第21話 アガリカナグスクの龍
【琉球では本来、東金城をアガリカナグスクと読むのだ。話を合わせてやれ】
良太郎の耳元でセイが告げる。その直後に、ギリギリと歯噛みの音が聞こえそうな口調に変わった。
【儂らの結界を破りよって、金龍め】
「いつ、」
いつの間に戻って来たんだと言いたかったのだろうが、良太郎はその先の言葉を飲み込んだ。そうして、マキの周囲に金龍の姿が見えないかと目を凝らす。
アケは月世と共に去ったのだろうが、ハクの姿は無く、もちろん金龍は見えなかった。
「あ、あー。マキちゃん。東金城さんって呼んだ方がいいかな」
「マキでいいよ。周りの男子はヒガシって呼んだりもするけど、テンチョーと一緒でいい」
「そう? マキちゃんって沖縄の出身なの?」
「あはっ、やっぱり名前でそう来る? ママのおじいちゃんとおばあちゃんが沖縄から大阪に来たんだって。そのとき、アガリカナグスクじゃ呼びづらいから、読み方変えたって。パパは生まれてからずっとここ。マキもね」
「じゃあ、ママが東金城さんだったんだ」
「うん。ママがこっちに来て仕事してたころに、パパと出会ったの。結婚するのに、名前を継ぐのが条件だったんだ。たくさん反対されたんだけどね」
「はあ。熱愛だったんだなあ」
「ねー。パパはママにメロメロだったもん」
良太郎は、過去形で語られたことに引っかかりを覚えた。
辺りに視線を巡らせ、霊園にいることを改めて認識する。
「あのさ、ここに来たのはどうして? 猫に会いに来ただけ?」
「あー、お墓参りだろーって気にしてる? 大人って、そういうこと気にするよね」
マキはにかっと子どものように笑った。
「おじいちゃん、おばあちゃんはチョー元気。ママは家にいないってだけ」
聞いた瞬間、良太郎の頭を過ったのは『出奔』という言葉だった。半人前とはいえ探偵事務所で働く身。わりと頻繁に耳にする言葉なのだ。
表情から読み取ったのか、マキはしょうがないなあという顔をした。
「今、ちょっと失礼なこと考えたでしょー?」
「えっ、あっ、そんな」
良太郎は両手をばたばた振って否定しようとした。
「ママはある日突然いなくなりました。理由も行き先もわかりません。でも、絶対死んでないし、パパやあたしを裏切ったんでもないの。わかるの。リョータンも、わかった?」
マキは腰に手を当て、母親が子どもに言い聞かせるようにゆっくりはっきりと言った。
「わかりました」
「よろしい。じゃあ、失礼のおわびにお昼おごって」
くしゃっと笑顔になったマキに、良太郎はほっと胸を撫で下ろした。
ほっとしたついでに閃くものがある。
「うん、いいよ。その代わり、行きたい店があるんだけど」
「どこ?」
「海猫屋って知ってる?」
「……知ってる」
元気いっぱいだったマキの表情に、わずかながら翳りが見えた。
「洋食の気分じゃなかった?」
「ううん、いいよ。おごってもらうのにわがまま言わない」
「せっかくおごられるんなら、好きなものをって考えもあるけど」
「本当にいいもん。エビフライランチ食べたーい」
「お安いご用だ」
「わ、おじさんみたーい」
「誰がおじさんだ。まだ20代なんだから、お兄さんと呼びなさい」
「ふうん? じゃ、しつもーん。マキより10歳以上年上ですか? はい、いいえ?」
「……はい」
「はい、おじさん確定」
【鼻の下を伸ばしよって、まこと嘆かわしい】
その存在を忘れていたわけではないのだが、良太郎はセイの声に縮み上がった。
「あれ、どうしたのリョータン?」
「なんだか急に寒気が。お墓だからかなー。夏だしな、はは」
「やだ、おじさんぽーい。なんで暑いからって怖い話するかなー。別に涼しくならないよね?」
「そう、だねえ」
ごまかし笑いをしつつも、肩を落とした良太郎である。
徒歩で来たというマキに合わせて自転車を押して歩きながら、気分を変えるように「近くに住んでるの?」と訊ねた。
「うん。あのマンション」
マキは、道路を挟んだ先の年季の入った建物を指差した。
「ややっ、そこまで知りたいんじゃなくてさ! 具体的な場所までしゃべっちゃだめだよ! 俺も悪かったけど!」
慌てる良太郎に、マキはぺろっと舌を出した。
「リョータンにはつい、なんでもしゃべっちゃう」
「そっそれは、ものすごく信頼してくれてるってことかな?」
「んー? あーちゃんに話してるみたいな感じ? あっ、こっちの道行こう。近いから」
「あーちゃん?」
指差された方の角を曲がりつつ、眉をひそめた良太郎である。
「ママに買ってもらったぬいぐるみのクマさん」
「ぬいぐるみかあ」
がっかりはしたものの、彼は明るい表情を作った。
「でも、大切な友だちなんだよね、うん。で、おじいちゃんたちも一緒に住んでるの?」
「ううん。今はパパと2人。一緒に住んでると、パパと言い合いになっちゃうから。ほら、ママのこと悪く言っちゃうからね、やっぱり。気持ちはわかるけど」
「そっか。わかるってのが偉いな」
「でしょでしょ。最近は料理もするし、掃除も洗濯もするし、バイトだって掛け持ちしてるもん」
「おお、すごい。頑張ってんだ」
「学校は行ってないけどね」
マキは小さく肩をすくめた。
それまで並んで歩いていたのだが、抜け道に使われているのか案外車も自転車も通る。良太郎は、自然とマキの後ろに回った。
「言われるの? 行かないとだめだって」
「パパは言わないからいいんだ。ママみたいな仕事するんなら、学校なんか関係ないんだけど」
「ん? どんな仕事?」
「占い師、みたいな?」
「え?」
良太郎は意表を突かれて足を止めた。
振り返って立ち止まったマキは、わずかに首を傾げ、微妙な困り顔を彼に向けた。
「学校帰りに、ああ、まだ高校生のときにね、いきなりスカウトされたんだって。ちょっとカッコ良くない? でもね、内容は変なの。オサカベ姫が来て欲しいって言ってるから、ヒメジに来なさいって」
「はあ?」
「あなたには龍が憑いているからーとか言われちゃったんだって。オサカベ姫が、その龍と話したがってるとかでさ」
「ええっ?!」
「ねー、びっくりだよね。オサカベ神社ってあるでしょ。でも、漫画やゲームだとちょっとアレだよね。神さまなの、妖怪なの、どっち?」
「いやいやいや。神さまだよ。神さまだけど」
良太郎は、訴える目でセイを見た。
【わかっておる。ああ、うるさい、うるさい。それについては、金龍ががなり立てておるところだわい。ともかく今は、話を逸らせ】
道端に立ち止まったままだった良太郎は、言葉を探しつつマキに目を向けた。
そのまま何気なく視線を上げると「げっ」と声が出る。
こちらを向いて立っているマキの背後、緩くカーブした道の先にはラブホテルの看板が3つほど並んでいるではないか。しかも、通りすがりの自転車のご婦人が、胡乱な目で見てくる。
「あはっ、気づいた? ここで立ち止まってるとヤバいよ。値段交渉してると思われるよ」
マキは、けろりとした顔で言う。
「ね、値段って」
「いるんだよね、聞いてくるオジサン。こんな見た目だからさぁ」
「お、俺、あの先で待ってるっ」
「えっ、ちょっとぉ、あはは、かわいい」
赤くなった良太郎は返事も聞かずに自転車にまたがり、大きな通りを目指してペダルを漕ぐ。
【墓場の脇で
耳元に浮かんでついてくるセイの言葉に、彼はますます赤くなった。
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