第35話:2時間1本勝負

 颯爽と歩き出したナナの髪を夜風がなびかせる。ヘアメイクの最後に彩乃が振りかけたヘアミストのいい香りがまだ残っており、イツキはドキッとした。


「ナナさん、勝負って…?」


 イツキは引っ張られる体制のまま、後ろからナナにたずねた。


「わたしたちの勝負っていったら、パチンコに決まってんじゃん!!笑 あ、でも今日は時間が遅いから、スロットでっ!!」


 ナナは笑顔で一瞬振り返り、話を続けた。


「上手く言葉にならないのかもしれないけど、イツキにもイツキなりの色々な理由があるんだよね? でも、わたしが勝負に勝ったら、もう避けたりするのは禁止ねっ!!」


 ナナはイツキの左手首を握っている力を少し強くした。


「あ、はい。わかりました…!」


 そういうことか…!とイツキは勝負の内容が見えてきた。ちょうど先ほど、尚也との会話を通して、自然とナナを避けてしまうことを気をつけようと決めたイツキだったが、ここは一旦ナナの勝負に従っておこうと思い、そのままついていくことにした。それに、パチンカーとして、パチンコ・スロットの勝負を申し込まれて、断るわけにもいかない。


「あー、あの電車に乗りたいっ!! ほらほら、イツキ、頑張って!!」


 改札を通り、電光掲示板を確認すると、ナナはエスカレーターではなく階段をチョイスし、一気に駆け上がった。ミスコンやらなにやらをやってきたのに、まだ全然元気なのがナナのすごいところだ。


 無事に電車に乗ると、ナナは改めて勝負のルールを説明しだした。


「もうすぐ、20:30だから、閉店時間の22:40までの約2時間で差枚数(出玉から投資分を引いた枚数)の多い方が勝ちっ! 2時間でパチンコだと、"どちらも当たりませんでした"ってのがありそうだから、スロットで勝負! スロットなら機種はなんでもおっけーっ! もし、両方ともマイナスだった場合はマイナスが少ない方が勝ち! 勝負途中にお互いの状況を見に行ったりするのは禁止! ただし、打っている台の場所的に相手の台が見えちゃうのは仕方ないものとするっ! その他の戦い方は自由! どうっ!?」


 たしかに、2時間という時間制限がある場合、パチンコだとナナの言う通り両者当たらないパターンも多いに考えられるし、一回の当たりで勝負が決してしまうこともある。その点、スロットであれば小まめに当たる機種も多いため、どのように2時間を使うかという工夫が非常に大切だ。ゆえに、勝負っぽくなるということだ。


「わかりました! そのルールでいいですよ!」


 イツキはルールに同意すると同時に、2人きりかつパチンコの話だと、いままで通り気兼ねなくナナと話せることに気づいた。


「いいんですけど、、ナナさんってスロットはできるんですか?」


 ナナがスロットを打っているところを見たことがなかったため、イツキはシンプルに疑問を感じた。


「ほーっ? 相手の心配なんて、余裕ですね、イツキさん! 心配ご無用っ!」


 ナナは目を細めて、ニヤリと笑った。

 たしかに、スロットの経験は少ないものの、ナナにはこうして笑えるだけのとっておきの""があった。

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