第36話:ナナの秘策
隣駅のいつものパチンコ屋に入ると、イツキとナナはもう一度ルールの確認をした。
「じゃっ! 22:40に景品カウンターに集合ねっ!」
「はい! せっかくなんで、本気でいきます。」
「わたしだって絶対負けないよっ!!」
もう、勝敗によって云々はさておき、パチンコ屋に入ったあたりから、単純にスロットを打って勝負をするということ自体を2人は楽しんでいるようだった。
「では〜、スタートっ!!」
ナナの掛け声と共に、2人はスロットコーナーに散った。
イツキが真っ直ぐに向かったのは"ジャグリング"という機種の島だった。"ジャグリング"とは、スロットの中でも最も有名な機種の一つであり、エリアによって差はあれどほとんどのパチンコ屋に導入されていると言っても過言ではない。この"
初心者でもとっつきやすいシンプルなゲーム性、それでいて細かいところまで理解すれば玄人も飽きずに楽しめる奥深さ。そんな両面を持ち合わせる"ジャグリング"は、第1リールの左下に"LUCKY!!"と書かれたランプがついており、スロットを回しているうちにそのランプが光れば当たりだ。
当たった場合は、「777」
このランプが光る瞬間がなんともたまらなく、多くのプレイヤーをとりこにしている。いわゆる脳汁が出るというやつだ。
イツキは"ジャグリング"のデータパネルを見て周り、空き台の中では高設定が期待できる席に着いた。ジャグリングシリーズの中でも人気の"
閉店まで約2時間。人気機種のため、朝からよく回されている"ジャグリング"は1日のデータがある程度出ている。そのため、なんとなくではあるが、設定の有無が掴みやすいといったことがある。制限時間を考えると、高設定が期待できるジャグリングを2時間全力で回し、当たりを積み重ねるというイツキの戦法は悪くなさそうだ。早速、コインを投入し、イツキは"ジャグリング"を回し始めた。
一方のナナは、台ではなく……、ある"人物"を探していた。
(あーれっ、今日はどこにいんのかな…。目立つから、すぐに見つかるはずなんだけど…。あっ!いたいたっ!!)
ナナが見つけた人は銀髪ショートの女子。そう、"いつも出している人"であり"イツキの幼馴染"の
「あのー、すみませんっ!! ひとつお願いがあるのですが、いいですかっ?」
ナナは江奈の打っている台の横に行き、思い切って声をかけた。
「……え? なんですか?」
江奈は半分不審そうに、もう半分は迷惑そうな顔で横に立っているナナの顔を見上げた。パチンコ屋は比較的うるさいので、ナナが言っていることが聞こえなかったのもあった。
「打ってるとこ、すみませんっ! ちょっとお願いを聞いてもらえないですかっ?」
ナナは、今度は江奈の耳元に少し近寄り、さっきより大きな声を出した。すると、江奈は店内の端っこにある自販機エリアの方を指さして立ち上がる素振りを見せた。全く見ず知らずの人なら、江奈も応じなかっただろう。ただ、江奈も赤保大学に通う学生。ナナのことは多くを知らないまでも、存在くらいは知っていた。
「わざわざ、移動までしてもらっちゃって、すみませんっ!」
自販機コーナーはいくらか音が落ち着いており、普通に会話をすることができた。
「別にいいですけど、お願いってなんですか?」
江奈のナナを警戒しているような顔つきと声色は依然そのままだった。
「実はいま、友達と出玉勝負をしてるんだけど、絶対に負けたくなくてっ! それで、打つ台の意見を聞きたいのっ! あ、えっと、ごめん!お名前は? わたしはナナって言いますっ!」
「江奈です。」
「ありがとうっ!」
「……赤保大のナナさんですよね?」
「んえっ!わたしのこと知ってるのっ? なんで、なんでっ?!」
「わたしも赤保大なので。1年ですけど。」
「まじっ!?」
知らない人、それもスロットに集中している人に話しかけるため、少し緊張していたナナの表情が一気にパーッと明るくなった。このパチンコ屋にいる"いつも出している人"が2人とも赤保大学の後輩だったということに、ナナは驚きと嬉しさを感じた。
「えっ、めっちゃ偶然じゃん!やばっ! てかっ、急に親近感ぱない!! じゃあさ、じゃあさ、"江奈ちゃん"って呼んでいいっ? てかてかっ、今日は台の意見を聞きたくて話しかけたんだけど、いつもふつーにおしゃれだし、可愛いし、スロットもうまいし、実はずっと話しかけたかったの! だから、なんか、とりまシンプルに嬉しいっ!!」
「ナナさん、急にめっちゃ喋りますね…。」
同じ大学というわりと強めな接点を見つけたナナは"奇跡の出会い"と言わんばかりのテンションで、江奈に向かって物理的にも前のめりになった。江奈の方は、ナナの圧にやや驚きつつも、美人な先輩に"おしゃれ"とか"可愛い"とか褒められたことに、悪い気はしなかった。
「あ、ごめんごめんっ! つい、嬉しくなっちゃってっ! でさっ、これから打つ台について江奈ちゃんに意見もらいたいんだけど…。もちろん、わたしは勝負に勝てればそれでいいから、その台で出たメダルは全部江奈ちゃんにあげるよっ!」
ナナは打つ台の意見をもらう代わりに、ちゃんと江奈にもメリットがあることを伝えた。
「メダル、いらないんですか…?」
「うんっ!!」
「そんなにその友達に勝ちたいんですね。わかりました。いいですよ! でも、選んだ台が当たらなくても、文句は言わないでくださいね。」
「わーいっ!! 江奈ちゃん、まじありがとうっ!神じゃん! てか、江奈ちゃんと話せただけでなんかもう満足感すごいし、当たらなかったらそれはそれでしゃーないっ!!笑」
ナナは喜びのあまり、さらにもう一歩江奈にグイッと近づいた。
「ナナさん、近いです。」と言いながら、江奈は自分の席に戻り、台を休憩中に切り替えると、ナナと一緒に台を探し始めた。
「ナナさんから聞いたルールだと、限られた時間である程度まとまった出玉を出す必要がありますね。」
江奈はナナからルールの詳細を聞きながら、空き台のデータパネルを見て回った。普段からハイエナを極めているため、データパネルを見るスピードがとてつもなく早い。何を見ているのかよくわからないナナは、江奈の後ろを着いていくしかなかった。銀髪と黒スカートで、店内を颯爽と歩く後ろ姿は、ナナからしてもとてもかっこよく、また頼もしく見えた。
「あ、これにしましょう。」
江奈はある一台の前で立ち止まり、持っていたペットボトルを台の
ナナが選んだ台は"ドキドキ!"というスロットだった。この"ドキドキ!"も有名台のひとつである。一言でいうと、"夏!"という感じの見た目をした台で、リールの両サイド上部にひとつづつハイビスカスのランプがついており、回しているうちにそのランプがチカチカ光ったら当たりだ。
当たった時の獲得枚数はイツキが選んだ"ジャグリング"より少ないのだが、この"ドキドキ!"には、ならではの魅力がある。それは、当たった後の32回転以内にまた当たりが出る"天国"というモードに移行することがあるということだ。この天国モードに移行させることができれば、当たり後の32回転以内にまた当たりに期待ができ、5連、10連、それ以上と出玉を大量に伸ばすことも可能になってくる。
つまり、江奈は残りの制限時間内になんとか"天国モード"に移行させ、連チャンを重ねて勝つという戦略だ。そして、江奈が選んだ台はその"天国モード"へ移行する期待値がある台というわけだ。
「わかった! 江奈ちゃんが選んでくれたこの台で頑張るっ! 打ったことないけどっ!!笑」
ナナはテヘッと笑いながらも、気合いだけは十分に席へついた。そして、バッグから恒例のもちぐまぬいぐるみを取り出して台にセットした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます