フランス人形の身代金~引きこもり探偵の冒険0~

藤英二

2017年6月20日/プロローグ

あれはたしか高校に入学した年の夏休みのことだった・・・。

中高一貫の男子の私立校だったので、中学からの持ちあがりがほとんだが、高校から編入する生徒もちらほらいた。

・・・彼らは悪目立ちした。

中学から持ちあがった生徒に負けまいと、必要以上に突っ張るからだ。

隣の席の吉沢もそうだ。

背こそ高いが猫背で、厚いレンズの眼鏡をかけていつも蒼ざめた顔をしていた。

休憩時間には、みんな雑談をしたり悪ふざけをしていたが、吉沢だけはいつも机にしがみついて大学受験の参考書を読んでいた。

昼休みには早々に弁当を食べ、ほとんどの生徒が校庭や体育館でバスケやフットサルで遊んだが、彼だけは、朝の通学途中のコンビニで買った弁当をすばやく食べ、やはり参考書を広げて自主勉をしていた。

授業が終わると、その足で学校近くの学習塾へ駆け込むのを何度か見かけたことがある。

どう見ても、背中に殻ならぬ勉強机を背負ったヤドカリにしか見えなかった。

それでいて成績がいいかというと、さほどでもなく、なかなか下位グループから抜け出せなかった。

授業中に先生に当てられると、極度に緊張するのか、顔を真っ赤にして口ごもり、何も答えられなくなる。

その吉沢は、どうしたわけか、じぶんにだけは親しそうに話しかけてくる。

おそらくたわいもない話をしたと思うが、今となっては何の話をしたかほとんど覚えていない。

・・・ミステリー小説だけが共通の話題だったような気がする。

じぶんは海外の本格派ミステリーの謎解きが好きだったが、彼はややホラーがかったミステリーが好きなようで、いつ読むのかと思うほど国内外のホラーを幅広く読んでいた。

梅雨時だったと思うが、雨が激しくて校庭が使えなかったので、じぶんの机で英和対称のアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を読んでいると、

「ねえ、女の子の死体に興味ない?」

いきなり吉沢が、眼鏡を押し上げながら顔を寄せてたずねた。

「えっ」

不意をつかれて、本から顔をあげると、

「夏休みに死体さがししないか?」

と誘った。

「5月に地元の女子中学生が行方不明になってさ。牧師館で殺されたとのもっぱらの噂だけど、まだ死体が見つかっていない。それで、われわれで死体さがしをしようということさ」

と、まわりを見回してから、吉沢が声をひそめていった。

幸いわれわれふたりの会話に聞き耳を立てる同級生はいなかった。

・・・ましてや、女子中学生の死体さがしの話などしているとは夢にも思わないだろう。

吉沢は実家が軽井沢で、高校入学と同時に上京して下宿暮らしをしていた。

もっとくわしい話をしようと、その週末に吉沢の下宿先の家をたずねることになった。

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