【短編】満月

美浪

第1話


 月明かりが照らす近所の公園。


 緑が多く、動脈のように公園の外側をぐるりと走る遊歩道を一周するには、大人の足でも三十分はかかるだろう。



 今夜は満月フルムーン。一段と夜は明るい。


 私は颯爽とした足取りで、緑に囲まれた遊歩道を歩く。


 


 夜は私の時間。


 早速種明かしをすると、私は現代に生きる吸血鬼だ。


 だから昼間は外に出られない。


 今夜のように月の明るい夜は目が眩しいが、それは平気。


 私の血筋は、純血を保つため、代々吸血鬼同士の婚姻を繰り返してきた。


 私にも、幼い頃に決められて、まだ一度も顔を合わせたことのない許嫁がいる。


 結婚なんてくだらない。 


 人生も。


 所詮私は、血を絶やさないようにするためだけの存在で、人生に楽しみなんて一つもない。


 行き先に落ちていた小石を蹴る。僅かな憎しみを込めて。



「いてっ」



 思わぬ方向に飛んでいった小石は、歩道を挟む芝生の中に落ちた。と思ったら、声を上げた。



「え?」



 驚いて、目を見開く。


 闇夜に溶ける真っ黒なジャージに、黒い髪の男の人の青白い顔だけが、ぽかんと芝生の上に浮かんだ。



(夜目は利くのに、全然気付かなかった)



 少し長くなった芝生に体育座りした男が、こちらをキロリと睨んだ。途端、ハッとした顔をする。


 

「!」



 その顔の理由は分かっている。私の瞳の色だ。血のように赤いこの瞳は、明らかに人間のものではないと誰でも分かるだろう。


 この公園は人気のスポットだったけど、少し前に悲惨な事件があってからというもの、特に夜は誰も立ち寄らない。だからカラコンを入れずにいても問題なかったのに。



「……あんた、この辺の人?」

「……!?」



 奇声を上げて逃げられると思っていた、私の予想は外れた。



 しばし沈黙する。



 ――いやいやいや、他に言うことあるでしょう?



 何っ!? 化け物っ!?



とか。


 せめて、威勢がよければ



 お前か、石をぶつけやがったのは! 



とか、じゃない? 普通。



 まさか、いきなりそんな普通なことを聞かれるとは思わなかったから、私はなかなか返すことが出来なかった。



 そのうちに、男がさらに質問してきた。



「……人間じゃないよね?」



 ……普通のテンションで聞くことじゃないんだけど。



「……だったらどうなの?」



 だから、極めて普通に返してやった。



「……別に? そうなのかなって思っただけ」

「……あっそ」



 妙に落ち着いた会話をする。



――――なんか、変な感じ。


 

 怯えるどころか、淡々と話す男の態度に戸惑う。



 昼間外に出られない私に、当然ながら友達というものはいない。


 カラコンをして、オンライン授業を受けるだけ。


 そこですら、面白くもない上辺だけの会話と、教師の放つ訳の分からないジョークに、愛想笑いすらせずに真顔を保つ私に、友達なんて出来るはずがない。



 私は無意識に、芝生に足を踏み入れていた。


 何でそうしたかって?


 そんなの自分でも分からない。


 

 とすっと男の隣に、少し間を空けて腰掛ける。



「……一人になりたいから、ここに来たんだけど」



と言われても、今更すごすごと帰るわけにはいかない。


 そんなのカッコ悪い。



「私も一緒。私の場所にいるあんたが悪い」



 本当は、もう少し離れたところだけど。



「……横暴。だから石ぶつけたの? それか何? 俺を狙ってるの? 食っても美味くないよ、俺」

「……食わないわよ」

「血に飢えた野獣みたいなぇしてる癖に?」

「初対面の女性相手になかなか失礼ね。あんた。……私が怖くないの?」



 純粋な疑問だったので聞いてみた。



「……怖くはない」

「……ふーん」



 一旦会話が途切れた。


 

 吹き抜ける夜風が気持ちいい。


 何となく、今日はいい日だ、と思う。



「何で一人になりたいの?」



 他人になんて興味はないはずなのに、質問が湧いて出てきた。


 不思議だ。こんなのは初めて。


 

「全部、くだらないから」

「分かる」



 ハッという声が聞こえて、隣を見ると、綺麗な笑顔が咲いていて、思わず息をするのを忘れてしまった。


 

「自分はそこに入ってるとは思わないんだ」





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