第十八話 秘密の結婚式
「なんだそれは?」
アクロード様はあからさまに不機嫌になった。眉をしかめて私を睨んでいる。
「君との結婚式は私が凱旋して、その後、予定通りに夏にやると言っただろう?」
アクロード様なら私が何でこんなことを言い出したのか、一瞬で予想しただろうからね。
私がアクロード様が戦場で斃れることを危惧して、戦地に行く前に結婚したがっているのだと思っているのだろう。まぁ、正直、その理由が無いとは言えないわよね。
「君は私の勝利を疑うのか?」
アクロード様は怒っていた。彼が私に怒りを向けるなんてほとんど無いことだ。それくらい彼の自尊心は傷付いたのだろう。それは、婚約者に自分の強さを疑われているようなものだものね。私だって自分の馬を見る目を彼に疑われたら怒るだろう。
なので私ははっきりと言った。
「全然、まったく疑ってはおりません。アクロード様なら一人ででもフローバル王国にお勝ちになるでしょう。絶対に」
正直、私は本当にそれは信じていた。アクロード様の有能さと強さは知っている。それと、彼は私との結婚を本当に楽しみにしているから、戦場でも自分の身を大事にして、生きて帰ってきてくれるだろうとも思っている。こちらは、アクロード様の激情家ぶりを思うと少し怪しいけども。
「ならば大人しく帝都で私の帰りを待っていてくれ。結婚式はそれからだ」
アクロード様の言葉に私は首を横に振った。
「ダメです」
「何がダメなのだ」
「それでは私がアクロード様をお助け出来ません」
アクロード様の目が点になった。
「なんだ、何を言い出した?」
私はアクロード様の碧色の瞳を見詰めながら決意を込めて言う。
「私は今、アクロード様の婚約者で、準皇族ですけども、これでは私には何の権限もありません」
私は婚約して、準皇族として暫定的に皇族扱いされ、公爵家の人間として扱われているけども。本当の身分は伯爵家の三女のままである。
これだと私には皇族としての権限が何も無いのである。皇族は事前の連絡無く帝宮に上がる事が出来、優先して皇帝陛下や皇太子殿下にお会いする事が出来る。そして、提言や陳情を行う事が出来る権限がある。皇帝陛下や皇太子殿下に直接自分の意見が訴えられるというのは、帝国のような国家では巨大な特権なのだ。
そして私にはまだ公爵家の資産や家臣を動かす権限がない。それはアクロード様やお義父様、お義母様にお願いすれば大体の事が出来るけど、それでも私が単独の判断で動かせるものは、公爵城の馬くらいしか無いのである。
この状態では、私がやりたいことは出来ないのだ。
「私は、後方からアクロード様の事をお助けしたいのです!」
つまり後方支援だ。アクロード様が前線で戦うのなら、後方で戦うのが妻の役目では無いか。私は彼の妻として、後方で戦いたいのである。
私の意志を諒解したアクロード様は更に渋い顔になってしまった。
「エクリシア。それは君の仕事では無いぞ。帝国軍の後方支援は、帝都に残る皇帝陛下、皇太子殿下、それに大臣や官僚の仕事だ。君は私の勝利を祈って待っていてくれれば……」
「それでは私の気持ちが収まらないのです!」
私はアクロード様の手を握った。
「アクロード様? アクロード様は嫁取り競馬で、ご自分で騎手を務められましたね? あれはどうしてですか?」
話題が飛んだからか、アクロード様はちょっと気が抜けたように上を向いて、考え込んだ。
「……あれは、そうだな、私の運命を見も知らぬ騎手に託したくなかった、からだろうな」
私は我が意を得て頷く。
「それです。私も同じなのです。私だって、アクロード様と帝国軍の皆様、その他の方々に全てをお任せするなんて、とても耐えられないのです」
何にも出来ることが無く、ただひたすらにアクロード様の無事を祈りながら、表面上は笑って社交に出るなんて、とても私の性分に合わない。
私だって自分に出来る事で戦いたい。アクロード様のためにフェバステイン公爵家の為に、帝国のために。戦って勝利を勝ち取りたい。そのために自分に出来る事を、私は色々考えた。しかし、それを実現するためには今の身分では不足だったのである。
だから、アクロード様と結婚してしまって次期公爵夫人、つまり次期公妃として文句無しの皇族となり、巨大な権限を得て構想を実現したい。それが結婚式を早める目的なのだ。
利己的と言えばあまりにも利己的な私の言い草に、アクロード様は呆然としてしまっていたわよね。皇族との権限が欲しいから結婚したいのであって、別にアクロード様と結婚したいわけではありません、という意味だからね。これは。
しかしここは正直にそう言わないと、アクロード様は私と結婚式を早めるなんて事はして下さらないだろう。大事なのは、私がアクロード様の勝利と生還を疑っている訳ではなく、それ以外の理由で結婚を前倒しにしたいと考えていることを理解して貰うことだ。アクロード様は賢いし、私が心底望んでいる事は叶えようと努力して下さる。だから私が正直に望みを言い、それがアクロード様にも理解出来ることならきっと実現して下さるだろう。
アクロード様は私をその深い碧色の瞳でじーっと見詰めていた。この瞳で見詰められると、何時の頃からか私はとても心地良い気分がするようになっていた。そして嘘が吐けなくなる。素直になる。
「私はアクロード様と結婚して、妻としてアクロード様のお役に立ちたいのです」
アクロード様は一度目を閉じ、そして開いた時には憂いの取れた笑顔になっていた。私の大好きな麗しい笑顔だ。
「分かった。結婚しよう。エクリシア」
◇◇◇
私とアクロード様の結婚式は婚約式と同じ、内宮の神殿で行われた。出席者は皇族だけ。非常に内々の式になってしまった。
それというのも、このお式は秘密の結婚式だからだ。アクロード様は強く主張した。
「正式に結婚して、エクリシアに次期公爵夫人としての権限を付与するのが目的だからな。皇族に周知されればそれは十分な筈だ」
確かに、私が正式に結婚していようが、まだ婚約状態であろうが、多くの貴族の皆様にはあまり関係の無いことだ。既に準皇族として扱われている私は十分な権威をもっているし。政治的な動きをする際に正式な皇族としての身分が必要になるのだから、皇帝陛下、皇太子殿下、そして皇族の方を多く含む大臣達が承知して下されば良いことではある。
アクロード様がなんでこんな事を真剣に主張したのかというと。
「私が凱旋したら、その後に帝都の大神殿で盛大な結婚式をやるのだからな。その前に結婚してしまったなどという事を公にする必要は無い」
という事だった。つまり、今回の結婚式は極秘の仮結婚式という事であり、後で本当のもの凄い結婚式をして千人以上の来賓と帝都中の民衆の歓呼と祝福を浴びたい、というのがアクロード様のご意向だった。
私としてはどっちでも良いんだけどね。別にそんなに多くの方々に祝福される必要は無いと思う。親兄弟と、公爵家ご家族に祝福されればそれで十分だ。
この結婚式については、お義父様もお義母様も最初は反対した。
「もう結婚式の準備はほとんど済んでおる。アクロードの勝利は疑いないのだからエリーは安心して待っていれば良いのだ」
「そうですよ。何もそんなに慌てて粗末な結婚式を挙げなくても」
私は結婚して皇族の地位を確定して、政治に関わり、戦場のアクロード様を支援したいのだと力説してご理解を得ようとした。しかし、中々納得して頂けないので、私は実際にアクロード様のためにやろうとしていた事をお二人に説明したのだった
その説明を聞いて絶句した公爵ご夫妻は、渋々ご許可を下さったのである。
そして急遽準備が整えられた。バライメン公爵家の方々、ゴルドバ公爵家の方々を密かにご招待し、皇帝陛下のご許可を頂いて、アクロード様出征の三日前の夜。帝宮内宮の女神神殿において私とアクロード様の秘密結婚式が行われる事になった。
急な話に皇帝陛下は目を白黒していたし、皇太子殿下もあまりいい顔はなさらなかったわね。他の皇族の皆様も困惑していらした。
ただ、皇帝陛下はフェバステイン公爵家にクラーリア譲渡のゴタゴタについて大きな借りがある。フェバステイン公爵家としての願い出は断れないわよね。それで何も言わずに結婚式を行うご許可を下さって神祇官として儀式を取り仕切って下さった。
ちなみに、この場には私の実家であるクランベル伯爵家の皆はいない。内緒である。今回は本当に極秘の結婚式なのだ。それならば他の皇族の方々も招くべきでは無いのだが、私が今後皇族の権限を振りかざして行動する関係上、私が間違い無く皇族になった事をバライメン公爵家、ゴルドバ公爵家の皆様にも承知して貰わなければならなかったのである。
ただ、皆様はそんな事は分からず、私が結婚式を早めようと言い出したのは、アクロード様に万が一の事が起こった時に為だと思っていたようだったわね。実際、そのような理由で結婚を早める事は良くある事らしいから。
私は今回の結婚式では簡素なウェディングドレスを着用した。一応はオーダー品だけど、先週注文して今日の昼に届いたのだから何の装飾も無い。夏の挙式用の超豪華なドレスは未だに制作中だし、夏に使うものだから季節にも合わないからね。お義母様は残念がったけど、今回は仮の結婚式だからといって納得して頂いた。その代わり、宝飾品はお義母様秘蔵の物を借りて、キラキラにして頂いた。恐らく帝国で一番大きなピンクダイヤモンドのペンダントとか、大きな真珠がいくつも連なった首飾りとか。
女神神殿に入る時のエスコート役はお義父様にしていただいた。お父様が来ていないからね。お義父様は役得だと喜んでいた。妹姫二人が私のドレスの裾を引いてくれている。二人はキャッキャと喜んでいたわね。こうしてみると、私はもうすっかりフェバステイン公爵家の娘なのだ。結婚していなくても。
でも、私は娘ではなく嫁になりたいのだ。祭壇の前でお待ちのアクロード様は軍の礼服を着ていらした。夏の結婚式用にはちゃんと花婿衣装を用意しているみたいだけどね。軍の礼服なんて装飾は立派だけど厳つい雰囲気のある服なのに、この方が着るとどうにも華麗で麗しいから困る。
祭壇の前で私の手を受け取ったアクロード様は表現しにくい微妙なお顔だったわね。
「こんな寂しい式で女神に婚姻の誓いをしたくは無いのだがな」
まだ言っている。アクロード様は兎に角、私との結婚式は盛大に華麗な式典にしたいらしい。それはそれで有りがたいお話だけど、私はこういうこじんまりした式も中々良いと思うのよ。
「また夏にやるのだから良いではありませんか」
「女神への誓いは本来は一度だけだ」
「女神様なら二度誓っても、同じ誓いなら気になさいませんよ。きっと」
違う誓いなら怒られるかも知れないけど、同じ誓いなら何度誓ったって女神様のご負担にはならないだろう。私の言葉にアクロード様は苦笑して、ようやく朗らかな笑顔になった。
「そうだな。私は何度だって君への永遠の愛を誓えるからな」
「私だってそうですよ」
そして祭壇の前で跪き、神祇官姿の皇帝陛下から祝福の祝詞を頂く。
「大いなる女神の名の下に、フェバステイン公爵家アクロードとクランベル伯爵家エクリシアの婚姻の儀式を執り行う」
私とアクロード様は並んで跪いた。
「女神様は古にこの地に降り立ちて我々にこう仰った。『皆、男女仲良く番となり、子を産み育て栄えるがよい』と。女神様は我々に婚姻と出産をお望みになった。故に我々は結婚を女神様に誓うのである」
跪き、手を組んで俯く私達の頭に聖水と香を振りかけた皇帝陛下は厳かに仰った。
「アクロード、エクリシア。二人とも永遠に人生を共に歩むと誓うか。どんな苦難の時も共に支え合い、死が二人を別つまで互いの事を愛し合うと誓うか」
私とアクロード様は息もぴったりに答えた。
「「はい、誓います」」
皇帝陛下は大きく頷くと言った。
「では、誓いの接吻をしてその証を女神様にお見せするが良い」
私とアクロード様は立ち上がり、女神様の像の前で向かい合った。アクロード様が私の顔の前のヴェールをそっとよける。私の間近に顔を寄せながら、アクロード様は苦笑気味に囁いた。
「確かに、小規模な結婚式も悪くないな」
「でしょう?」
これが大人数なら緊張して大変な事になっただろうけど、これくらいのお式なら緊張しないから相手のお顔がよく見えるし、お気持ちもよく分かるからね。
アクロード様は私の唇に優しくキスをして下さった。少ない来賓の皆様から拍手が起こる。これで私とアクロード様は正式に結婚した事になった。私は正式にフェバステイン公爵家の一員となったのである。
◇◇◇
秘密のお式だったので、大っぴらでは無いささやかな披露宴が行われ、私とアクロード様は公爵城に「帰ってきた」。今日からこのお城は公明正大に私のお家である。私は今や次期公妃なのだ。
本来、結婚したら私とアクロード様は公爵城内にある別邸に移る予定だった。もう去年からアクロード様と建物を選び、二人の趣味で改修して内装も変更し、家具や装飾も入れて整えつつある。
だが、今回は本館の方にそのまま入った。別邸の整備はまだ終わっていないし、夏に入る予定だったのでまだ早春の今では内装が合わない。それに、正式な結婚式が終わる前に別邸に入って同居していたら、秘密結婚式がバレてしまう。
なので私はアクロード様に横抱きにされると、馬車からその状態で降りて本館の方に帰宅した。もうすっかり私の自宅だったから何の驚きも感動も無かったけど、それでも気分が違うからだろうか、なんだか色々新鮮に見えたわよね。
アクロード様は私を軽々と抱いたまま、ご自分の私室に入った。
アクロード様の私室には何度かお邪魔した事がある。でも、寝室にまでは入ったことが無い。未婚女性が男性の寝室に入る事は出来ないからね。
しかし私はもう未婚女性では無い。アクロード様は堂々と私を抱き上げたままご自分の寝室に入っていった。
いよいよだ。流石に私は緊張した。秘密結婚とはいえ、結婚は結婚だ。つまり今夜は新婚初夜だ。男性らしい落ち着いた内装の紺色の絨毯をゆっくりと踏んで、アクロード様は紫色の天蓋が下がったベッドに歩み寄ると、柔らかなベッドの上に私を優しく横たえた。そして、間近から私の事を愛おしそうに見下ろす。私の胸は壊れそうなくらい高まった。
しかし、怖れはない。私はアクロード様の事が好きだし、十分に覚悟も決めた。彼の事を受け入れる決心はとうにしている。教育でやることのやり方も知っている。準備は万全だ。私はアクロード様と本当の意味での夫婦になり、彼の子供を産むのだ。
……しかしアクロード様は私の事を優しく見下ろし、頬を撫でながらも意外な事を言った。
「安心せよ。今日は何もせぬ」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
「残念ながら時間切れだ。出征する騎士は三日前の夜から禁欲すると決まっている。だから、お預けだな」
「そ、そんな!」
そ、その決まりは聞いていたけど、そんなのを馬鹿正直に守っている人はいないとも聞いている。まして今日は新婚初夜。今日一回ぐらい……。
しかし、アクロード様は私の唇にキスを落としながらも、それ以上の事は何もしなかった。
「凱旋して、正式な結婚式をしたら、存分に可愛がってあげよう」
と、ちょっと恐ろしいような事を言われたけども。
私はちょっとがっかりだった。別に、アクロード様が勝利なさって帰ってくるとは信じているけど、それでもやっぱり、アクロード様と今日関係を結んで、それで子供が出来る期待を、少しはしていたからだ。そうすればアクロード様にもしもの事があってもちょっとは耐えられる、かも、と思っていたのである。多分、アクロード様はそれを見透かして、私の事を抱いて下さらなかったのだろうね。
「なに。新妻に手も出さなかった後悔が私の執着になって、私を君の元に帰すだろう。信じて待っていてくれ。エクリシア」
「疑ってなんていませんけどね」
仕方なく私はせめてもと思って。アクロード様の頭を抱き締めてぶちゅーっっと深いキスを夫にお見舞いしたのだった。
◇◇◇
遂に、アクロード様出征の朝が来た。
その日まで、私はアクロード様と毎日一緒に寝た。関係こそ結ばなかったけど、彼の温もりを感じながら一緒のベッドで寝たのだ。正直、その彼が今日の晩からいないとなると、もう途方も無く寂しい。やはり、婚約者と夫婦では気持ちが全然違うわよね。
その朝、アクロード様は公爵城の玄関先に立っていらした。ここから軍馬に騎乗して帝宮に向かい、皇帝陛下による出陣の儀式を受け、麾下の軍勢二万を率いて出征なさるのだ。儀式にはお義父様お義母様は勿論、私も参加してアクロード様をお見送りする。
なので、ここでは私的なお見送りだ。騎士としての制服の上から胸甲を纏い、兜を被ったアクロード様は勇ましいお姿だった。けど、それを見ていれば見ているほど心が沈んだ。どんなに自分に言い聞かせても、どうしてもアクロード様の危険に対する怖れが消えないのだ。
「では、行ってくる。君は君のしたいようにすればいい」
アクロード様は私にキスをすると笑顔で仰った。私は頷く。そう。私は彼を後方から支援するために、その権限を得るために彼の反対を押し切って結婚したのだ。口だけでは無い事を見せなければならない。
「分かりました。お任せ下さい。アクロード様、ご武運を」
アクロード様は頷き、続けてお義父様、お義母様、妹姫達と抱擁する。
「行ってこい。フェバステインの勇猛さを敵に刻み込んでやれ」
「油断無きよう、気を付けるのですよ」
「お兄様頑張って!」「勝ってね!」
アクロード様は大きく頷いた。
「行ってきます」
そして出立の時間になり、牧夫のレオックによって馬が引かれてきた。アクロード様は騎乗しようと馬に向かい合って、流石に驚きに目を見張った。
「ガーナモントではないか? なんでガーナモントがここに?」
引かれてきたのはガーナモントだった。青鹿毛の馬体には、競馬用とは違う軍隊用の鞍が据えられ、物資の入ったバッグも括り付けられている。
私は驚いているアクロード様と、なんだか得意そうな顔をしているガーナモントを見比べながら言った。
「ガーナモントをお連れ下さい。ガーナモントの能力はアクロード様も知っているでしょう? ケビンもガーナモントなら軍馬の適性もあると言っています。安心してお連れ下さい」
「……良いのか? こんな高馬を戦場で使い捨てるのはいかにも勿体ないが……」
私は怒った。
「ダメに決まっているではありませんか! ガーナモントは必ず無事に連れ帰って下さいませ! でないとクラーリアに怒られますよ!」
もう一人の牧夫がクラーリアを連れてくる。ガーナモントに頭をぐりぐりと押し付けて甘えているクラーリアは、どことなく不安げに見えた。そして私の事を不満げに睨む。それは、自分の婚約者を勝手に戦場に送られたらそんな顔にもなるでしょう。私の気分がわかったかしら?
「アクロード様をお守りするには最高の馬に乗って頂きたいのです。ガーナモントならアクロード様を乗せて走れば矢弾も追い付かないでしょう」
私はアクロード様の手を握った。抑えていた気持ちが盛り上がり、どうにも抑えられなくなる。涙がボロボロと溢れ出る。
「良いですか? ガーナモントもアクロード様も、必ずお帰り下さいね。ガーナモントはクラーリアの、アクロード様は私の、子供のお父さんになってもらわなければならないのですからね!」
涙を流す私を、アクロード様は強めに抱擁して下さった。
「ああ、分かった。確かにガーナモントがいれば百人力だ。約束しよう。ガーナモントも私も必ず戻る。勿論、勝ってな!」
……そうして、アクロード様はガーナモントと共に出征していった。国境までは十五日間掛かるという。私は長く伸びる帝国軍の隊列を、帝都東門の上に作られた壮行の儀式の席から見送ったのだった。
◇◇◇
アクロード様の出征の翌日、私は遠慮無く皇族権限で帝宮に上がり、帝国軍総司令官である皇太子殿下の執務室に押し掛けた。
何事かと目を瞬く皇太子殿下の前、デスクの上に、私は事前に練っていた計画書をずらっと並べた。そして皇太子殿下を正面から見詰めて叫んだのだった。
「馬です! 帝国軍の勝利は馬の使い方に掛かっています! 是非、この計画を私にやらせて下さいませ!」
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