ぼっち配信

佐藤謙羊

はじめての配信

01 はじめてのはじめて

「人はどれだけ善行を積めば、猫さんに生まれ変われるのでしょうか……?」


 ダンボール箱に入ってウトウトしている『もちさん』を眺めながら、わたしはそうつぶやきました。


「猫さんになれれば、自分だけの空間で誰にもジャマされずに過ごせるのに……」


 人間サイズのダンボール空間なら、いちど作ったことがあります。

 手先の器用さは自負しているので、拾い集めたダンボールでもけっこうなモノができたと思うのですが、


「なんだか棺桶みたい」


 そう妹に言われて、すぐに捨てました。


 付けっぱなしのテレビからは、わたしには縁のない都会的スイーツが紹介されています。

 そのスイーツを食べに訪れた女子高生グループがインタビューを受けていました。


 カラフルなスイーツは『配信映え』するらしいのですが、わたしにとっては雲の上の話です。

 そもそもわたしはスマートフォンというのも持っていません。うちはびん……清貧なので。


「あ、いえ、スマートフォンなら持ってました」


 ダンボール箱の隣にあるおもちゃ箱、子供の頃から道具入れとして使っているそれには、最新型らしいスマートフォンが埋もれています。

 当時……といっても先週のことですが、高校デビューに失敗したわたしは、スマートフォンさえあれば友達ができると思い、なんとかしてスマートフォンを手に入れようとしていました。


 そしたら駅前の家電量販店の店先で、ワゴンに入ったソレを見つけたのです。それも、なんと500円。

 帰宅して、手作りの貯金箱を壊して中の小銭を数えたら、ちょうど500円。全財産ピッタリです。

 かなり悩んだのですが、自らの腸をソーセージにするような思いで買い求めました。


 これで友達ができると、喜び勇んで帰宅したのも束の間、


「それ模型モックだよ」


 そう妹に言われて、おもちゃ箱の肥やしとなったのです。

 朝9時を告げるテレビからは、『特区』の特集がはじまっていました。


 特区というのはこの地球とはまったく異なる場所にあり、昔は『異世界』などと呼ばれていたそうです。

 ロールプレイングゲームの世界みたいなところで、モンスターさんがいたり魔法が使えたりします。


 100年くらい前にこっちの世界と繋がる通路が現われたそうで、いまでは『特区ステーション』という施設から普通に行き来ができます。

 特区の歴史については学校でも習いますし、なんなら小中高の修学旅行の行き先は特区が定番です。


 でもわたしは特区に行ったことがありません。

 小学生の時も中学生の時も、気合いで風邪を引いたからです。


 持たざる者のわたしが知らない人と組んで旅行をするなんて、ヘルモードにも程があるでしょう。

 ダンボール箱の中で即身仏になれ、と言われるほうがまだイージーです。

 ブラウン管の向こうには、走馬灯のようにカラフルな光景が広がっていました。


『今日は渋谷の特区ステーションに来ています! 見てください、朝から大勢の若者たちが行列を作っています! ちょっと、インタビューよろしいですか? 特区へはなにをしに?』


『そりゃ、ショッピングに決まってんじゃん! アクセとか、こっちじゃ絶対手に入らない超イケてるのあるし!』


『それからバカンス! こっちよりも海が超キレーなんだよね!』


『肉! 肉! 肉を食いに! アメリカでしか食えないようなぶ厚いステーキが、牛丼みたいな値段で食えるんだぜ!』


『うぇーいっ、特区サイコーっ!』


 特区は危険地帯が多いらしく、最近まではほとんどの地域で渡航制限が敷かれていました。

 しかし『魔王軍』とかいうのと協定だか条約みたいなのが結ばれたそうで、だいぶ安全になったそうです。


 そういえばわたしの通う学校でも、休み時間はもっぱら特区の話で持ちきりでした。

 あ、わたしはその話の輪の中にいたわけではなくて、遥か遠くから聞き耳を立てていただけなんですけど。

 わたしはふと思います。


「特区に行けば……わたしにも、友達ができるでしょうか……?」


 すると呼応するかのように、コマーシャルの塾講師の力強い声が鳴り響き、鼓膜を揺さぶりました。


『やるのはいつ? いまでしょ!』


 その言葉に、わたしの心の底にちいさな火がともりました。


「そ……そうですね……! やるならいま……! ぼっちから抜け出すのは、高校生になったばかりのいましかありません!」


 ぼっちには2種類あります。選択的ぼっちと、先天的ぼっち。

 わたしはそのハイブリッドで、孤独を愛しながらも人肌を求めるタイプなのです。


 人肌の理想としては、自分が構いたい時だけ構ってくれてあとは知らんぷりという、猫さんが人間にするような関係がいいですね。

 しかしそう思うとよりいっそう、猫さんへの思いが強くなっていきます。わたしは噛みしめていました。


「ああ……人はどれだけ善行を積めば、猫さんに生まれ変われるのでしょうか……?」


 気づくともちさんは、わたしのヒザの上で丸くなっていました。


「あの……もちさん?」


 わたしが話しかけても、もちさんはすぐには答えてくれません。

 もちさんはオッドアイの白猫さんで、首輪がわりにペイズリー柄のスカーフを首に巻いています。

 目も開いてない時に拾ってわたしが育てたのですが、わたしを親だと思っていないフシがあります。

 そんなことはさておき、ひとりで行く勇気のないわたしはもちさんを誘うことにしました。


「もちさんもちさん、わたしと一緒に駅前の特区ステーションに行きませんか?」


「いにゃ」


 しかし返事はノー。


「じゃ、じゃあ……来てくれたら、オヤツに『ちゃーる』を……」


 するともちさんの耳がピンと立ちます。もちさんはちゃーるが大好きなのです。

 しかしわたしには、もちさんにちゃーるを進呈できるほどの財力も権力もありません。


「もちさんがちゃーるを母におねだりするときに、加勢しますから……」


 現物支給でないとわかったとたん、もちさんは耳をぺたんと倒して寝に戻ります。

 しかしわたしはあきらめません。だって、やるのはいまだと決めたのですから。


 それからもちさんと、うにゃうにゃと5分ほど話し合った結果、顔マッサージ3回、おしりトントン5回、ちゃーるおねだり加勢10回ということで契約にこぎつけることができました。

 さて、もちさんの気が変わらないうちに急いで出かける準備をしましょう。


 まず学校の制服に着替えます。次にヘアスタイルですが、わたしは前髪が長いのでヘアピンは手放せません。いましている部屋用のひょうたんのヘアピンから、勝負用のタンポポのヘアピンに変えます。

 これは妹から「刺身に乗ってるやつみたい」と言われた逸品です。


 身支度ができたところで、つぎは荷物を……。

 しかしなにを持っていっていいのかわからなかったので、おもちゃ箱にあったものを手当たり次第に通学用のリュックサックに詰め込みました。


 最後にもちさんが入ったことで、さらに膨らんだリュックサック。それを背負って家を出ようとすると、割烹着で台所に立つ母がわたしを呼び止めます。


「あら、ひなちゃんもちちゃん、お出かけですか?」


 彼女は母といっても本当の母ではなく、わたしの姉にあたります。

 しかしわたしや妹は『母』と呼んでいます。それは母がそう呼んでほしいと望んでいるからです。

 母の問いに、わたしは「はい」と頷き返しました。


「夕方までには戻ってきます」


「いつもの、猫ちゃんたちの集会?」


 次なる母の問いには、リュックサックの口から顔だけ出したもちさんが「いにゃ」と応じます。


「今日はちょっと、お友達と約束がありまして……」


 補足ついでに、わたしはちょっと見栄をはってしまいました。

 すると姉は、この世の終わりのような顔になったあと、新世紀の始まりのように顔を明るくしたのです。


「まぁ……!? ひなちゃんにもついに、人間のお友達ができたんですね!? ああっ、今日はなんていい日なんでしょう! ちょ……ちょっと待っててくださいね!」


 母は頭の三角巾をキリリと締めなおすと、目にも止まらぬ速さで料理をはじめ、お弁当と水筒を持たせてくれました。

 お弁当はわたしの好きなそぼろごはん、水筒の中身は麦茶だと思います。


「それと、これ……」


 そして嫁に行く娘を見送るかのような表情で、ギュッと手渡されたのは、なんと……。


「せ……千円!? こんな大金を……い、いいんですか!?」


「もちろん! お金というのは、こういう時に使うためにあるのです! 今日は、いっぱい楽しんでくるのですよ!」


 母はわたしといっしょにアパートの外まで出て、手を振って見送ってくれました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る