第13話 冒険者ギルドとエルト


 エルトが駆け出して向かった先は冒険者ギルドだった。

 リーリャさんが言った「情報」を詰め込んだ本、この世界にはそういった本が存在していなかった。

 

 町人向けの書籍といえば、物語や実用書、歴史書ぐらいなもので、それらも総じて「高価」な本ばかりだった。

 エルト自身、この世界に来て随分経つ間に、本とはそういうものという固定概念がついてしまっていたようだ。


 リーリャさんがいう、「情報」がいろいろと載っている本というのは、つまり、「雑誌」だ。


 たしかにこの世界に「雑誌」は存在していなかった。

 かつてあちらの世界のコンビニで「書籍」がよく売れていた頃、その書籍のラインナップの9割以上が雑誌であり、いわゆる一般書籍は1割にも満たなかった。

 そして一般書籍というのも主には「マンガ」であり、小説や実用書などはほとんどないに等しかった。

 そして「雑誌」の中でも特によく売れていたのは、いわゆる「セクシー系雑誌」だ。「エ〇本」とか「ビ〇本」とか言われるものたちで、殊に女性のヌ〇ド写真やいわゆる性〇為を喚起させる写真が掲載されている雑誌だ。

 しかし、これらは、ある時を境にコンビニから姿を消すことになる。

 どうして消えたのか?

 一説には、東京オ〇〇ピックが影響しているとも言われたが、詳細は良く分からないままだ。

 それ以降、書籍の売上は急落し、売り場はどんどん縮小されている。

 もちろん、そればかりが原因ではない。

 インターネットの普及、スマートフォンの普及なども書籍売り上げの減少に影響を及ぼしているのは間違いないだろう。これにより、「情報誌」の価値が急落した。

 人々はわざわざ重たいファッション誌を買わずともスマホで様々な情報を仕入れることができるようになったのだ。当然、一部のコアなファンでもなければ、そちらに鞍替えが進むことになる。


 とまあ、あっちの世界での「書籍」販売はほぼ回復することはないほどに落ち込んでいたのだが、この世界ではその分野が存在すらしていなかったのだ。

 さすがに「セクシー系」は作ることは出来ないし、やる必要もないだろう。というのも、この世界の性事情というのはまあ、あっちの世界より「やや大らか」であり、わざわざ書籍にする必要はないほどだからだ。



(問題は写真と情報だ――)

と、エルトは考えていた。


 「情報誌」の内容はさまざまな「情報」こそがきもである。そして、それらを読者に直接的に伝えるためには「目」で見てもらうのが何より一番だ。

 

 だからまずは情報を収集できる場所、もしくはそういう組織が必要になる。それについてこの世界にしかない唯一無二のうってつけの組織がある、冒険者ギルドだ。


 そして、それらの情報を「視覚的に」映し出すのが「写真」だ。実はこの世界に「写真」の技術はまだない。が、おそらくこれについては何とかなる、とエルトは考えていた。


(「写真」はないが「魔法」がある――)


 「投写術式」という術式がある。それほど高位の魔術式ではない。術者がイメージしたものを紙などに投影するという術式だ。そしてこれは「呪文書」でも発現可能だ。

 これを冒険者に持たせて、この街の周辺の景観スポットなどの「写真」を撮らせればいい。


 あとはその情報と写真を編集して印刷すれば「雑誌」の完成だ。


 まあ、現状では、あっちの世界にあった雑誌の100分の1にも満たない情報量かもしれないが、それすらなかったこの世界ではまずはそこから始めて、徐々に技術を進化させていけばいいだろう。



******



「――と言うわけで、「情報」を集めたいんだよ。協力してくれるよね? ゲラルド」

と、エルトがその大柄で無精ひげを生やし、赤味がかった頭髪は短く刈りあげられている屈強な男に詰め寄った。


 ゲラルドと呼ばれたその男は、少々めんどくさそうに、

「いやまあ、断る理由が無いと言えば無いんだが、ウチが動くというのはタダでというわけにはいかねえ。それはお前もわかってるだろう、?」

と応じた。


 ゲラルド・オーディロイ――『噴炎ふんえんのゲラルド』と呼ばれる冒険者であり、冒険者ギルドの頂点に君臨する男、つまり、ギルドマスターでもある。エルトのことを「」と呼んでいることからもわかるように、エルトの素性を知る者の一人でもある。


「ああ、もちろんだ。だから、依頼という形で情報を収集する。ただ、個別で依頼するほどちまちまやってては、早晩すぐにらちがあかなくなる。だから、ここに来たんだよ」

「つまり、冒険者ギルドが一手にそれらをまとめてお前に渡す。と、そういうことだろう?」

「ああ、そのとおりだよ」

「しかしなぁ、そうなるとギルド職員たちも動かさなけりゃならないわけで、個別依頼より高くつくぜ?」

「問題ない」

「ふうん、そんなに儲かるものかね?」


 エルトはこのプロジェクトは必ず成功すると確信していた。


「まずはやってみてほしい。第一号が完成すれば、この企画が君たち冒険者ギルドにとっていかに有用なものだったかがすぐにわかるさ。――それとも、僕が単独でチームを作ってやるほうがいいか? そうなると僕は今より忙しくなるわけで……」


「な!? そ、それは困る。「呪文書」の売上はウチにとっても大切な収入源だ。エル! お前、まさか俺を脅すのか?」


「人聞きの悪いことを言うなよ、ゲラルド。僕はただ、忙しくなれば当然「呪文書作成こちら」に割く時間が減ると言ったまでさ――」

 

「くっ! わ、わかったよ。エル、お前の勝ちだ。いいだろう。その仕事受けさせてもらう」


 とまあ、こんな感じで、企画が進みだしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る