第108話:ナナも初めて

 ニュースやネット記事で見たことはあるものの、イツキは歌舞伎町のラブホ街に自らの足でやってくるのは初めてだった。そんな日が来るとも思っていなかった。


 完全にイツキの偏見なのだが、すれ違う人々みんながなんだか怪しい人のように思えた。タバコの吸い殻やゴミがそこらに落ちている道、そして良い匂いとは言えない街の香りも、そんなイツキの色眼鏡の濃度を高くしていたかもしれない。


 そんな慣れない街の雰囲気に負けないように、なるべく堂々とした姿勢でイツキ歌舞伎町の奥へと歩いた。堂々と平常心を保っているつもりなのに、イツキの鼓動はどんどん速くなり、なんだかいけないことをしている気持ちも増してきた。


 徐々に増えだすキラキラと輝くラブホの看板。どことなく艶やかで甘美な響きのホテル名。ホテルの前には光る小さな噴水や謎にエキゾチックな置物。


 たしかに、歌舞伎町にはラブホ自体はたくさん存在していた。少なくともイツキの視界には、もう数軒のラブホが常時入っている状態だ。


 ただ、こうも数があると、逆にどこにすればいいのか迷ってしまうものだ。イツキはちょっと意見を求めるようにナナの方をちらりと見た。


 一方のナナはそんなイツキの視線をお構いなしに、いろんなホテルの外観やら料金表を眺めては、どこか楽しげな様子だった。


(もしや、、ラブホとか慣れてる…? それとも、、ナナさんお得意の好奇心…? ただ、ナナさんほどの美人ともなれば、少なくとも一度くらいは行ったことあるよね…。元カレかな、、そうだよな……。)


 泊まるホテルを決めて、一刻でも早く落ち着きたい一方で、イツキは頭の傍でそんなことを考えてしまっていた。


「イツキーっ! わりとどこも空いてそうだけど、どこにするっ?」


 ナナは突如振り返って、イツキに尋ねた。ナナの目にはラブホのネオンがきらきらと映っていて、なんだかいつもより妖艶に見えた。


「あ、、そうですね…。えっと、ナナさんの"おすすめ"とかってありますか?」


 イツキは言葉にしながら、すぐに自分でも何を言ってしまっているのだろうと思った。女子にラブホのおすすめを聞くだなんて、なんて変なことをしているのだろう。冷静になれば馬鹿な質問だとわかるのに、とても冷静でいられないのがイツキはもどかしかった。


「ちょっ!笑 おすすめってなにっ!?笑 そんなのないよっ…//」


 ナナは笑いながらイツキに近寄ると、ちょっと顔を赤らめ恥ずかしそうにしながら、イツキの服のすそをきゅっと掴んだ。


「わたし、、ラブホとか入るの、初めてだから…。」


 そういってイツキを照れながら見上げるナナはあまりに可愛く、ただでさえ冷静さを欠いているイツキはラブホ街の真ん中で卒倒しそうだった。同時に、先ほどナナのことを勝手にラブホ経験者だと思い込んでしまったことをとても申し訳なく思った。


「あ、、そうなんですね…。じゃ、じゃあ、その初めて同士ですね。笑 ……あの、、仕方ない状況ではありますが、初めてラブホに入るのが、その、、ぼくで大丈夫ですか…?」


「うん! ……イツキがいいっ!」


 ナナはイツキの服から一度手を話してから、もう一度ぐっとすそを掴み直した。


「な、なんかすみません!笑」


「なんで、謝んのっ!笑」(ばかっ。)


 2人がそんな会話をしていると"HOTEL SEVEN"という看板がイツキの目に入った。たとえこのような状況下であっても、アツい文字は見逃さないのがパチンカーである。


「ナナさん、なんかあのホテル、名前がよくないですか?」


「まじだっ! ナナだしねっ! 見た目も綺麗そうだし、いいじゃんっ! 決まりっ!!」


 2人は外見や料金を一応確認してから、おそるおそる中へと足を踏み入れた。


 ラブホに入るのはこんなに緊張するのかと思うほど、イツキの鼓動は高鳴り、変な汗がつーっと脇や背中を伝うのがわかった。

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