第60話 嫉妬帝 イルデフォンゾ=ジェルミ

 後から後から湧いて来るスケルトンを相手に、オレたちはあっという間に乱戦になった。

 箒や塵取ちりとり、コテや彫刻刀を持ったスケルトンが迫ってくる。

 それどころか、スコップを担いだ奴や、運搬用一輪車を押している奴までいる。

 ……おいおい、何でお前ら剣じゃねぇんだよ。


「油断するなよ!」


 オレは三人娘に向かって叫ぶと、柱を盾に、地道に一体ずつ倒して行った。

 蛇腹剣とかの大技を使っても良かったんだが、あまりにもこの秘密の隠し部屋――というか隠し大広間が見事すぎて、傷を付けるのが惜しくなったのだ。

 だが、そこで突如、広間に金切り声が響いた。


「ちょっとフィオ! ボクが戦ってるスケルトンに火焔弾当てるの止めて! 危うくボクに当たるとこだったよ!」

「手助けしているのにそういう言い方ないでしょ、リーサ!」

「狙いもまともに付けられないの? ヘタクソなんだから!」

「言ったわね? リーサの動きがトロいから避けられないんでしょ? でかぶつー!」

「何ですってぇ?」


 スケルトンが迫って来ているというのに、フィオナとリーサがいきなり取っ組み合いの喧嘩をおっぱじめた。

 うわ、これマジ喧嘩だ。二人ともグーで殴り合ってる。


「ちょっと二人ともぉ! 光の結界オビチェ ルーシス!!」


 慌てて駆け寄ったユリーシャが、床を転げまわりながらガチ喧嘩に発展した二人をスケルトンの群れから守るべく結界を張った。

 ユリーシャの張った結界はかなり強力なモノらしく、スケルトンはそれ以上近寄って来れないようだが、その代わり結界の周囲にうじゃうじゃと集まり、キャットファイトの見物を始めてしまった。

 お陰でオレに戦闘を挑みにくる敵はゼロだ。


「何やってるんだよ、二人とも……」

「ほっほぉ。魔法の聖女に剣の聖女か。タイプこそ違うものの、どちらも美人さんじゃ。だが、素手だとどっちが強いかのぉ……」

「だ、誰だ!!」


 不意に横から聞こえたしゃがれ声にビックリしつつ飛び退すさると、そこにいたのは、よわい百歳を平気で越えていそうな、頭が綺麗に禿げあがった全身真っ黒な老人だった。

 ボロボロの黒いローブを着て、地面から三十センチほど浮かせたバランスボールのような球体の巨大水晶の上にあぐらをかいている。


「ワシか? ワシはこういうもんじゃ」


 ニィっと笑いつつ、先ほどまで抑えていたのか、上級魔族特有の陰の気を一気にオレに叩き付けてきた。

 ヤバい。この圧力! コイツ、とんでもなく強いぞ!


「ほっほ。ワシは七霊帝の一人、イルデフォンゾ=ジェルミ。嫉妬帝じゃ。折角スルーしようと思っておったのに壁を壊しおって。どうしてくれる。とりあえずとっとと塞ぐから邪魔するでない!」

「何言ってんだ、爺さん! そうか、二人の喧嘩は貴様の魔術によるものだな? 卑怯な奴め!」


 嫉妬帝がキョトンとした顔をする。


「いやいや、ワシは何もしとらんぞ。多分、ワシから漏れ出る気に影響を受けたんじゃ。ほれ、ワシ、嫉妬帝じゃろ? 何もせんでも、嫉妬の気が周りに影響を及ぼすのよ。お前さん、今までそんなこと無かったか?」


 言われて思い返すと、暴食帝戦の最中に無性に腹が減ったり、強欲帝戦で無いものねだりしそうになったりしたな。砂漠で動きたくなくて戦闘を先延ばしにしたのは怠惰帝の影響か? 色欲帝の時は、思いっきり色欲に負けたし。


「だが、今オレは平気だぞ? 何でだ?」

「そりゃお前さんが今現在、嫉妬の感情を持っていないからだろう。小さい嫉妬の芽を燃え上がらせるのがワシの気の特徴じゃからの。幸せそうで良いこった。ちなみに癒しの聖女が影響を受けとらんのは、聖女用装備が万端な上に僧侶じゃから、そういう気に影響を受けにくいからじゃろう」

「はー。なるほど」


 と、ずっとキャットファイトを見物していた嫉妬帝の目が大きく見開かれる。


「お、おチビちゃんの結界のお陰でワシの影響が消えたようじゃの。喧嘩が終わったぞい。良かった良かった」

「いや、良かねぇよ! 二人とも酷い有様じゃねぇか!」

 

 見ると、フィオナとリーサが結界の中央で髪の毛グシャグシャ、顔は青あざ、擦り傷だらけの酷い有様で、仰向けに横たわっている。

 まさにダブルノックダウン。

 ハァハァ息を荒くしながらも気絶までは至っていないようだ。

 影響が消えたからというより、単純に二人してスタミナ不足に陥っただけのことだろう。


 オレは再び嫉妬帝に向けて剣を構えた。

 なに仲良く話をしちゃってたんだ、オレは。


笑劇ファルスはもう終わりだ! 行くぞ、嫉妬帝!!」 

「おいおい、何を剣なんか構えておる。いいから早くそこをどかんかい。工事の邪魔じゃ!」

「なにぃ?」


 それが合図となったか、先ほどまでキャットファイトを見守っていたスケルトンたちが続々とオレの方に近寄ってきた。

 が、迎えうつべく剣を構えたオレをガン無視して、穴の修理を始める。


「……え? 何で?」

「何でもクソもあるかい。穴が開いたままじゃと女神の泉からジワジワと聖なる気が漂ってきて辛いんじゃ。昔一度、間違って繋いでしまってな? 慌てて塞いだものよ。それをぶち壊しおって。本来は穴を開けたお主らに修復させるところだが、どうせお主ら、そんなスキル無いじゃろ? こっちでやるからええわい」


 見ると、スケルトンが手際良く連携しつつ穴をドンドン塞いでいく。

 元が左官職人だったのか、コテの扱いなんか実に見事だ。


「何か……ゴメン」


 なぜだかオレは嫉妬帝に頭を下げて謝罪した。

 喧嘩を終えた三人娘も近寄って来ると、オレと同じように頭を下げる。

 リーサとフィオナはユリーシャに無事傷を治して貰ったようで、顔の青あざは既に消えている。良かった良かった。


「ふむ。とりあえず茶でも淹れるかの。ワシもずっとここに籠っておって下界の情報が欲しいところじゃったからの。おい、お前ら、用意をせい」


 近くに控えていたスケルトンが何体かガッシャガッシャ動いて、テーブルや椅子を用意し始めた。

 マメマメとよく働くな、コイツら。


「戦闘なんぞいつでもできるからの。お主らもワシに聞きたいことが色々あるじゃろ? 教えてやるわい」 


 程なく、擦り切れた真っ白な割烹着を着て、頭に三角巾を巻いたスケルトンが、お盆に人数分のティーカップとお茶菓子を乗せてやってきた。

 嫉妬帝イルデフォンゾ=ジェルミは、自身は浮遊する水晶に座ったまま、割烹着スケルトンからお茶の入ったカップとお茶請けの干果を受け取ると、満足そうにズズっとお茶をすすった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る