾にしてやってもええぞ?黒い髪に白い肌、なかなか良い身体してるしの……」


ダリウスは私を仰向けにさせた。

下卑た笑いを浮かべ、馬乗りになった。


彼の頭ごしに、大きなシャンデリアが見える。


私は首にかけていた鍵を外した。

最大限の防御魔法をかけて、鍵を固くする。


その鍵を、ステンドグラスに向かって投げた。

数秒後にガラスが割れる音が、遠くで響いた。


「なんじゃ、窓なんか割って。助けを呼ぼうとしても無駄じゃ」


胸元にダリウスが手を掛けた。

私のローブが引き裂かれようとした瞬間。


凍てつくような風が、割れた窓から吹き込んできた。

風を受けたシャンデリアはぐらぐらと揺れ、天井から離れた―――


私はとっさに抜け出し、サタンの元へ走った。

そして、彼と私の周りに防御魔法を発動した。


「『バリア!』」


大きな音を立てて、シャンデリアが真横で砕けた。

ガラスの破片が魔物にかからないよう、バリアを唱え続けた。



「……君は?」

「あ、気付いたのね。私はソフィア。傷はどう?」

「何ともない。君が治したのか。すごいな」

「一応、大聖女だからね」


シャンデリアで、牧師を下敷きにした聖女だけど。


サタンは身体を起こし、周囲を見渡した。

そして魔物たちの亡骸に気付き、走り寄って行った。

すべて手遅れだと気付いた時、彼の目には哀しみがあふれていた。


私は説明をした。

前の牧師が失踪をして、急にやってきたダリウスのこと。

寄付金で魔物を地下に集めていたこと。

魔王になろうとしていたこと。


「……そうか。ソフィアに俺も魔界も救われたんだな。ありがとう」


彼は微笑んだ。かすかに、牙が見えた。

そうだ。彼は魔王なのだ。


サタンは私の手を取った。

食われるかと思って、無意識に身体をこわばらせた。


「美しいだけじゃなくて、中身も素晴らしいんだね。人間界には久しぶりに来たけど、こんな人間もいたとはな。何か礼をさせてもらえないか?」

「じゃ、近くの宿屋まで送ってくれないかしら。泊まる場所を探してたの」


彼は非の打ち所がない、妖艶な笑みを浮かべた。


「なら、話が早い。魔界へ行こう。魔王城に部屋を用意して……」

「お断りします。そういう意味で言ったわけじゃないの」


幼い頃から、聖女としての教育を受けて来た。

婚約者でも夫でもない男の家に泊まるのは、ふしだらだ。


「まあ、話を最後まで聞いてくれ。俺の嫁になって欲しいんだ」

「あ、それなら良いか……って、ならないから!」


私はサタンの手を振り払った。

しかし、彼は私を抱き寄せた。


「俺は百年以上生きて、色んな女性を見て来た。その中で、君を選んだんだ」


彼の赤い瞳は、私をとらえて離さない。


「一生贅沢できる財宝も、魔界の力も、権力も、すべてあげよう」


低くて心地良い声。

思考回路が甘く、毒されていく感覚。


「何より俺は、君のことを……愛してる」


愛。

それは私が一度も手に入れたことのないものだった。


聖女として生まれ、修道院に入り、勉強と修行に捧げた過去。

二十歳で大聖女になった暁に、勇者との婚約を命じられ、捨てられた今。


「君を幸せにするよ、ソフィア」


こうして魔王の嫁として、

波乱万丈の溺愛生活が幕を開けたのだった―――

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勇者に婚約破棄された大聖女ですが、史上最強の魔王から溺愛されています かのん @izumiaya

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