勇者に婚約破棄された大聖女ですが、史上最強の魔王から溺愛されています
かのん
01.勇者に婚約破棄されて、魔王にプロポーズされました
深夜の来訪を、教会は快く受け入れた。
「あれ。鍵あいてる?」
教会の正面扉は、夜間は閉まっているはずだ。
妙だな、と私は思った。
「あのクソ真面目な牧師が、戸締りを怠るなんて……」
首にかけていた、教会の鍵を見つめた。
大聖女になった時に、もらったものだ。
凍てつく風が吹き、ローブがはためく。
私は身震いした。
「この風だと、あのシャンデリアも危ないかなー」
教会名物の、大きく立派なシャンデリア。
寄付金が足らず、修理ができていない。
しかし今は、
教会の防犯や財政を案じている場合ではない。
月も星も見えない、十月の冷たい夜。
私は勇者から婚約破棄をされ、
家を追い出されていたのだった。
☆
「ま、良いか。とにかく一晩ここで過ごさせてもらおう」
最近は地下から呻き声が聞こえると噂だが、野宿よりマシだ。
重苦しい音を立てて、扉が開く。
街の光が、ステンドグラスから教会へ差し込む。
照らされた教会の中を見て、私は息を呑んだ。
「……え、何これ?」
あたりは一面、血の海だった。
☆
血の出所は、あちこちで倒れている魔物だろう。
しかも一級の魔物たちだ。
「魔物たちが殺し合ったとか?でも、どうして教会で……?」
魔物同士で争うことは珍しい。
アイテムをドロップするため、人間に倒される。
私は中へ足を進めた。
椅子の下に、男性が倒れていることに気が付いた。
「大丈夫?私の声、聞こえる?」
返事はない。瞳孔を確認した。
燃えるような赤い瞳だ。
「良かった、生きてはいるようね」
ただし、深い傷がいくつもある。
あちこちに打撲も受けている。
「待ってて、今から治してあげるから」
しゃがみこみ、彼の頭を膝に置く。
回復魔法を発動しようとした。
すると、前方の祭壇から、聞き覚えのある声がした。
「おお、ソフィア。連絡しようとしてたとこじゃ」
この教会の牧師、ダリウスだった。
牧師は私と男を交互に見た。
「さすが大聖女様じゃ。傷ついた人を見ると、すぐに手当をなさる」
「昔から叩きこまれてきたから。魔物たちも重症よ。ほら、手伝って」
「魔物も治すのか?魔界から来た生き物、悪魔の手下じゃぞ」
ダリウスはひどい猫背だ。
ひょこひょこと変な歩き方でこちらへ来た。
「それに、この男。よく見てみなさい」
私は膝枕をしている男性を見た。
男らしく、完璧に整った顔立ち。
動物的でもあり悪魔的でもある美しさ。
「……彼が、何?」
「分からんのか、金髪に緋色の瞳。彼はサタンじゃ」
サタン。
魔物を統率し、魔界の権力を握る、最強の王。
「とどめは勇者に打ってもらおうと思っての。婚約者のソフィアに連絡を……」
「あいつとは婚約解消したわよ。あと、それ、ずるくない?」
ダリウスの丸メガネの奥で、ぎらりと目が輝いた。
牧師というより狂信家だ。
「『魔王討伐?明日から本気だす』って言い続けたクズ勇者よ。正面から魔王に挑んでたら、絶対に叶わないわ」
私は回復魔法を発動しようとした。
しかし、ダリウスは私の腕をつかんだ。
「邪魔しようとするなら、ソフィア。おぬしを消すまでじゃ」
私は腕を振り払い、祭壇に向かって飛び出した。
「逃げるか。なら、これでも食らえ。『魔弾』!」
背中に、強い衝撃。
痛みが全身を貫く。私は祭壇の手前で倒れた。
「牧師のくせに、どうして攻撃魔法を……さては……」
「あぁ、仮の姿じゃ。寄付金を使えば、全国から魔物を集められるからな。教会の地下牢に放り込んでたよ。今日のためにな」
ダリウスは私の頭を踏みつけた。
「サタンの前で、魔物たちをいたぶってやったよ。お気に入りの一級の魔物をな」
「最低ね」
「そんな口を聞くな。ワシは今から魔界の王になる。お前を妾にしてやってもええぞ?黒い髪に白い肌、なかなか良い身体してるしの……」
ダリウスは私を仰向けにさせた。
下卑た笑いを浮かべ、馬乗りになった。
彼の頭ごしに、大きなシャンデリアが見える。
私は首にかけていた鍵を外した。
最大限の防御魔法をかけて、鍵を固くする。
その鍵を、ステンドグラスに向かって投げた。
数秒後にガラスが割れる音が、遠くで響いた。
「なんじゃ、窓なんか割って。助けを呼ぼうとしても無駄じゃ」
胸元にダリウスが手を掛けた。
私のローブが引き裂かれようとした瞬間。
凍てつくような風が、割れた窓から吹き込んできた。
風を受けたシャンデリアはぐらぐらと揺れ、天井から離れた―――
私はとっさに抜け出し、サタンの元へ走った。
そして、彼と私の周りに防御魔法を発動した。
「『バリア!』」
大きな音を立てて、シャンデリアが真横で砕けた。
ガラスの破片が魔物にかからないよう、バリアを唱え続けた。
☆
「……君は?」
「あ、気付いたのね。私はソフィア。傷はどう?」
「何ともない。君が治したのか。すごいな」
「一応、大聖女だからね」
シャンデリアで、牧師を下敷きにした聖女だけど。
サタンは身体を起こし、周囲を見渡した。
そして魔物たちの亡骸に気付き、走り寄って行った。
すべて手遅れだと気付いた時、彼の目には哀しみがあふれていた。
私は説明をした。
前の牧師が失踪をして、急にやってきたダリウスのこと。
寄付金で魔物を地下に集めていたこと。
魔王になろうとしていたこと。
「……そうか。ソフィアに俺も魔界も救われたんだな。ありがとう」
彼は微笑んだ。かすかに、牙が見えた。
そうだ。彼は魔王なのだ。
サタンは私の手を取った。
食われるかと思って、無意識に身体をこわばらせた。
「美しいだけじゃなくて、中身も素晴らしいんだね。人間界には久しぶりに来たけど、こんな人間もいたとはな。何か礼をさせてもらえないか?」
「じゃ、近くの宿屋まで送ってくれないかしら。泊まる場所を探してたの」
彼は非の打ち所がない、妖艶な笑みを浮かべた。
「なら、話が早い。魔界へ行こう。魔王城に部屋を用意して……」
「お断りします。そういう意味で言ったわけじゃないの」
幼い頃から、聖女としての教育を受けて来た。
婚約者でも夫でもない男の家に泊まるのは、ふしだらだ。
「まあ、話を最後まで聞いてくれ。俺の嫁になって欲しいんだ」
「あ、それなら良いか……って、ならないから!」
私はサタンの手を振り払った。
しかし、彼は私を抱き寄せた。
「俺は百年以上生きて、色んな女性を見て来た。その中で、君を選んだんだ」
彼の赤い瞳は、私をとらえて離さない。
「一生贅沢できる財宝も、魔界の力も、権力も、すべてあげよう」
低くて心地良い声。
思考回路が甘く、毒されていく感覚。
「何より俺は、君のことを……愛してる」
愛。
それは私が一度も手に入れたことのないものだった。
聖女として生まれ、修道院に入り、勉強と修行に捧げた過去。
二十歳で大聖女になった暁に、勇者との婚約を命じられ、捨てられた今。
「君を幸せにするよ、ソフィア」
こうして魔王の嫁として、
波乱万丈の溺愛生活が幕を開けたのだった―――
勇者に婚約破棄された大聖女ですが、史上最強の魔王から溺愛されています かのん @izumiaya
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