隣に棲む悪魔のような天使ちゃんが俺を離さない。
サイトウ純蒼
1.隣に住む天使ちゃん
寒かった冬もいつしか終わり満開だった桜も葉桜へと変わる季節。アパートの二階に住む独身男の
「やっべ、寝坊! まじヤベぇ!!」
天馬はアパート前の駐車場を駆け、真っすぐ駅へと走る。
コンコン……
同時刻、天馬と同じアパートの二階の窓。風の音かと思った黒髪の少女が、窓をノックするような音に気付きカーテンを開けた。
「あっ」
駐車場で走り去って行く彼の後ろ姿。思わず声が出る。彼女は直ぐに部屋にあった上着を羽織り、部屋を出て階段を降り駐車場へ向かう。
「スマホ……」
そこに落ちていたのは慌てて走って行った天馬のスマートフォン。少女はまだ冷たい風に黒髪を吹かれながら腰を下ろし、それを拾い小さく言った。
「弱点みーつけた」
少女はにこっと笑いそのスマホを大事に胸に抱えながら部屋へと戻って行った。
(まったくうるさいな……、本当によく喋る……)
天馬が勤める会社は小さな商社。商談に出掛ける時以外は基本社内でパソコンを叩いている。
「でさ~、うちの子がさ~」
「うそぉ、やだ、信じられない!!」
仕事の間に聞こえてくる女性社員の私語。小さなオフィスなのでその内容が直接頭に入って来る。基本他の社員との会話はなし。協調性の薄い天馬はひとりで作業を進めることが多い。
(ん? 専務からメール……)
天馬のパソコンに専務からのメールが届いていたことに気付く。あまり来ることのない役員からのメール。嫌な予感を感じながら添付ファイルを開くとその内容に天馬はしばし固まった。
――顧客の担当から外されている
その資料はこの先の社内体制を変更する内容の通知であった。数社の取引先を担当している天馬は商談の為によく外出する。そのうちの半数近くの顧客の担当をいきなり外されていた。
(何だよこれ……)
天馬の頭が真っ暗になる。それらの会社はすべて入社当時から先輩社員と足繁く通い、今や完全に天馬が専属の担当になっている会社ばかりであった。最初は相手にされなかった海千山千の社長も今では笑顔で対応してくれるようになり、事務のおばちゃんらとも冗談を言えるような関係を作り上げて来た。
(そんな俺を外すのか……!?)
後任の担当者は入社数年の若手。入社時に少し仕事を教えたこともあったが、今ではほとんど会話もないような社員。ただ愛嬌だけはあって皆から可愛がられている。
更にどうでもいいような仕事が自分に追加されているのを見て天馬は深くため息をついた。
「くそっ……」
その日の夜、いつもは遅くまで残業していた天馬は早めに帰宅した。その後、来週会議があることが記載されたメールが追加で専務から送られて来ていた。
(クソつまらねえ、会議ばかりしやがって)
この会社の会議は何かしらの問題や未来に向けての話し合いをする有益な会議ではない。会社や役員が思いつきで決めたようなことを通知するだけの場。そんなことはメールか社内SNSで十分なのだが会議好きの人間がいるのかいつまで経ってもその数は減らない。
(帰って飲むか……)
近所のコンビニで買ったビールにチューハイ。むしゃくしゃした日には、風呂上がりの一杯が至高の時間となる。
春になりずいぶん日は伸びて来たが二十時を過ぎ辺りは真っ暗。酒とカップ麺が入ったビニール袋をシャカシャカと音を立てながら帰宅する。薄暗いアパートの二階。階段を上っていた彼の目に、その彼女の姿が映った。
「あ、こんばんは……」
アパートの階段を上がった先、薄暗い部屋のドアの前でその少女は体育座りをしてそこにいた。黒い長髪、大きな目。制服姿なのだが春の夜の風が吹く中ではやや寒そうに見える。
天馬は一瞬少女の可愛さにどきっとしつつも、何か見てはいけないものを見るような気持になり小さく『こんばんは』と返し自分のドアを開けようとする。
「あの、これ西園寺さんのですよね……?」
少女は立ち上がり、手にしていたスマホを差し出して言う。
「あっ」
それはまさに天馬のスマホ。会社に着いてから個人スマホを部屋に忘れてきたことに気付いた天馬。それがなぜ目の前の彼女の手にあるのか。それ以前にどうして自分の名前を知っているのか。
天馬が戸惑いながらもお礼を言い、手を差し出してスマホを受け取ろうとすると少女はにっこり笑って言った。
「駐車場に落ちていたんです。誰のか分からなかったので、ちょっとだけ見ちゃいました」
(え?)
手を差し出したまま天馬の体が固まる。
スマホのトップ画面は大好きなアニメの女の子の画像。ビールを飲みながらアニメをダラダラ見るのが好きな彼にとって、そのキャラは最近の推しの子であった。
(スマホ、見られたのか!? あ、だから名前も知っていて……)
天馬の体がブルっと震える。いい年をしたおっさんが若い女子高生に恥ずかしいものを見られてしまった。黙って狼狽える天馬に少女がさらに続ける。
「あと、ごめんなさい。電話がかかって来たので間違えて出ちゃいました。若い女性からだったけど、『分からないですぅ~』って言ってたら切られちゃって……」
「え、若い女性……!?」
電話に勝手に出たのか!? いやそれより若い女性と言うのは全く心当たりがない。基本陰キャで女性との会話などあまり経験のない天馬は、そんな電話で話す女性などいない。
女子高生とふたりきり。この状況にどうしていいのか分からず天馬の目が泳ぐ。そんな彼を見た少女が、スマホを見せながらクスッと笑って言った。
「西園寺さんの弱点みーつけた」
天馬はそう言って微笑みながらスマホを返してくれる彼女を、どきどきしながら見つめた。
後に何度も聞くことになるこのフレーズ。ただ今の彼にとってはとても新鮮で甘酸っぱく、そして忘れることのできない言葉となり頭に響く。少女は再び微笑んで天馬に言う。
「私、
そう言って架純は長い髪を風に靡かせながら天馬の隣の部屋へと入って行く。
「女子高生……、隣にいたのか……」
近所付き合いなどほとんどない天馬。女子高生が隣にいたとはある意味驚きであった。
可愛くてまるで天使のような女子高生。だからまさかこの先、この天使のような女子高生に自分が骨抜きにされてしまう未来のことなど想像もできなかった。
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