第54話 過去からの遺産
オーバル王国宮廷の奥の奥。
下界と完全に遮断された王族専用エリアに、王族以外は何人かの宰相、そして専属の庭師しか入れないという秘密の中庭があった。
出入りは厳重に管理されており、関係者以外でここに入るのは、王さまが知っている限りオレたちが初めてのことだという。
そこは芝生で覆われた、百メートル四方程度のトピアリー庭園だった。
石畳の通路に沿って綺麗に刈り揃えられた植木が植えられ、真っ白な玉砂利が敷かれ、色とりどりの花の植えられた花壇があり、ちょっとした池などもあり。
そこで王族は
そして、王自ら案内してくれた庭園中央に設置された
豪奢な東屋の隅に、どこぞの納屋の隅にでも埃を被ってしまってありそうな、場違い極まりない小さくてボロいテーブルが無造作に置いてあり、その上に手荷物サイズの小さな宝箱が乗っている。
「むき出しかよ！」
思わず声を出してしまう。
いや、だって秘密の宝箱なんだろ？ 一応東屋の屋根があるから言うほど濡れはしないだろうが、屋外に置きっ放しだぜ？ 万が一泥棒が入ったらどうするんだよ。
だいたい、空から普通に入って来れそうな気がするし。
「まぁそう思うだろうな。だがこの宝箱、見た目に反して重くてビクともしないのだよ」
「なら中身だけ取ればいい。盗賊は？ 頼んでみたのかい？」
「無論だ。鍵開けの達人を秘密裏に連れて来てお願いしてみたし、開錠魔法に優れた魔法使いにも頼んでみた。結果はことごとく失敗。先祖も試したことがあるらしいが、どれも失敗だったと聞いている。ちなみに破壊も試みてみたがこれも駄目だった。どうにもならん。たまにここで家族だけでお茶をすることがあるのだが、まぁ邪魔で邪魔で。なぜこんな所に置いたのだか……」
「だろうね」
オレと王さまは顔を見合わせ笑った。
王さまは見た目は四十代半ばで、身体もかなり鍛えていそうな武人タイプだ。
さぞかし厳しめな人かと思いきや、こうして素の部分から見え隠れする様子からすると、息子たちにはかなり甘いご様子だ。
十五歳と十歳の二人の王子さまたちも、随分と三人娘に懐いている。
おい、幼いからってオレの女の子たちにそんなにベタベタするな！
「旦那さま、大人げない表情してるよ？」
リーサがニヤニヤ笑いながら、そっとオレに耳打ちする。
「気のせいじゃないか？」
頬を引き攣らせながらオレは返事をした。
「ま、経緯としてはごく単純な話でな？ 記録によれば、ここに宝箱を置いた
オレはカノージンの爺さんの顔を頭の片隅に思い浮かべた。
娘の城で管理してもらいたかったのだろうが、そりゃ自分で運ぶしかないわな。
「娘の結婚式に列席するべくこの国を訪れたカノージンは、ここに宝箱を仮置きしたのだが、すっかり忘れて帰国してしまった。だもので、誰もここから動かせなくなってしまい、我が先祖が仕方なくここを秘密の庭園にしたという、宝箱ありきの何とも間抜けな話なのだよ」
「以来ここに置きっ放しか。しょうがねぇな、あの爺さん」
王さまと二人して再度笑う。
ひとしきり笑ったところで、念願のお宝とご対面となった。
ここにはオレと三人娘。そして王さまと二人の王子、邪魔にならないちょっと離れたところに老いた宰相が一人いるだけだ。
「んじゃ、開けるぜ」
ギィ……。
周囲の期待の視線の集まる中、宝箱は難なく開いた。
というより、そもそも南京錠すらハマっていない。要は鍵自体付いていないのだ。
ただ蓋が閉まっていただけ。なのにその蓋が重すぎて開けられないし運べもしないという単純なものだったのだ。
もっとも、開けたオレには木材本来の重みしか感じられなかったのだが。
「おぉ！ おぉ……。これが……。何だ？ これは。散々期待させておいて入っていたのはこれだけなのか？」
ミカン箱程度の大きさの宝箱に入っていたのは、むき出しの金色の指輪が一個っきりだった。指輪ケースにすら入っていない。
持ち上げて見ると、太陽と羽根をモチーフにした精緻な意匠が施されている。
綺麗ではあるが、見た目の美しさより歴史の遺物としての価値に重さを感じる指輪だ。
「ね、旦那さま。それ女性ものでしょ？ 太陽と羽根ってことは、ユーリの装備品なんじゃない？」
リーサが後ろからオレに声を掛ける。
フィオナとユリーシャがうんうん頷く。
「なんで……あ、そっか。王さま、ひょっとしてこの城に嫁入りした先代勇者の娘さんって、母親が癒しの聖女だったのかい？」
「その通りだ。良く分かったな」
「なるほど、そういうことか。ユリーシャ、これは先代の癒しの聖女から今代の癒しの聖女への贈り物だ。お前が装備しろ」
「ほいほーい」
ユリーシャが照れながら左手をそっとオレの前に差し出した。
意味が分からず、オレは手に持った指輪とユリーシャの顔を二度見した。
ユリーシャがムっとした顔をする。
「センセの意地悪！ 指輪って言ったら左手の薬指でしょ！」
「いや、そこは結婚指輪の位置だろ？」
「テッペー。勇者と聖女の誓いの指輪だから左手の薬指でいいんだよ、多分」
「いや、でもお前ら、それでいいのか？」
「だって流れからしたら、絶対ボクたちにもボクたち専用の指輪が用意されてるもん。そのときに左手の薬指にはめて貰うからいいんだ」
「そんなもんなのか？」
オレは差し出されたユリーシャの指に、癒しの聖女用の指輪をはめた。
指輪が一瞬ポワっと光る。
途端に上機嫌になったユリーシャが、指輪を太陽の光にかざしてニヤニヤし出した。
「一足先に装備が揃っちゃいました！ うっは、何か人妻感が半端ないね！ 何か分かんないけど、ビンビン来るよ。フィオナちゃん、リーサちゃん、ゴっメンねぇ！」
ドヤ顔で喜ぶユリーシャの姿を目の当たりにしたフィオナとリーサは、青空の下、顔を見合わせ苦笑した。
◇◆◇◆◇
城に滞在中、勇者さまとして気を使われるのも嫌だったし、舞踏会を毎日開催されそうな雰囲気もあったので、流石に遠慮したのだ。
ただ、ありがたいことに、お城を出る前に装備を整えてもらったので携帯食料も満杯になったし、寝袋や着替え一式、マント等も真新しい物を用意してくれたお陰で、この先しばらくは快適に旅を続けられそうだった。
「旦那さま、次はどこへ向かおうか？」
王宮を出てずんだを歩ませるオレの横に漆黒のパルフェが音もなく寄り添うと、それに乗ったリーサがオレに地図を渡して来た。
通行の邪魔にならないよう、前方に白いパルフェに乗ったフィオナが、後方にピンクのパルフェに乗ったユリーシャが続いている。
地図を開いたオレは、胸に提げたガイコツのペンダントを確認した。
視線はどうやら北を示しているようだ。
「ふむ。北……だな」
「北ね。この先にある北方面の町っていうと、まずはティンバーかな。二人とも！ 旦那さま、とりあえずティンバーに向かうって」
「はーい」
「りょうかーい」
少し前方を行くフィオナと少し後方を行くユリーシャが了解の合図に手を振る。
そしてオレたちは、遥かな北の山々に向かってパルフェの歩みを進ませるのであった。
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