第22話 僧侶 ユリーシャ=アンダルシア

 ユリーシャはオレの隣に来ると、オレの左腕を枕とし、寝転がって夜空を見上げた。 

 オレも一緒に夜空を見上げる。


 そこに広がる満点の星空。しばし言葉を忘れるほど圧巻だ――。


 オレの担当教科は国語なので星の運行については良く分からないが、おそらく日本で見たソレとは全く違う星の配置と運行をしているのだろう。

 オレは横目で、オレに寄り添って星空を眺めるユリーシャをそっと見た。

 夜空に広がる無限の星々の世界に、ユリーシャも言葉を失っているようだ。


 夜に空を見上げたらいつでもそこにあっただろうに、街中にいると日々の暮らしに押し流されて気付きもしない。

 それは日本でも、異世界アストラーゼでも同じようだ。


「ユリちさ、小さな山村の出なんだよね。もう無くなっちゃったけど……」

「無くなった?」

「うん、ユリちが小さいころ、両親も含めて魔族に襲われてみんな食べられちゃった。生き残ったのはユリちだけ。それでワークレイにある僧院がやっている孤児院に預けられたんだけどね。ほら、親戚はユリちのこと気味悪がって、どこも引き取ってくれなかったから」


 オレは再び横目でユリーシャを見た。

 達観した表情だ。

 泣くのに疲れて、精神こころがすっかりすり減ってしまったのだろう。


「気味が悪いってどういうことだよ」

「センセ、気付かなかった? この世界では黒髪は珍しいんだ。黒髪なのは、たまに訪れる異世界人か……魔族だけ。異世界人なんて一生に一人か二人見ればいい方だし、ちょっと特殊なオーラを放っているから、魔法を齧っている人ならすぐソレと気付くのよ」

「へぇ。オーラなんて見えないけどな」


 オレは自分の手を星空にかざして眺めた。

 何の変哲もないオレの手だ。ゴツい。


「ユリちは半分しか異世界人の血が混ざっていないから、異世界人特有のオーラが出てないのよ。そして黒髪は恐怖の象徴たる魔族を思い起こさせる。この世界じゃ常識よ? ……だから、ユリちはずっとみ子として扱われてきた。孤児院でだって僧院でだってそう。女神に仕えていたって、人の心のドロドロは変わらないのよ」


 なるほど。

 教師だって聖職者らしく生徒を等しく見られるかと言うと、それは難しい。

 表にこそ出さないが、その言動についイラっとしたり、粗雑に扱ったり、キツ目の評価をしたり。そんなのザラだ。

 だって、教師といえど中身は他の人たちと変わらない普通の人間なんだもの、特別なわけが無いじゃないか。


「なのにさ。センセはユリちのこと助けてくれた。食い逃げの被害者でもあるのにね。僧院じゃ、無実の罪をでっち上げられて折檻せっかんを受けたことだってあったのに。……嬉しかったんだ、ユリち」


 隣から、オレにバレないよう必死に涙をこらえる声が聞こえてきた。

 こういうの、弱いんだよね。


「そっか。辛かったんだな。今だけは我慢しなくていいからな。オレがその感情、全部受け止めてやるから」


 オレはユリーシャを抱き寄せ、そっとその黒髪を撫でてやった。


 この子はオレだ。

 事故で両親を亡くしたのも、親戚筋からそっぽ向かれたのも、世間の荒波に一人で耐えてきたのも。

 何から何までオレと同じだ。

 放っておくわけにはいかない……。


 ユリーシャはオレの胸の中でひとしきり泣いた後、黙って毛布に潜り込んだ。

 そのまま毛布の中でモソモソし出す。

 泣き疲れて寝るのかと思っていたオレは、ちょっとビックリしつつ毛布の膨らみに目をやった。


「なぁおい、何やってんだ?」


 何をしたいんだかさっぱり分からないが、毛布に潜ったユリーシャが盛んに動きだして、肘やら膝やらがオレの身体にガンガン当たる。


「いてっ! おい、ユリーシャ。痛いってば。おい、いい加減にしろ。ガサガサゴソゴソ、さっきから何だってんだ?」


 次の瞬間、毛布の端から白い蛇のような物体が二個飛びだした。

 一瞬魔物でも出たかと焦ったが、よくよく見ると、それはルーズソックスだった。


「……何だ? こりゃ」


 頭が真っ白になるオレの目の前で、ヒーローロボットの合体前パーツのように続々と毛布から何かが飛び出してきた。


 黒のブレザー。黒白チェックのプリーツスカート。リボンタイ。白のブラウスと来て、最後に真っ白なブラジャーとパンツが空を舞った。


「おいおいおいおい。ユリーシャ、お前何やってんだよ!」

「えへへへへ」


 ユリーシャは再び毛布から顔だけ外に出すと、オレにピトっと寄り添いつつ恥ずかしそうに笑った。


「ユリちさ。何も持ってないんだ。でもセンセにどうしてもお礼をしたいの。だからとっておき。ユリちの初めてをあげる」

「お、馬鹿! お前、聖職者だろう? そんなもの貰えるわけないじゃないか!」

「そうしたいの! ……させてよ。それともユリち、魅力無い?」


 ユリーシャが毛布をはぎ取りつつ、いきなり立ち上がった。

 月明かりに照らされるギャルの裸体。

 うっは、鼻血が出そうだ。


 どうやらユリーシャは着痩せするタイプのようだった。

 小柄だし日本人っぽかったから勝手に貧乳キャラだと思っていたが、全然そんなことは無かった。

 出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んで、フィオナ程では無いが結構いい身体してやがる。


「……ちょっと、誰と比べてるのよ、センセ」

「いや別に? ……誰とも比べてないよ?」


 オレは口笛を吹きつつ横を向いた。


「どうせ比較対象が山ほどいるんでしょうよ!」


 ユリーシャは口を尖らせると、毛布を被りつつオレに覆いかぶさってきた。

 ユリーシャの唇がいきなりオレの唇に押し付けられる。

 だがそのキスは慣れてない者特有の動きで、全くもってぎこちない。


「ったく……。容赦しねぇぞ? 後悔すんなよ?」

「上等! でもできれば……優しくしてね」


 こうして、攻守交代してユリーシャに覆い被さったオレは、ユリーシャの『初めて』をありがたく頂戴したのだった。


 ◇◆◇◆◇


 アブローラ号の舳先へさきに立ったオレは目を凝らした。

 遠くに岩礁がんしょうが見える。 

 

「この船だとこの辺りが限界だ。だが、計算では百ビートも進めば浅瀬に入るはずだ。ボートはグリンゴ諸島での探索にそのまま使って、役目を終えたら適当に捨ててしまって構わん。気を付けて行け」

「ありがとう、ロベルト。お陰で助かったよ。この後のあんたの航海の無事を祈ってる」


 オレは甲板上でロベルトとハグをした。

 ほんの数日の船旅だったが、なかなかに上々だった。

 オレはあの星空を一生忘れないだろう。

 ん? 星空といえば……。


「ユリーシャはどうした?」

「そういえばいないな。……テッペイと別れるのが寂しくて船尾で泣いてるんじゃないか?」

「そんなタマかね。別れの一言くらい言っておきたかったが仕方がない。じゃ、行くよ。ユリーシャのこと頼みます。縁があったらまた!」


 オレはアブローラ号に繋いであったボートに飛び乗ると、ロープを外した。

 百ビートで浅瀬ね。その程度なら、仮にこのボートに途中で穴が開いても泳ぎ切れる。よし。


 オレはボートの上で一度だけ振り返ってロベルトに手を振ると、後はもう振り返らず、遥か前方に見える島々に向かって一心不乱にオールを漕ぎ始めた。

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