第5話 魔法使い フィオナ=フロスト

 滝から歩いて一時間。

 『アムラール』と書かれた看板の掛かった木製のゲートを潜ると、そこに小規模ながらもしっかりとした町があった。


 中に入って見ると、通りには石畳がしっかり敷かれ、様々な商店や家々が多く立ち並んでいる。

 全体的にオレンジ味掛みがかった建物が多いのは、そういう色のレンガを使用しているからだ。


 商店だけでなく尖塔せんとうが付いた教会らしき建物や、学校、食堂、病院に宿と、町を構成する要素はほぼ全て揃っているし、町行く人々の服装も多少デザインは古そうなものの、男性は徹平と同じくシャツ、ズボンだし、女性もブラウスやスカート、ワンピースと、そこにさほど違和感は感じない。


 自動車が見当たらない事だけは若干違和感として感じたが、それ以外、町の雰囲気はどこか南欧の田舎町といった感じで、言われなければここが異世界だと全く気付かないだろう。

 愛梨あいりから得た情報とほぼほぼ合っている。

 案外、この辺りの町にでも出現したのかもしれないな、愛梨は。


「まずは食事にでもしましょ、テッペー。ここはわたしが奢るから」


 オレは滝つぼで会った少女・フィオナ=テンプルに案内され、町まで来ると、そのまま食堂に連れて来られた。

 麦酒で乾杯する。


「どうでもいいが、フィオナは歳は幾つだ? 酒飲んでいい歳なのか?」


 オレは一緒に出された枝豆を摘まみながら麦酒をあおった。

 冷えたビールに枝豆。こういうところはあんまり差は無いようだ。


 フィオナも美味そうに麦酒を一気飲みするが、オレのところの学校の生徒とさほど変わらない年齢に見えるからか、現役教師としては、ちょっと落ち着かない気分になる。

 フィオナは麦酒のお代わりを頼むと、串焼きにかぶりついた。


「十八歳。以前会った異世界人にはそっちのこよみとそんなに変わらないって聞いたんだけど。とりあえず、こっちではとがめられる事の無い年齢だから安心して」

「ならいいけど。……んで? 教えて貰おうか。なんでフィオナは千駄ヶ谷二高の制服を着ている? それ、本物だよな。どこで手に入れた?」


 オレは豆と肉の煮込み料理をスプーンで口に運びながら、対面に座るフィオナに尋ねた。

 この煮込み、トマトベースか? ちょっと酸味が強めだが美味いな。


 フィオナは銀髪ロリ女神のメロディちゃんのところで見た映像の通り、ギャルの恰好をしていた。


 白のブラウスに赤いネクタイ。グレーのスカートが隠れるくらいに大きなベージュのカーディガンを羽織り、紺のハイソックスに黒のローファー。とどめは学校指定の紺のスクールバッグで、バッグにはちょっとダラけた感じのパンダのぬいぐるみがゴテゴテと付いている。

 イスに立て掛けられた曲がりくねった木の杖が、逆に違和感を醸し出してしまっている。


「わたし、ここから山を幾つか越えた先にある小さな町の出身なんだけど、小さい頃、そこに異世界人が迷い込んだことがあったのよ。今のテッペーみたいにね。その人が置いていった服なんだ、これ」

「そっか、考えてみれば愛梨あいりちゃんも言ってたっけ。向こうに行く人が結構いるみたいって」

「愛梨! それ! あのお姉さん、そんな名前だった! えっとね……これ!」

 

 フィオナがスクールバッグから何やら手帳を取り出し、オレに向かって開いてみせた。

 それは、シールがいっぱい貼られたプリクラ帳だった。

 制服一式を置いて行った人物が持っていたもののようだ。


 開いてみると、経年劣化で多少見づらくなってはいたが、間違いない。どの写真にも、しっかり若かりし頃の愛梨ちゃんが写っていた。

 しかも友だちと撮ったからか、プリクラ写真にはしっかり平仮名で『あいり』と落書きされている。  


「信じらんねぇ! 愛梨って源氏名げんじなじゃなく本名だったのかよぉ!」

「何だか分かんないけど、そっか、テッペーはあのお姉さんの知り合いだったのね。縁があるのかもね、わたしたち」


 フィオナが枝豆を摘まみながら楽しそうに笑った。

 か、可愛い!

 フィオナはブルガリアやハンガリーといった東欧に居そうな感じの金髪美少女で、スタイルも抜群。ワールドワイドな美しさの迫力をヒシヒシと感じる。

 それが、よりにもよってオレの大好物のギャルの恰好をしているときた。

 

 例えるなら、海外からの交換留学生が日本の女子高生からギャルを学んで試してみたものの、容姿が良すぎて微妙なズレ感が発生しちゃってるって感じ。

 ……最高じゃないか!!


「なぁ。なんでキミはオレを警戒しないんだ? 異世界人ったって、全員が良い人ばかりな訳じゃないだろう?」

「あら。あなた、わたしのタイプよ? まぁそれはともかく、しばらく前に女神さまが夢に出て来て言ったのよ。勇者候補が現れるから旅のサポートをしてやってくれって。わたしその時、カブラナに居たんだけどさ。急かされるような妙な予感がして急いでここまで戻ったらテッペーが空から降って来たってわけ」

「なーるほどな。にしても候補だと? まさか銀髪ロリ女神はオレ以外にも魔王討伐用の人材をこの地に送り込んでるってことなのか? もしそうなら、魔王討伐は早い者勝ちってことになる。……やってくれるぜ」

 

 フィオナは串焼きのタレがついてペトペトになった手をテーブルに置いてあった布巾で綺麗に拭くと、立ち上がってオレに手を差し出した。

 

「んじゃ、お腹も膨れたことだし、さっきの怪魚が落とした魔核デモンズコアの換金をしに行こう。滝のヌシだったみたいで結構な量の魔核を持ってたから、いい値段になるよ。それ使って、わたしがテッペーの旅の装備を見繕みつくろってあげる」


 オレは改めて自分の恰好を見た。

 元は普通に紺のスーツだったのだが、怪魚に食い千切られたせいで両肘から先のそでは消失しているし、あちこち焼け焦げて酷い有様だ。

 超回復スーパーヒール使ったって、衣類まで直る訳じゃ無いんだな、やっぱり。


 思わず考えにふけるオレを前に、フィオナは綺麗な金髪を右手で掻き上げながら小首を傾げた。

 その仕草、フェロモン駄々洩れで超セクシー!


「わたしが見繕ってあげるから。……いこ?」

「喜んで!!」


 オレはフェロモン全開のフィオナに対し、満面の笑顔を向けたのであった。

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