第52話 凶刃

 王城なんて言ってもしょせん文明の遅れた異世界の城だ。大したことは無い。広さなんてせいぜい皇居くらいなもんだ。……って広すぎんだよ!!!!


 地上では騎士たちが大慌てで馬を走らせているが、あれはオレを探しているのかね。

 屋根の上にいることは想定外のようで、地上の喧騒を気にせず、オレは着々と中央宮殿に近づきつつあった。

 そんなオレの真下を、ちょっと豪勢な漆黒の御用馬車が宮殿目指して走って行く。

 ん? この気配は……。


 どうやら三人娘が確保されて中央宮殿に連行されているらしい。

 だが、オレが気付いたって事は、三人娘もオレの気配に気付いたはず。

 やれやれ、合流は宮殿内か。

 そういえばこの手の城の構成として、最上階に王様の居住スペースがあるとか聞いたことがあるぞ。よし、それならオレは上から侵入するとしよう。


 尖塔から尖塔へ、屋根から屋根へと、韋駄天足いだてんそくを駆使して飛び移りながら、オレは最上階から中央宮殿へと侵入した。


 ◇◆◇◆◇


 オーバル城宮殿内にある大広間はちょっとした体育館レベルの広さがあり、天井も五階ぶち抜きな上にシャンデリアが高さごとに何個もぶら下げられ、キャットウォークまでしつらえてあった。


 どうやらこの大広間は、通常は大臣・官僚たちの執務用の部屋として使用され、週末には舞踏会にも使われ、戦時には軍議の場にもなるという、非常に自由な使われ方をしているようだった。


 今日は、テーブルが隅の方に撤去され、玉座に座った王さまと王妃さま、そして年若い二人の王子の左右に大臣や貴族たち、騎士たちがズラリと立ち並び、喧々諤々けんけんがくがくと激しい議論が繰り広げられている。


「その者は本当に勇者ではなかったのか? ワークレイに訪れた者は間違いなく勇者であったとメロディアス神教本部から報告を受けているぞ? タイミング的にはそろそろここに着いてもおかしくないのだが」 

「いえ! 奴は魔族でした! 禍々まがまがしい黒髪に人外の能力。間違いありません!」

「しかし、そこにいるのは確かに聖女だ。女神メロディアースの祝福の模様の縫い付けられた白マントと、太陽と羽根を模した金色の錫杖は、癒しの聖女にしか身に着けられんと伝承にもあるではないか」


 皆の視線が、少し離れて剣を突き付けられている三人娘――特にユリーシャに注がれる。

 そりゃそうだ。ユリーシャの装備はメロディアス神教本部にて保管されていた先代の癒しの聖女のモノだ。そんなもの疑いようが無い。

 

「いや! おそらく似たモノを用意したのでしょう! 魔族め、悪知恵の働くことだ!」


 キャットウォークからつぶさに下の様子を確認していたオレは、ようやく目当ての人物を見つけたので、約二十メートルの高さからシャンデリアを足場としつつ大広間に降り立った。

 いやいや、直降ちょくおりは流石に無理だって。

 そんな事したら派手目はでめに骨折して、精鋭の騎士たちを前に動けなくなっちまう。


 大広間の中央に華麗に降り立ったオレは、王族や貴族、騎士たち、そして三人娘の視線が集中する中、間髪入れず韋駄天足を発動し、愛剣で、ある人物の心臓を一気に刺し貫いた。

 即ち、王妃の心臓を。

 

 ◇◆◇◆◇


「うぉぉぉっぉぉぉぉぉっぉぉお!!!!!!」


 壮年で逞しい王さまの絶叫が大広間中に響き渡る。

 だろうね。愛妻が目の前で凶刃きょうじんに倒れたら、オレだってそうなる。


「だ、旦那さま?」

「ちょ、テッペー! 何を!!」

「センセ!?」


 三人娘も目の前でオレが起こした凶行に目を丸くする。


「殺せ!! そやつは魔族だ!! 典医! 典医を早く!!」


 王のげきに、あまりの暴挙に呆然としていた騎士たちが一斉に腰の剣を抜き、オレに飛び掛かる。


「賊め! 魔族め!! よくも王妃さまを!!」

「しゃらくせぇ! 行くぜ、シルバーファング! 第一の牙、蛇腹剣ひきさくつるぎ!!」


 剣を蛇腹剣モードにしたオレは、近づく騎士たちを跳ね飛ばしまくった。

 殺すわけにはいかないが、ちょっとだけ安心してもいる。 

 なにせここにいるのは将軍クラス、大隊長クラスだ。つまり達人揃いだ。なら、多少手荒に攻撃しても死にはしないだろうさ。

 

 オレは懐に隠し持っていた小さながくを、倒れた母親の隣で顔を真っ青にして立ち尽くしている王子に向かって放った。

 王さまの書斎の隅にひっそりと飾られ、忘れ去られていた家族写真だ。

 反射的に受け取った王子の顔が凍る。


「王子さまは気付いたようだぜ? 異常事態に」

「な、何を言っているのだ、魔族めが!! 者ども! 早くそやつを始末せい!!」


 王妃の身体を抱いた王さまが、憎しみと怒りに染まった目でオレを睨みつける。


「お父さまに教えてやれよ、王子さま!」


 オレは、迫る騎士たちの剣を蛇腹剣でいなしながら、王子に向かって叫んだ。

 王さまも王子が何が言わんとしているのか気になったようで、その視線を王子に向ける。


 オレと王さま、そして王さまに抱かれてグッタリしている王妃とを代わる代わる見ていた王子が、やがて呆然とつぶやいた。


「父上。母上は弟マーカスを産み落とした時に……亡くなっております……。もう、十年も前に……。なら、その女は……誰なのでしょう」

「何だと?」


 王さまは荒々し気に王子から額を奪い取ると、中の写真を見た。

 その表情が固まる。

 ――違う。

 優しげな笑顔。ちょっとふくよかな体型。

 亡くなった愛妻と今腕の中に抱いている女は、見た目も雰囲気も、何もかにもが似ても似つかない。


 亡くなった妻の写真を見たお陰か、一瞬で洗脳が解け、記憶が蘇った王さまが、先ほどまで抱いていた女を置いて、よろよろと後退あとずさりする。

 

「……誰だ、この女は。どうなっておる? ワシはこんな女、知らないぞ?」


 シャリーーン!!

 その時、ユリーシャの錫杖の澄んだ音が、大広間中に響いた。


悪夢からの目覚めエクスペリギシミニア ビズィオノクターナ!!」


 目覚めの波動が一瞬で大広間を満たす。

 赤い目をしていた重臣たち、騎士たちがあっという間に正気に戻り、王妃と思われていた人物に視線を注ぐ。


 見ると、オレに刺殺されたはずの女が、その場に平然と起き上がりつつある。


「もうちょっとでこの国を乗っ取れたのに。勇者め」


 女が無造作に頭を振ると、頭の天辺てっぺんまとめていた茶髪がほどけ、見る間に黒く染まった。

 それは、見た事のある美人だった。


「色欲帝・ルクシャーナ……」

「ご名答。それにしてもビックリしたわよ。罠を張っていたタルパ島をガン無視したかと思ったら、よりによって私が十年も巣食っていたオーバルに来ちゃうんですもの。これ何? 勇者の勘ってヤツ? 不条理極まりないわね」

  

 上級魔族特有の陰の気がジワジワと広がっていく。

 勇者と魔族の戦いを邪魔してはいけないと思ったのか、騎士たちに誘導され、王族、貴族、大臣たちが広間の隅へと移動する。

 そうだな。下手に傍にいられるより、安全な場所に隠れていてくれた方が助かる。


 対照的に、三人娘がオレの真後ろに集合し、臨戦態勢を取る。

 おぉ、頼もしいぜ、お前ら!


「巣食っていたって、どういうことだよ」

「どういうこともこういうことも、この十年間、月に一人くらいの割合でここの国民をせっせと食べていただけよ。お陰で楽に食糧にありつけたわ」


 ルクシャーナは王妃という身分でどうやって城を抜け出したか、どんな風に人を狩ったか、本当に嬉しそうに、罪の意識一つ見せず、満面の笑みで狩りの様子を事細かに説明してくれた。


 考えてみれば、コイツは遥か彼方の温泉町にも現れていたからな。

 城を抜け出す程度の芸当は、軽くやってのけるだろうさ。


 やりとりを見守る国の重臣たちの顔がみるみる歪む。

 そりゃそうだ。王妃だと崇めていた対象が、人喰いの魔族だったんだからな。

 ひょっとしたら、知り合いの中に、ルクシャーナに喰われた人間もいたかもしれない。


「もういい、ルクシャーナ。オレがここでお前を滅ぼす! 覚悟しろ!」


 怒りに燃えたオレは、愛剣を手に魔王七霊帝の一人、色欲帝ルクシャーナに向かって全力で駆け出した。

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