第3話 次の日の朝
「ハイデマリー様、そろそろ起きて下さいませ」
メアリーの声に瞼を開く。
あれ? この部屋? そうだ。私はプレル王国に留学しに来ていたのだ。
留学と言ってもこの国には我が国のように学校というものがないらしい。
貴族は皆、個人的にチューターやガヴァネス、学者や専門家を招き教えを乞うらしい。
私は王女のイルメラ殿下の勉強に加えてもらったり、プレル王国の歴史を学ぶ授業では、専門家をつけてもらうことになっているそうだ。今日はそのイルメラ殿下との顔合わせがある。
イルメラ殿下は側妃の娘。そう、私の従兄弟のリヒャルドを殺害し、叔母を亡き者にしようとしている側妃の娘だ。
イルメラ殿下が共犯がどうかはまだわからない。
用意されていた朝食やお茶を鑑定魔法で調べたが、特に毒や身体を害するものは含まれていなかった。
私に何かしようとするつもりはないようだ。
何ごとも気づかれず3ヶ月過ごしてさっさと帰って欲しいというところだろうか。
朝食を食べ終わり、部屋に戻ろうとしていたら、家令のスティーブがやってきた。
「ハイデマリー殿下、今朝方から王妃殿下の体調が思わしくないようです。安静にした方が良いと医師から言われましたので、しばらくの間王妃殿下への面会は遠慮願います」
そう来たか。私と叔母を会わせないための策略だな。昨夜は幻影魔法で私達はありきたりな挨拶程度の話くらいしかしていないと、この国の人達は認識しているのだ。これから先、叔母が私に余計なことを言わないようにということだな。
「王妃殿下の看病は医師と看護師が致しますので、侍女のハンナはしばらく殿下についてもらおうと思っております。殿下もこの国や王宮内の様子をわかる者が傍にいる方が安心でしょう」
ハンナも遠ざけてどうするつもりだ。
「しかし、ハンナがいないと王妃殿下は不安ではありませんか?」
「意識があったりなかったりなので、ハンナがいなくても大丈夫です」
「そんなにお悪いのですか? 昨夜はお元気だったのに」
私は心配そうな顔を作った。
「王妃殿下の病は原因がわかりません。突然悪くなったかと思えば、よくなったりもするそうです」
私にいらぬことを話さないように薬で眠らされているのだろう。
暗部の者達は毒や薬に耐性があり全く効かない。あとでどんなふうになっているのか見に行ってみよう。
「わかりました。早くよくなるように力をつくしてほしいと医師に告げてください」
私は王女らしい嘘くさい笑顔を作った。
◆◇◆
部屋に戻るとすでにハンナがいた。
「おかえりなさいませ」
「家令から聞いたわ。薬?」
「はい。今朝医師が診察だと現れ、薬を飲ませました。医師が帰った後、暗部の方が『これは意識を朦朧とさせる薬です。王妃殿下が姫様にいらぬことを告げぬよう姫様がおられる間口封じをするつもりです』とおっしゃいました。暗部の方は自分は薬が効かないので心配無用と」
メアリーが心配そうなハンナの傍にきた。
「ハンナさん、大丈夫ですよ。私達は毒も薬も効かない。それにあなたも私達の傍にいる方が安心でしょう? そうですよね? ハイデマリー様」
「ええ、かえって良かったわ。ハンナが傍にいてくれる方がこちらとしても動きやすくなったわ。さぁ、今日はイルメラとご対面よ。儚げな雰囲気に作ってね」
イルメラには弱い姫だと思わせた方がいいだろう。
「その前に少し礼拝堂に行ってもいいかしら? 任務の無事遂行を祈りたいの」
そんなのは口実。私はあの人に会いたかった。
「ご案内します」
ハンナが前に出た。
私はハンナの案内でメアリーとマイクを連れ、あの礼拝堂を目指した。
◆◇◆
礼拝堂は独特の気に包まれていた。この国の中でここだけは別世界のようだ。
纏う気も光も美しい。
中に足を踏み入れると祈るあの人がいた。
神々しい後ろ姿。枯れ枝のように細い身体、艶の無い灰色の長い髪を束ねている。元はきっと美しい銀髪だったのだろう。
私が見つめていると、気が付いたのか祈りをやめ振り返った。
「あなたは?」
弱々しい声。私を見る瞳は全てを諦めなような瞳だった。でも瞳の奥の光が私を捉えた。
「お祈りのお邪魔をして申し訳ありません。私はハイデマリー・バーレンドルフと申します。バーレンドルフ王国より参りました」
「私はリュディガー・ヴェルトミュラーと申します。3ヶ月の予定で学びにこられた王妃殿下の姪御様ですね」
「はい。よろしくお願いします」
「私は祈る以外何もできません。あなた方は早く自国に戻られた方がいい」
そう言うとまた祈りを始めた。彼はこの国に絶望しているようだ。
「一緒に祈らせていただいてもよろしいですか?」
彼は無言で頷いた。
この礼拝堂の中はとても気持ちが良く安らかだ。
私は任務の無事遂行を祈り「また来ます」と彼の背中に告げ、礼拝堂を後にした。
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