第35話 バイトの面接で大事なことは
「――お願いします!! 僕を雇ってください!」
若いホビットの青年が、腰を真っ二つに折ってエルトに頭を下げている。
「――ここで、エルトさんと、この商売のことを学びたいんです! どうか、どうか、お願いします!」
「変質ダンジョン」の掃討作戦から数日が過ぎたころだった。
この青年の名は、ハンス・エヴァートンと言った。
どうやらミミの「知り合い」らしい。
「まあ、従業員が増えることには今のところ何も問題はないんだけどね? でも、ミミと一緒の時間に働けるとは限らないよ?」
と、エルトは念を押す。
「そ、そんなことは分かっています! ミミさんとのこととは全く無関係のお話です! 僕は、ミミさんからこちらの店とエルトさんのお話を聞いて、とても興味を持ったんです! ぜひ、学ばせてください!」
ハンスはどうやら一大決心をしてきているようだ。
彼の真摯な物言いは、単にミミと一緒にいたいからというだけのものではないとエルトに伝えるに足る充分なものだ。
「しかし、君は法科専攻なんだろう? どうしてまた商売に興味を持ったんだい?」
と、エルトはワンクッション置いた質問をする。
それを問うのは、彼が一時の情熱によって自身の行く道を誤っていないかを諭す意味もあった。
若いころにはよくあることだ。
誰かの話を聞いた。誰かの自伝を呼んだ。あるいは、自分の好きな異性が敬愛する人がいてその人のことを知りたいと思うようになった、など、思わずこれまで歩んできた道とは違うものを見知って、それを知りたいという衝動に駆られるというものだ。
こういう事は、知識欲が豊富で頭脳が明晰な優秀な人に特に多く見られる現象だと、エルトは思っている。
(そういう人って、はまりやすいんだよね――)
新興宗教やカルト集団などに多くの頭脳明晰な人が在籍していることはよくあることだ。どうしてそんな人がと思うほどに、そういったものには多くの「頭のいい人」が関わっている傾向がある。
おそらくのところ、そういう人は、自分とは違った感性だったり、自分に衝撃を与えるような思想だったりというものに触れ、今まで自分が信じていたものをひっくり返されるような経験に非常に感化されやすいという傾向があるのかもしれない。
「法科を専攻したのは、自分が何か人の役に立てるようにと思ってのことです。弁士になって、弱い立場の人に尽くせればという想いでここまで勉強してきました。ですが、やはり、本の上だけで学べることには限界があります! このお店なら、毎日の仕事の中で、様々な人と関わり合って、本だけではわからないことに触れられると思ったんです! だから、少しでも構いませんので、ここに置いてもらえませんでしょうか!?」
と、ハンスはまた腰を折る。
まあ、理由はともかく、それなりに考えてのことだというのはよくわかった。
「リーリャさんはどう思います?」
と、エルトは隣で聞いていたリーリャさんに伺いを立ててみる。
「え? あのう、ここで申してもよろしいんでしょうか?」
と、リーリャはやや戸惑いながら応える。
エルトが、「どうぞ、思うことを述べてくださって構いませんよ」とそれを促す。
「――そうですか、では。まずは、ハンスさんはお金にお困りなのでしょうか?」
と、リーリャが質問する。
「あ、いえ。学費や下宿費などは里の両親からの仕送りがありますので、お金には困っているわけではありません」
とハンスが答えた。
「お父様お母様にはすでに相談されましたか?」
「いえ、父母にはまだ何も言っていません」
「現在の学業の成績などはどのような状況でしょう?」
「自分で言うのもなんですが、成績は結構いいと思っています。私は現在法科大学院の3年ですが、すでに法曹資格を取得しております。卒業後は実務に携わるか、そのまま院に残って研究に進むかは思案中というところです」
「そうですか。それでは最後にお聞きします。ミーミア・ハイランとは今後どうするおつもりですか?」
(――! おっと、それは一応、プライバシーの問題だから、ここで聞くのはまずいかな……と、あっちの世界だと思うところだけど――)
と、エルトは思ったが、相手の様子を見るうえでもここは黙っていることにする。
「あ……、それは――。――そうですね。はっきりさせておくほうがよいでしょう。私はミーミアさんとお付き合いさせていただいております。これは一時のものではありません。真剣に将来のことも考えての交際だと、ミミさん、あ、いやミーミアさんにはお伝えしてあります」
「分かりました――。私から聞きたいことは以上です。その上で申し上げます。現在の状況では当店で働くことについて私は反対です」
と、リーリャさんがきっぱりと言った。
(――なるほど。確かに彼女の言うとおりだ。「現状」では少し難しいと言わざるを得ない)
「ど、どうしてでしょう? せめて理由をお聞かせください!」
とハンスも簡単には引き下がらない。なるほど、確かに「真剣さ」はうかがえる。
「言ってもよろしいのでしょうか? オーナー?」
「どうぞ、おっしゃってくださって構いません。私も現在のところでは、リーリャさんと同意見ですから」
と、リーリャからの問いに率直に答えておく。
「そうですか、では、申し上げますが、ハンスさんは今はまだ学生であられるのでしょう? お父様お母様はそのハンスさんの勉強のために働いて仕送りを為さっておいでです。そのようなお立場であるにもかかわらず、お金に困っていない、成績も問題ないとは言え、そのご両親にお伝えしていないというのはいかがかと思います。だから、『現状では』反対だと申し上げております」
と、リーリャが理由を告げた。
さすがリーリャさんだ。僕と全く同じことを考えてくれている。
これで、彼がどうするか、そこがこの「面接」の一番の「
ここで、プライバシーに踏み込んで話をしたことの意味があるわけだが――。
「良くわかりました。リューレ店長のおっしゃる通りですね。僕が少し
(うん。これは、「合格」だと言えるだろう。おそらく、それを為し得た暁には、僕もリーリャさんも同じ答えになるはずだ)
エルトはこの時にはすでにそう決めていた。
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