第21話:ドル箱の前に徳を積む
パチンコにおける休憩時間はだいたい40分までと相場で決まっている。ゆえに、ランチの場所は極力パチンコ屋の近くで探すのが基本だ。
歩き出してから、イツキはふと思った。
(ナナさんって、普段何食べてるんだろう…。めっちゃおしゃれだし、スタイルもいいし、きっと食べるものにもこだわりがあるに違いない…。こういうときって、何を提案すればいいんだろう…。)
女子とご飯を食べるというイベントが日常的に発生しないイツキにとって、この事態は意外とピンチである。考えるほど、焦りで体温が上昇するのがわかり、比例してイツキの思考は鈍った。
(ファストフードとか、絶対食べないんだろうな…。やばい、さっぱりわかんない。でも、時間もない…。どうしよ。どうしよ。)
「良吉屋の牛丼にしないっ? よきっ?」
「え? なんですか?」
イツキの思考は一瞬ストップした。ナナが何を好むか考えるのにプチパニックだったのもあり、ナナからの予想外の提案にイツキはやや困惑した。
「お昼、良吉屋の牛丼でよきっ? わたし、おごっちゃうよっ!」
「ぼくはいいですけど、、ナナさんって、牛丼とか食べるんですか?」
「え?なんでっ? ふつーに食べるでしょっ!! めっちゃおいしいじゃんっ! 牛丼、大好きなんですけどっ! たしか、駅の近くにあったはず…! ほらほらー、あそこっ!! 混んでないといいけどーっ!」
ナナは駅の方を見渡し、良吉屋を確認すると、スタスタと歩き出した。
ナナさんって、なんていい人なんだろう……。イツキはナナの背中を見つめながら、派手な見た目とは裏腹に時折感じる飾り気のないナナの内面に好感度を上げずにはいられなかった。
「僕も良吉屋好きです! なんか名前もいいですよね!」
「わかるっ! だって、良い吉だよっ? この後も、当たる気しかしないよねっ!」
(イツキって、なんかわたしと価値観あうかもっ!)
内面に対する好感度を上げたのは、イツキだけではなかった。男子からご飯に誘われることの多いナナだが、どこかみんな見栄っ張りで"高いのがかっこいい、安いのはダサい"とする雰囲気があった。自分が好きなものであれば高かろうが、安かろうが構わない、という考え方のナナはそんな感覚が少し苦手だったのだ。
良吉屋に入り、自分で食券を買おうと財布を出したイツキの手をナナがグッと掴んだ。
「だ、か、らっ! 午前中から当てているこのわたくしがおごってあげるってば!!」
財布を出した手をただ制されただけであったが、イツキはナナに手を握られドキッとした。ナナの手は、紛れもない女子の手ではあるが、いわゆる守ってあげたくなるような小さくかよわいものではなく、すらっと長い指で意思が強そうな手だった。ずっと掴まれていると、ナナに飲み込まれてしまいそうな、そんな感覚がした。
「いや、悪いですし、、午後も当たるかはわからないですよ?」
「いいのいいのっ! ほら、
ナナは"徳を積みたい"という裏目的を笑いながら明かした。そう、パチンカーとは、徳を積むことを日頃から非常に大切にしているのだ。ナナのように勝ったお金で友人に奢る人、パチンコ屋に向かう電車で席を譲る人、コンビニ募金をする人、お
「なるほど…。徳ですか! ナナさん、それなら仕方ないです!笑 では、ここはご馳走になります!!」
そういって、イツキは頭を下げた。
「よろしい〜っ!!!」
奢る側のナナの方がどこか嬉しそうだった。それはもちろん徳を積めることもあるが、それ以上にパチ友になってくれて、こうして一緒に打ち、一緒にお昼に行ってくれるイツキに少しでも何か返せることが嬉しかったのだ。
「お待たせいたしました。良吉牛丼2つとサラダ2つになります。」
牛丼を食べる前にちゃんとサラダから食べるナナ。しかも、ドレッシングは少なめ。こういう姿に、イツキはナナの美意識を感じ、関心した。
「いやぁ、それにしても、ナナさん午前中からいい調子でよかったですね!」
イツキもナナを真似して、いつもより少量のドレッシングで少しばかしかっこつけた。
「それなっ! 午前中の時点でちゃんと勝ってるとか、まじめずらしいんですけどっ! しかも、演出も"ムープ"が出てきて、めっちゃ可愛いかったしっ!」
ナナはスマホで撮影した先ほどの写真を眺めながら、午前中の当たりに
「てかさっ、イツキも早く当てておきたいよねっ! やっぱさ、せっかくなら2人とも勝ちの方が嬉しいじゃん?」
向けられた方もつい笑顔になってしまいそうな顔でナナは言った。
「そうですね。午後は僕も当てますから!」
ナナは自分のことも考えてくれている。そう思うと、イツキは勝ちたいというよりその思いに応えたくなった。その後も、2人はパチトークに水をやり、花を咲かせ、あっという間に時間は過ぎていった。
いつもと同じ良吉牛丼。全国どこで食べても同じ味のはずの牛丼。でも、イツキにとっては、ナナが奢ってくれたのとナナと一緒に食べていることが猛烈に手伝って、同じ食べ物とは思えないほど美味しく感じた。
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