第37話 怠惰帝 アウロラ=ソリス
魔王七霊帝の一つ、怠惰帝プルディシオ=ソリスに指定された遺跡跡は、その説明通り、オアシスの村・アーバスから西に約三十キロの位置にあった。
砂漠に半分かた飲まれているが、外壁として
段々と近づいて来る廃闘技場を見ながら、オレの心が
……心が躍る? 冗談だろ? 相手は子供の姿をしているものの、全力モードで待ち受ける七霊帝だぞ? 一応、二対二の形式を取ってはいるし、リーサは剣士として優秀な方だとは思うが、対魔族戦として考えるならばそのほとんどの負担はオレ一人で引き受けることになる。相当ひどい事態が待っている。なのに、何でこんなにワクワクしてやがるんだ、オレは。
おそらく、オレ自身も手に入れた力を全力で出し切れることを、喜んでいやがるんだ。しがない女子高教師だった反動かね。救われねぇな、オレも。
闘技場の外でパルフェから降りたオレは、リーサを伴い、中に入った。
背中に背負った荷物は降ろさずに進む。
当然のことながら砂は中にまで入っていて、本来五メートル越えだったはずの闘技場通路の天井もすっかり砂で床が埋まり、今では頭を天井にぶつけるんじゃないかと用心しながら通る有り様だ。
中央で黒い服を着た子供二人が座って砂遊びに興じている。
プルディシオとアウロラだ。
オレたちに気付いたようで、二人揃って立ち上がりながら嬉しそうにこちらに振り返った。
「やぁよく来たね、勇者さん。待っていたよ」
「ようこそ、勇者さん。待ちくたびれていたよ」
「待たせたな。んじゃ、早速始めようか!」
オレは足を緩めることなく、むしろ徐々に早足になり、そのまま韋駄天足を発動し、兄妹に向かって
走りながらオレは、左手で腰から伸びた紐を引っ張った。
背中に背負った荷物が一個一個落ちて、段々身軽になっていく。
だが、距離的には近づいているはずの兄妹の姿がなぜだかドンドン遠ざかっていく。
違う、兄妹の身長が高くなっている。
というよりも、兄妹の立っている砂が盛り上がり、二人の位置が急速に上昇しているのだ。
オレは途中で足を止めると、口をあんぐり開けつつ兄妹を見上げた。
「嘘だろ……」
砂が盛り上がったのでは無かった。
徐々に現れる黒い巨大な身体。
なんと砂の中に
身長十メートルはある二体の真っ黒で巨大なボディ――暗黒体の頭のてっぺんからそれぞれ兄妹が生えている。
「なんてシュールな……」
呆れ顔のオレをよそに、ソリス兄妹はこれから始まるお遊び――すなわちオレとの全力戦闘を前にして大興奮状態だ。
「わぁい!!」
「わぁい!!」
暗黒体の頭の上に上半身を生やしたソリス兄妹が、かけっこでもしているように左右の手を振ると、その動きに合わせて暗黒体が猛烈な勢いでドスドスドスドス闘技場の中を走り始めた。
いやいや、十メートルの巨体による走りだぞ? しかも二人分。
あっという間にもうもうたる砂煙が立ち上がる。
「うわぁぁぁぁ!!」
地面が跳ねてまともに立っていられなくなったオレは、たまらずその場に転げ、四つん這いになって必死に耐えた。
オレはソリス兄妹の次の動きに警戒しつつ、闘技場の入り口の方を見た。
リーサが瓦礫に隠れつつ、狙撃ポイントを探してコッソリ移動をしている。
そうだ、それでいい。射程ギリギリの位置まで距離を取れ!
ひとしきり運動をして満足したのか、いきなり兄妹の動きが止まった。
兄妹が十メートルの高さからオレを見下ろす。
と、妹・アウロラ=ソリスが
暗黒体の右手も同じように右手を横に出す。
暗黒体の右手が伸びる。ハンマーだ。暗黒体の右手がとんでもなく巨大なハンマーに変化する。
「マジか……」
オレを潰す――ただその目的のためだけに作られた重機なみの大きさのハンマーの出現にオレは言葉を失った。
いやいや。あんなの食らったら、冗談じゃなく海外のギャグアニメ並みに、ペラペラの紙みたいになっちまうぞ。
「潰しちゃえ!」
後ろの暗黒体の頭脳――兄・プルディシオが笑顔で妹を
「潰しちゃおう!」
アウロラが笑顔で大きく頷くと、暗黒体がハンマーを振り上げた。
「……おいおいおいおい、嘘だろう?」
「
暗黒体がハンマーを使って、高速で地面を叩き始めた。
「どわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
オレは瞬時にブーストモードに入ると、韋駄天足で逃げた。
だが、アウロラはあくまで遊びをしているつもりらしく、狙いをわざと定めていない。
適当に地面を叩いているから予測ができず、オレは遂にハンマーの一撃を食らってしまった。
反動で身体が浮かび上がる。
「ぐがっ!!!!」
「捕まえたぁ!! キャハハハハハハ!!」
アウロラの暗黒体がハンマー付きの右手を頭上高く上げると、渾身の力で振り下ろした。
「ひっさぁぁぁぁつ! 大地の呼び声!!」
空中に浮いたオレの身体にハンマーの打撃がモロに当たった。
魔力がこもった技らしく、身体の隅々まで均等に衝撃波が伝わり、突き抜ける。
「がっ!!!!」
細胞の一つ一つがバラバラになるような衝撃が一瞬でオレの身体を駆け巡った。
地面に叩き付けられたオレの手の骨が、足の骨が、背骨が、肋骨が、骨という骨が、同時に一瞬で粉々になる。
凄まじいダメージに意識の消えかかるオレに、二撃目が迫る。
駄目だ、これを食らったらおしまいだ!
ヒュン! ドカァァァァァァァァンン!!!!
だが、巨大ハンマーによる追撃は来なかった。
代わりに、大笑いしているアウロラの暗黒体のあちこちが爆発する。
リーサだ。
リーサがアウロラに向かって走りながら、左腕にセットされたボウガンを撃ちまくっている。
だが、刺さるだけのはずの矢が着弾と同時に大爆発を起こしている。
これこそが、怠惰帝用にオレの仕掛けた秘密兵器だ。
この世界には
これは符と呼ばれる札に魔法を封入し、任意のタイミングで魔法を発動させるというシロモノだ。
アーバスで居留中の隊商から強力な
矢の連射に風の魔法を使用しているので、本来は矢に追加で魔法を付与することなどできない。魔法がバッティングして効果を現さないからだ。
それへの対応策がコレだ。
風魔法で飛んだ矢が敵に当たった瞬間、今度は矢に巻き付けた爆雷符がその使命を果たすべく爆発する。
これで風と火の精霊が矢という一か所に同時に存在できる。
いやいや、高かっただけあって、凄まじい威力だ。
本来なら、それでも表面を削る程度なのだろうが、正確に同じ場所が高威力爆発し続けるとなると、さすがに暗黒体も耐えられないようだ。
オレは
粉々になった骨が続々と融合して行く。
「旦那さま!!」
「おう、助かった!」
ボウガンを撃ちつつじりじりとアウロラに近づくリーサと合流する。
ボウガンの連射用カートリッジは一個十本。それなりに重量があり、リーサではあまり多くの数、持ち運びする事はできない。
そこで持ち運びはオレがした。
最初に兄妹に一直線に走り寄りながら、十個ほどカートリッジを撒いたのだ。
予備カートリッジは鉄製で単純な構造をしているので、兄妹の足踏み攻撃でも壊れていない。
リーサは十発撃つ度に空になったカートリッジをその場に捨て、兄妹のいる方に移動し、そこに落ちている新たなカートリッジを装着し、次の十発を撃つ。
そうして段々と兄妹に近寄っていく。
アウロラは暗黒体の両手で身体の前面をガードしているが、何せ爆雷符の威力が半端ない。
家が吹っ飛ぶレベルの符を調整して貰ったから、金が掛かった分、ガードした暗黒体の腕さえも楽々と吹っ飛ばす。
よし、すっかり治ったぞ。
見ると、ボウガンの連射による爆発の威力がありすぎて、暗黒体の修復が間に合っていない。優秀、優秀。
アウロラの暗黒体が怒りで地団太を踏んでいるが、その両腕はすでに無く、胸から腹にかけて大穴がいくつも開いている。
「あぁぁぁぁぁぁあああん!! ちくしょぉぉぉぉぉぉおお!!」
あらら、泣き叫んでやがる。
んじゃ、行きますか!
「リーサ、行くぞ! 援護頼む!!」
「任せて!!」
オレはリーサと合図を交わすと、韋駄天足で走りながらアウロラの暗黒体の胸の辺りを目指してジャンプした。
空中で剣を抜く。
「吠えろ、シルバーファング! 第二の牙、
剣がみるみる熱を帯び、灼熱に光り輝く。
怒りでカンカンになったアウロラと目が合う。
オレはジャンプで接近しつつ剣をアウロラに向けた。
「シルバーファング!! 第三の牙、
次の瞬間、オレの剣が全長十メートルを越える巨大剣の幻影を
「だりゃあああああああああああああ!!!!!!」
何が起こっているか理解できないのだろう。さっきまで怒っていたアウロラの表情が、驚愕の色を帯びている。
オレは空中に浮いたまま、振り上げた剣で思いっきり唐竹割りをした。
まさに覇王剣が当たる瞬間、運命を悟ったか、真顔になったアウロラがオレに向かってポツリと呟いた。
「あーあ、負けちゃった。持って行くといいよ」
アウロラ本体の頭上から迫った超超高熱の幻影の巨大剣が、当たった瞬間、本体ごと暗黒体を一瞬で蒸発させた。
それはまるで、黒板消しで黒板の表面を撫でるとそこの文字が綺麗に消えるように、巨大剣の当たった個所――正中線に沿ってアウロラの暗黒体が一気に消失した。
シルバーファングを上から下に振り抜くのと同時に、フっと覇王剣の幻影が消える。
オレは落下しながら、落ちて行くアウロラの
ちゃんとリーサも気付いたようで、走って真下に行ったリーサが無事アウロラの魔核をキャッチする。
その瞬間、シャボン玉が割れて一瞬で消えるかのように、アウロラの暗黒体が弾けて消えたのだった。
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