議論部

天積 竜志

第1テーマ 性善説と性悪説

6時間目が終わり部活に向かうクラスメイトを尻目に黒板を消す

頼むから先生が黒板を消してくれと思いながら授業で使用された黒板を消す

白いチョークの粉が残るがこの際仕方ない

消さずに帰った場合、明日の当直に文句を言われるよりマシだ


取り合えずで黒板を綺麗にして、窓を閉めて教室をでる

あとは担任の仕事

任せましたと心の中で仕事を投げて教室を出る


帰る為に駐輪場に向かうわけでもなく、目的地は4階の教室

俺の教室は2階なので少し疲れて面倒だけど使われてない教室などそこしかないからしょうがない

目的の教室に着けばドアには【議論部】と名札がかけられている

中に入るともう俺以外の部員が集まっていた


「遅かったね。日直かな?」


「黒板を目一杯使われてな。授業中に黒板を消さない縛りゲーでもしてるんじゃないのか」


「ああ。堀先生ね」


良い声でこちらに話しかけてきたのは後醍院静香(1年生)

短髪黒髪でイケメンと言う言葉が似合う宝塚風の女生徒

本当に同学年なのかと疑うほど落ち着いており、男子より同性の女子から人気がある

女子高なら王子様と呼ばれていそうな人


俺は静香の隣の席に腰を下ろすと前に座っていた二人がこちらに向いて


「堀センは前からあんなんだ。諦めな」


会話に入ってきたのは茶髪のホスト風の男である名古屋東寺(2年生)

一個上で大変申し訳ないがチャラそうな見た目より硬派な人

何回か部活後に飯を奢ってもらったことがある俺にとっては良い人だ


「でも、黒板消さないから板書が遅い子は助かってるのよ。悪い先生ではないと思うけど」


こちらの母性の象徴のような女性は財前寺美有希(3年生)

その圧倒的な母性から同学年や後輩からは陰でお母さんと呼ばれている

悩みとしてはお母さんと思われているからか恋人ができないとの事


「全員集まりましたね」


声が聞こえた入口を見れば顧問が入ってきた

稍々神やよい先生

感情があるのかないのか分からない抑揚の少ない喋り

すべての事を事務的にこなすクールな人

かといってこちらの意向や感情を汲み取って色々してくれるので生徒への愛情がないわけではない人っぽい


先生が黒板に文字を書く

そこには

【転売について】

と書かれていた


「では賛成、反対に分けます。本日は1年生が反対。2,3年生が賛成で意見を纏めてください。30分で意見を纏めて、その後議論をします」


腕時計を見た先生は30分後の時間を書く

16時まで

そこから議論開始か


相手の意見が聞こえないように1年生の俺たちは廊下に出て意見を交わす


「まあ、簡単そうでよかった。転売に反対する事なんて沢山あるからな」


「そう簡単なことでもないよ」


「え?何故?」


安心していると違うと否定された


「感情的にならない。この議論部のルールの一つなんだけど、これがやっかいだ」


「そうか?ダメなことだし、意外と」


「議論の幅が広すぎるんだ」


腕を組み窓辺に寄りかかり神妙な顔つきで俺に語り掛けてくる

俺はその姿を綺麗だと意味不明な感想を抱きながら聞く


「問題視されているのは定価以上の転売について。それ以外のものについては別段問題視されていない傾向にある。まあ一般の視点から見てだけどね」


言葉を受け取り考える

腕を組み髭も無いのに顎を触る癖

その癖をみた静香は俺の言葉を待つ


焦らず、じっくり考える

・一般の視点から

一般人ではない

つまりその道の人たち


・定価以上ではない転売

定価以下で転売する奴はいない

なら定価が存在しないもの


なるほど


「抽選品や大会賞品についてか」


「そう。どちらも定価が無く、参加すれば必ず貰えるものではない」


「しかも大なり小なりその道で遊んでいないと意味がないもの……か」


抽選品は何かに登録していないと、もしくは何かを買わないと抽選に参加できなかったり

そして大会は成績を残さないと貰えなかったり

2つは問題として必ず貰えるものではないという点が共通している


通常の転売する人がそんな面倒なことをすることは恐らくない

抽選品も毎月あるわけではない

興味もないサイトにお金を払い抽選に参加するのを待つほど無駄なことは無いだろう

そして大会も成績を残すために遊んで強くならなきゃいけない

もしかしたら頑張っても成績が残せないものにそこまでやり込めるものか


「こんな言い方はしたくないが物に価値をつける、価格を吊り上げる行為は布教という観点から見れば私は良いと思うんだ」


「……お金が貰えるとなれば動機はどうであれ始める人がいるから布教にはなるか」


「ああ。お金が貰える。つまり資金繰りとして始める人が増える。ならその界隈の人口は増える。人口が増えるということは企業も多めに作るだろうしね」


「恐れているのは転売をされる事で起きる価格の暴落と性質の低下か。確かに企業からしたら今まで1000円で売れていたものが損切の為に定価以下で出される。そして1000円で売れ無くなれば価格を下げざる得ない。そんなことをすれば売り上げに直結するから安易に作れなくなる。そうなればまた価格が高めになる。いたちごっこだな」


「今言ったすべてを内包している物は株ということになるわけだけど」


「まぁやるわきゃないわな」


転売をする人の思考は分かる

安全に

更に仲間内で価格を操作してなるべく損はしたくない

人より優位に立ちたい


だけどそれは株では不可能に近い

株に安全なんてものはほど遠い言葉

企業内部のことなんて分からないし、不正なんかあれば暴落して損をする

企業内部のことが分かってもそれじゃあインサイダー取引に引っかかる

下手すれば人より優位に立つより人より下になる

仲間内で価格操作も簡単じゃない

それだけで生活している人もいるわけだからそんな人たちを騙せるなんて夢物語

騙せるならそれで生活できるわけなんてないのだから


結果

比較的安全で仲間うちで操作がしやすい

損もあまりない転売に行きつく


「企業も転売対策に打ち出してはいるが難しいだろう。監視するにしても量が膨大だしね。法律の制定が遅れているのもそれが一割ほどあると思う」


「となれば元をどうにかするしかない、か」


-001-


時間が来たので意見も纏まらず議論になった

思った通り先輩たちは定価が無いものの転売について意見を出してきた


「賛成派の意見としては確率を上げる為にやっていると言ってもいい。つまり10人の友人たちと手に入れる為にやるより見知らぬ100人も手伝い、手に入れれる確率を少しでもあげる。しかもこの人と取引すると確約していない分乗り換えも楽だ」


「なら手数料だけでいいのにあんなに高い価格をつけるのはどうかと思いますが」


「必要経費よ。移動費、管理費、抽選に参加するサイトへの登録料。大会に参加して手に入れるならそれに勝つためにかかった時間や使っている物への代金。総括すれば安いはずよ」


平行線もいいところ

感情的にダメだと言えば済むことだけどそれはここのルールでご法度だ

議論は理性的に

感情的に捲し立てるのは動物だってできるから人である特権の理性で話をする

それがここのルールだけど


なるほど

と静香の言ったことが理解できた


簡単な議題じゃない

感情的にダメだということはできる

だけど理性的に相手の話を理解して聞けば聞くほど感情的に否定したくなり議論でなくなる

相手に理性的に訴えかけて納得させないとこの議論の意味がなくなる


「なら自分で使えばいいのになぜ売るのですか?」


「言ったろ?賛成派の意見は手に入れる確率を上げる為にやってるって。言わば代理購入者だ。自分一人で無理だったものを代わりに手に入れて、その対価として代金を貰っているだけだ。現に納得して買ってる奴も沢山いる」


「賛成派が応募したりしなければ本当に欲しい人に当たる確率も上がるはずですが?」


「確かに上がるわ。けどそれって何%の話なのかしらね。それに本当に欲しい人に当たればそれ以降世にでることは殆ど無いわ。手放したりしないから。その状態がいつまでも続けば大金を払っても手に入れれなくなる。そうならない為にやっているのよ」


「でも賛成派から買っても同じことが起こりますよね?大金を払って買って、その人たちのも世に出ない。結果年々価値が上がり続けるだけで物が枯渇するだけ。ならその間の賛成派の人、いらないですよね?」


「物理的に手が入らない人はどうするの?例えば小笠原諸島とかに住んでる人が欲しい場合ね。会場に来なければ手に入らない。往復の移動に3日はかかるわね。それでも必ず手に入る確証はない。その間仕事は?生活があるからやらないとはいかない。その手間を省いてお金を払えば必ず手に入るとしたら?」


賛成派の意見は頑として手に入らない人の代理購入者

これを崩せなければ意味がない

静香も何とか崩そうとしているが崩れそうにない


「はい」


「何かしら?」


「俺はそのやり取りの場が悪いと思います」


「やり取りの場。つまりフリマサイトやオークションサイトって言う事か?」


「ええ。そのサイトのせいで本来の古物商達が迷惑しています。サイトで落札されている値段と同じでなければ売らない。賛成派のせいでそのような意見が蔓延している現状は賛成派の人たちの責任だと思います」


話題を切り替えよう

行き詰ったら他のところから攻める

千日手なら切り替えるほか納得させる方法は無い


俺はサイトが悪いという方向に舵を切った

サイトに高値で出て売れている現状に古物商はまいってるはず

古物商はサイトの値段で売りたいはず

なのにサイトと同じ値段で買い取りすればそれ以上の高値を付けざる得ない

それでは売れる保証はないし、下手した負債になるだけ

ならと他の店舗と協力して吊り上げればサイトも吊り上がる

インフレが起こる

そうなればついていけなくなった消費者達が悲鳴を上げて辞める人が続出する

業界全体が衰退する未来しかない


確かに価値が上がれば人は引き付けられて始める

しかしこのご時世

消費が上がれば辞める人だって出てくる

そうなれば業界が衰退する

しかし賛成派の人はそんなこと知ったこっちゃない

食い荒らすだけ食い荒らし後は知らんぷり

ハイエナだってもっと綺麗に食い散らかすだろう


「だがサイトを使っている人は賛成派だけじゃないはずだが?」


「普通に使っている人はいます。しかし対処療法じゃもう意味がないところまできている。なら原因療法しかないじゃないですか。販売から一年未満の商品を販売規制すれば」


「過激だな。だが無理だな」


「なぜです?」


「お前、どうやって管理する気だ?発売から一年未満の物の販売の規制する。どうやって?この日本だけで一年間にどれだけ販売していると思っている。それを全部プログラム組んで入力していく、てか?言うは易し、行うは難しだ。世界中の商品に広げれば必ず漏れが出てくる。それにサイトだけに適用して古物商はOKなのは職業差別じゃないのか?」


-002-


その後

議論は白熱したが結局平行線のまま

結論に行きつくには国からの法規制するしかないとの結論に至った


帰り道自転車を押しながら静香と帰る

これは今日の復習としてここに入部してから毎回行っていること


幸い俺の家の帰路に静香の家があるため遠回りにはならない


「先輩たち凄いな」


「うん。先輩たちだって意見としては反対派らしいのに見事に賛成派として意見を出していた。自分だったらあそこまで意見が出てくるか」


「だな」


カラカラと自転車を押す

静香は歩きの為歩く速さを合わせるのも慣れたものだ


「ねぇ、性善説と性悪説って知ってる?」


「子供の頃漫画読んでたら出てきたな。育ちによって人は善にも悪にもなるってやつ?」


「うん。人は生まれながら善であると人は生まれながら悪であるってやつ」


「ちょっと違ったか」


「ううん。あってるよ。少し足りなかっただけで」


恥ずかしそうに頬を人差し指で書く俺を見て静香はクスクスと笑う


「君の意見はそれに行きつくと思う」


「どういうこと?」


「フリマサイトやオークションサイトも性善説の上で成り立ってるって事」


「力はただ力であり、使う人間によって善にも悪にもなるって事か」


力はただ力

包丁だって人を殺す為に作られたものじゃない

料理を簡単にするものだ


トンカチだって

釘抜だって

チェーンソーだって


基本人を殺す目的で作られたものではない

明確に殺すものとして作られたものは数少ない


今回のフリマサイトとオークションサイトも同じか

世の中をもっと便利にって思いで作ったものが悪用される

思いもよらない使われ方をする


今世界にあるものすべて性善説の上でなりたっているってことか


「でもそれ…って何笑ってるんだよ」


「ククク……いや、君の言い回しの原因が分かり易いなと思ってね」


「ほっとけやい。どうせオタク君ですよ」


「ああ、ごめん。拗ねないで欲しいな。私は君のその言い回し好きなんだ。よかったら変えないでほしい」


「簡単に好きとかいうなや。本気にするぞ」


「どうぞ。君には前から好きだと言っているはずだよ?そろそろ告白かデートのお誘い待っているんだけど」


「どこで俺を好きになったんだか。まだ会って2,3ヵ月程度だろうに」


「私だって分からないさ。でも恋とはそういうものじゃないのかい?」


微笑みながらこちらを見てくる静香に照れて目をそらす

こういう時に強気にいけない自分の性格が悔しくなる


静香はその反応を見て更に笑う


「でっ!違うと思ったことだけど」


「んっ?」


このやろう

ナチュラルにかわいい反応で返しやがって

なんてやつだ

末恐ろしい


「ん゛ん゛っ!」


「どうかしたかい?」


「いや、なんでも。違うと思ったことだけど性善説と性悪説関係なくないか?もう育った奴が使うから関係は」


「それなら包丁やチェーンソーだってそうじゃないか」


確かに

生後0か月の赤ん坊が包丁やチェーンソーを使う訳ないからそうか

そうなると性善説の上でなりたってるのか


「それもそうか……そうか。だとしたら正しく使えるようになりたいな」


「そうだね。私もそう思う」


正しさなんてのは分からない

けど今は自分の思う正しさにしたがって使いたいと

俺はそう思った

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