藍川菜月のお悩み解決あやかし奇譚

C-take

プロローグ

 世の中の流行はやりを作っているのはいったい誰なのだろうと、考えたことはあるだろうか。


 それは、あるいはテレビ番組であったり、あるいはSNSであったり。高い発信力を元とした情報が、大勢の人間に広まることによって、大きな波を作り出す。多くの人を介する間に情報には尾ひれが付いて、やがてより刺激的で魅惑的なものとして、次の人へと伝わって行くのだ。


 その点では、都市伝説で語られる存在も似たようなものか。古くはその土地に伝わる民間伝承に始まり、妖怪と言うこの世ならざる存在を経て、現代の都市伝説へと繋がって行く。そういう意味では、流行のファッションも、有名な都市伝説の怪異も同じようなものと言えるかも知れない。


 さて、「信じる者は救われる」というのは、遠い昔に、海を隔てた異国から伝わった宗教から来る言葉だが、それは別として、ここ日本にも、同じような風習があると言えばある。それを信仰心として捉えているかは別として、日本人と言うのは都合が悪くなると神や仏に願うのだ。まさにそれを体現するのが、お守りと呼ばれるものである。


 ここにも一人。恐らく日本で一番有名な学業の神様が祭られている、京都は北野天満宮の学業御守がくぎょうおまもり・桐箱入り(2500円)を握り締めながら、受験した高校の合格発表に挑む少女の姿。手にした受験票をジッと見詰め、なかなか合格者の番号が張り出された掲示板に視線を向けられずにいる。


「大丈夫。あれだけ勉強したんだから、絶対に合格してるって」


 少女は小声でそう呟き、「ふぅ」と小さく息をついて気合を入れた。そうでもしないと不安が心の入れ物を満たして、そのまま破裂してしまいそうだったから。


 周囲では、既に結果を確認したのであろう中学生達が、喜び叫んだり、静かに涙を流したりしている。さぁ、自分はどちらになるのかと、菜月は手元の受験票に落としていた視線を上げて、掲示板を見詰めた。


 近い番号を見つけてからは、自分の番号に行き着くまで順を追うだけ。上から下に番号を辿って行くと、辿りついた先には、受験票と同じ数字の羅列。合格だ。そうわかった瞬間に、少女――藍川あいかわ菜月なつきは飛び跳ねながらお守り入りの桐箱にキスをする。


「やった~! 流石は菅原すがわらの道真みちざね公! 修学旅行でお小遣いはたいた甲斐があったわ!」


 もちろん、彼女は何もお守りのご利益だけで合格したのではない。高校受験にあたり、娯楽に使っていた時間を削りに削って、勉学に励んで来たのだ。その結果が、彼女に最良の結果をもたらしたのであって、例え志望理由が家から近かったからという程度のものだったとしても、文句を言う者はいまい。


 とにかく、これで来年度からは、菜月も晴れて高校生となることが決まった。「ホッ」と一安心して、家族に合格報告の電話をするためにスマホを取り出そうとした時、喜びの小躍りをしていた余所の男子中学生が、夏樹の背中にぶつかる。


「あっ」


 取り出しかけのスマホが手の中から滑り落ち、地面へと激突しそうになった瞬間。何者かの右手がそれを受け止めた。


「すいません。ありがとうございます」


 菜月が咄嗟に礼を言いながら、視線を手から腕に這わせ、肩、首と来て、その先にある顔に向ける。そこにあったのは、無造作ヘアと呼ぶにはややだらしない前髪から覗いた、端正な顔立ち。詰襟の学生服に身を包んだその人は、何故だか周囲とは雰囲気が大きく異なっている。


 何より目立つのは、頭に装着されたヘッドホンだ。かなり大型で、いかにも値段が張りそうな一品だが、そんなものでいったいどんな音楽を聴いているのか。そんなものをつけていたら、周りの音が聞こえにくいだろうに。


「大丈夫? 怪我とかしてない?」


 その彼の手にも、受験票が握られている。合格発表に来た同級生なのは言うまでもない。


「あっ、はい。大丈夫です」


 ふと見ると、肝心のぶつかって来た男子中学生は、悪びれる様子もなく「うぇ~い!」と叫びながら校門の方に走って行ってしまった。まったく。迷惑なやからだ。


 とりあえず、彼からスマホを受け取り、一応損傷がないかを確認する。地面に落ちる前に受け止めてくれたのが功を奏したようで、ケースを含め、スマホには傷一つない。


「スマホの方も大丈夫そうだな。早く親御さんに合格の報告を入れてあげるといい」

「はい。そうします」

「それじゃあ、俺はこれで」


 そう言って、彼は掲示板の方に歩いて行った。ぶつかって来た男子中学生とは、えらい差である。


「……あれ?」


 ふと、一つの疑問が脳裏に浮かぶ。


「私、合格したこと言ったっけ?」


 掲示板の方に視線を向けたが、助けてくれた男子中学生は、人混みに紛れてしまい、その姿を確認することは叶わない。待っていたところで、彼が合格していなかったらと考えると、見つけて話しかけると言うのも躊躇ためらわれる。


「……ま、いいか」


 大方、こちらの様子を見て、合格だと悟ったのだろう。そうでもなければ、人の心が読めるとか。


「……ないない」


 菜月は頭に浮かんだ妄想を振り払い、スマホの操作に移る。


「あ、もしもし。お母さん?」


 この時既に、この世ならざる存在との邂逅を果たしていたとは、菜月自身、思っていなかった。今後、自分が数々の怪事件に遭遇し、それを解決して行くことなることを、彼女はまだ知らない。

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