第9章:設定1の一撃
第87話:気づいた想い
「えっと、、その、なんだかすみません…。たまたま、家が近所の3人で遊んでて。ナナさんには、ちょっと後で連絡してみます……。」
いきなりのことで困惑している彩乃と麻呂に、イツキは声をかけた。つい数秒前までナナと江奈が仲良く話をしている楽しいムードからの急変。正直、イツキの脳内もかなり混乱していた。まずい状況なのはわかっている。いますぐにナナを追いかけたい気持ちもある。
ただ、追いかけたところで、どうすればいい?何と言えばいい?考えることだけが先走って上手に体が動かないことが、イツキはただただ歯痒かった。
「ううん…! うちらからもナナに連絡しておくから…!」
ナナのことを不安に思ったのは、彩乃と麻呂も同じだった。ナナとはいつも一緒にいる仲なのに、ろくに会話もせずに走り去ってしまったのだから無理もない。彩乃は、イツキと江奈になるべく気を遣ったつもりだったが、声色や表情には不安が滲み出ていた。
「はい、、その、お願いします!」
ここにいた4人みんなが、何が最適解なのか分からなかった。たまたまご飯を食べに当駅に来たという彩乃と麻呂と別れ、イツキと江奈は仕方なく帰ることにした。"とぼとぼ"という音が本当に聞こえてきそうな足取りだった。
本当なら、"勝負後に軽くご飯でも行きますか!"と3人でファミレスにでも入りそうな雰囲気だったのもあり、なんだか2人はとても物悲しい気持ちだった。
パチンコをやっているという理由だけで元彼にフラれたこと。それからというものパチンコをしていることを人に隠していること。そのため、いきなり友達に遭遇してしまい、走り去ってしまったのではないかということ。
駅までの道すがら、イツキは江奈にそれらのことを軽く話した。あらぬ解釈や誤解を避けるべく、あくまでナナに聞いた事実と仮説の最低限だけを伝えた。ナナさんはこれからどうするんだろう、、と考えながら話すイツキはすこぶる元気がなかった。
「そうですか…。ナナさんもセンパイみたいに、過去に嫌な思い出があるんですね……。」
やっと少しばかり事情がわかった江奈は残念そうな声を出した。同時に先程の景品カウンターでの会話に引き続き、江奈はもうひとつのことに気がついた。
(ナナさんはパチンコをただ単に楽しんでいるだけじゃないんだ。センパイと同様に過去に嫌な想いをしている。でも、それでもなおパチンコを楽しんでいる。だから、よりセンパイの心を打つんだな。)
さっきの気づきと合わせると、江奈の中ではだいぶ合点がいった。
「じゃあ、ここで。気をつけてね。」
「はい。昨晩と今日はありがとうございました!」
反対方向の電車に乗るイツキと江奈は改札に入ったところで別れた。2人を迎えた駅は帰宅ラッシュの時間帯が終わり閑散としていたため、2人の寂しいムードに拍車をかけた。
江奈が乗った上り電車は夜のため、より人がいなかった。選び放題の席の中、江奈は端っこの席にちょこんと座り、体を壁にもたれさせた。対面の窓から見える流れゆく街並みや住宅街の明かりをぼんやりと眺めた。
イツキとは長い付き合いだが、約24時間ずっと一緒にいたのは初めてだった。そのせいで、ひとりで揺られる帰りの電車はやけに寂しかった。さっきまで手を伸ばせば触れることができたイツキと毎秒毎秒離れてゆく。
まるでこの東京でひとりぼっちになってしまったかのような感覚、イツキと距離以上のものが離れてしまっているような感覚がして、江奈は心が震えるほどに寂しかった。
普段は電車に乗ったら迷わず音楽を聴くくせに、こういう時にかぎって、江奈はどんな曲を聴けばいいのかが分からなかった。
それでもあえて聴くなら、といくつかの曲を選んだ。家々ばかりだった景色にビルの数が増え始めたころ、江奈は選んだ曲がすべて"ラブソング"だったことに気づいた。
"あたし、センパイのことが、好きなんだ……。"
ナナについての気づきが多かった1日の終わりに、江奈は自分の中にあった大きな気持ちに気づいた。いや、本当はもっと前から気づいていたのかもしれない。ただ、どこかで自覚しないようにしていたのかもしれない。
(仮にセンパイのことが好きだとして、付き合える確率ってどのくらいなんだろう。センパイ、設定1だし、、やっぱ期待値低いよね…。)
江奈の想いを乗せた電車は、キラキラ輝く都心の光の中に吸い込まれるように走っていった。
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