第43話:電車内バトル
休日のお昼頃とあって、後ろの方を車両を選んだイツキとナナは電車に並んで座ることができた。イツキは横に座ったナナのショーパンから出た綺麗ですべすべしてそうな太ももをチラッとみて、以前並んで"森物語"を打った日のことを思い出した。
あの頃と比べて、ナナのことを少し知ることができ、またそれが原因で一度は距離を置こうとも思ったが、またこうして並べたことがイツキは嬉しかった。
「ねぇ! イツキって、"バリぱち"やってる?」
ナナはスマホを取り出しながら、イツキにたずねた。
"バリぱち"とは、実際にあるパチンコ・スロットをスマホで遊べるアプリのことである。もちろん、実際のお金を使うわけではなく、"バリドル"というゲーム内通貨を使用して、遊戯を楽しむスタイルだ。
オンラインかつリアルタイムで遊べる仕様であり、ユーザーはアプリ内にある仮想パチンコ屋に入り、他のユーザーが座っていない空き台の中から、打つ台を選んで遊戯をする。また、他ユーザーとスタンプでコミュニケーションを取れるのも特徴だ。
ただ、なんといってもこのアプリの最大の良さは、実際のパチンコ屋から引退した過去のパチンコ・スロット台を遊べるというところにある。パチンコの法改正や新台登場など理由は様々だが、みんなに惜しまれながら撤去されていった台をアプリとはいえ、もう一度遊べるのはパチンカーにとってはかなり嬉しいものである。
「もちろん、やってますよ! ナナさんもやってるんですね。」
ナナのスマホをちらっと見てから、イツキも嬉しそうにスマホを取り出した。
「やっぱ、イツキならやってるよねっ! このアプリ、まじで神ってるよねっ! これやってると時間溶けるのがえぐいっ!笑」
「ですよね! アプリと分かっていてもつい熱中しちゃいます。」
「わたし、実機は打ったことないんだけど、昔の台もおもしろすぎでしょっ! アプリなのに、どんだけ
そう言いながら、スクロールするナナのスマホ画面には、
"ビリオンゴッド-神々のパイセン-"
"魔法少女まどか☆マジカ 2"
"初代 南斗の掌"
"HANAJI"
"うす!サラリーマン社長"
"みんなでジャグリング"
などなど、今のパチンコ屋には無き、たしかな名作が並んでいた。
「ぼくはこの時代も触っていますが、やっぱスロットの"神々のパイセン"は最高でしたね!」
イツキはナナのスマホを指さした。
「じゃあさ、じゃあさっ!!」
ナナはお尻ごとグイッとイツキの方によって、顔を見た。
「これから新宿につくまでの間にさ、スロットの"パイセン"打ってさ、先に当てた方の勝ち!ってのやろうよっ! でっ、負けた方が今日のカフェをおごるっ! ねっ?どうっ?」
ナナはキラキラした目でイツキに迫った。
「ナナさん、ほんと勝負好きですね。笑 いいですよ!やりましょう。先に当てた方の勝ちですね!」
「よーしっ、そうこなくっちゃっ!! なんか、いきなり燃えてきたーっ! じゃあ、イツキもログインしてっ!」
イツキはナナに急かされながら"バリぱち"にログインすると、"ビリオンゴッド-神々のパイセン-"がある仮想空間に入った。すると、ナナのアバターがうろちょろとしているのを見つけた。
「ナナさん、アプリ内でも目立ちますね。笑」
実物のナナのようにちょっとギャルっぽくおしゃれな服を身に纏ったナナのアバターを見て、イツキは笑った。
「このアバターのわたし、めっちゃ可愛いでしょっ!! 頑張ってたくさん"バリドル"貯めて入手したんだっ! てかっ、それで言うと、イツキなんて今日のリアルな服装のまんまじゃんっ!うけるっ!!」
イツキはアバター自体には全く興味がなかったため、イツキのそれはデフォルト設定のままであり、たまたま白ティーにジーンズ姿だったのだ。
「あ、ほんとですね!笑」
これには、イツキも思わず笑ってしまった。
「じゃあ、いくよっ! よーい、スタートっ!!」
これかな!という席についた両者は、ナナの掛け声で遊戯をスタートさせた。
実機ではないものの、ナナとこうしてまた並んでスロット勝負をしていることが、イツキにはとても心地よかった。休日の中央線は阿佐ヶ谷や高円寺をすっ飛ばし、スピーディーに新宿へ向かっていた。
「つぎは、新宿。新宿。左側の扉が開きます。」
両者当たらず、勝負がつかないかもしれない……と思った時だった。
「遅れたっ!!」
ナナがイツキの肩をバシバシと興奮気味に叩いた。"遅れ"とは、スロットにある演出の一つで、レバーを叩いた時、リールの回転と回転音が一瞬ズレるというものだ。適当に打っていたら気づかないレベルの非常に地味な演出なのだが、恩恵は大きいものが多く、じわっと脳汁が出たのがわかるのでは?というくらいの激アツ演出だ。
"ビリオンゴッド-神々のパイセン-"の場合の遅れ演出はフェイクのこともあるが、"1/8192"で引ける当たり中の大当たり、PERFECT GOD GAME(通称:PGG)なるものが当たる可能性も秘めている。
「やばいやばいやばいっ! アプリだけど!アプリだけど、やばいっ!!」
「ナナさん、まじですか!」
イツキも手を止め、ナナのスマホを覗き込んだ。こうなれば、もはや勝負には負けてもいい、とさえイツキは思ってしまった。負けてもいい。アプリでもいい。それでも、PGGを引くところが見たい。そう思ってしまうのは、イツキが例外ということではない。パチンカーとは、そういうものなのだ。
ナナは強めに画面をタップして、第1リールを止めた。
<7>
「おぉ!これは、ナナさんこれは本当にあるかもですね!」
すると、ナナはバッグからイヤホンを取り出すと、スマホに装着して、片耳をイツキに渡した。
「ナナさん、わかってますね!」
「もちっ!!」
PGGは7がテンパイした時点で確定となるのだが、その時の音がたまらないのである。それを聞かないなんて、たとえアプリだったとしても、パチンカー失格である。
「じゃあ、いいっ? いくよっ!!」
ナナは軽く深呼吸して、第2リールを止めた。
<でぃるりん!!!>
<77>
「きたーっ!!!」
「ナナさん、まさかのここでPGGですか!」
「ねっ!まじ、ウケるんですけどっ!!もう新宿だしっ!! てか、その前に実機でやれよっていうね!」
ナナは一応<777>を揃えるだけ揃えると、ちゃっかりスクショを撮ってから、名残惜しそうにアプリを閉じた。
「PGGって、え?ここで?って時に引くのが多いですよね!笑」
「ほんと、あるあるだねっ!」
2人は笑いながら、席を立ち、新宿に降り立った。
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