出られない部屋

@rona_615

キスをしないと出られない部屋

 “どちらかがどちらかにキスをしないと出られない部屋”

 ドアの上に掲げられた木の看板。文字が意味するところを理解した僕は、思わずもう一人の方を見る。

 薄く開いた口を縁取る、ぷっくりとした唇。紅でも塗っているのか、赤く色づいたそれから目が離せない。

 高校生の頃から、もうずっと何年も、片思いをしてきた相手。子供じみたところがある彼女は、僕の恋心になんて気づいていないようだけど。

 彼女は唇をキュッと結ぶと、扉に駆け寄った。うなじで一つにまとめられた栗色の髪が、ふわりと動きに合わせて、ふわりと広がる。

 ノブを両手で掴み、押したり引いたりするけれど、少しも動かないようで、彼女は小さく「どうしよう」と呟いた。

 僕は一歩だけドアに近づく。振り返った彼女の目には涙が溜まっていた。

「どうしても開かないみたい」

 息と共に発せられた声音は、掠れ震えている。僕は両方の手のひらを彼女に向けると、頬をあげ、目を細めてみせた。ちゃんと笑顔に見えるといいんだけど。

「とりあえず、指示に従ってみない?」

 なんでもない口調を装うべく、お腹に力を込めた。彼女の肩の力がふっと抜けた様子から、それがうまくいったことが分かる。猶予のつもりじゃないけれど、視線の先をノブへと移した。視界の隅で、彼女が左右をゆっくりと見渡すのを確認する。

「……うん」

 やっと返ってきた声は小さく、頷く仕草がなければ意味を掴み損ねるところだった。

「大丈夫、挨拶だよ、挨拶。チュッとすればいいだけで」

 言い訳がましい慰めにも、彼女は首を縦にふる動作で応じる。

「する方がいい?それとも、される?」

 途端に耳の先まで真っ赤になった。こういうところがひどく愛らしい、なんて呑気なことを考える。

 と、彼女は顔を斜め下に向けたまま、にらむように僕の顔を見つめた。

「する。けど、どうすればいいの?」

 問われた内容も、その上目遣いも、僕を動揺させる。

 初めての、口付け。たぶん、彼女にとっても。気持ちが伴わないとしても、せめて悪い思い出にはしたくない。

「簡単だよ」

 口から出た声が震えていなかったことに安堵しつつ、僕は右手を上げた。

「こんな感じでしょ」

 自分の右手にそっと口づけてみせる。

 扉が大きな音を立てて開いた。

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