第17話:2人の一番好きな台

 パチンコ屋"NESSEネッセ"にイツキが到着したのは、9時半手前頃であった。


 基本、10:00オープンのパチンコ屋は9:40あたりから入場順を決める抽選なるものが行われる。お店の前や駐車場に人がわらわらと集まり、店員さんが用意したタブレット端末か番号が記載された紙が出てくる機械で抽選が行われる。そこで割り振られた番号順に入場が行われるので、その日の人気台が良番の人から埋まっていくというわけだ。


 人気のパチンコ屋ではこの抽選の時点で数百人、時には千人以上が訪れることもあるため、朝の抽選時点でその日一番の引きが試されるといったシーンも多く見られる。


 イツキは抽選会場となっている立体駐車場の3Fへと階段で向かった。そろそろ抽選締め切り時間とあって、すでに多くの人が集まっていた。


 ひとりで来ている人、友人やカップルで来ている人、寝起きっぽい人、ビシッとキメている人、年代も格好も様々だ。でも、頭の中はみんな一緒。自分の狙い台とそれに座れる良番を引くことだけだ。たまに朝からやってくると味わうことができる、このワクワクピリピリした雰囲気がイツキは嫌いではなかった。


「おーーっ! 朝から来てんじゃんっ!」


 イツキがその場の雰囲気に浸っていると、後ろから元気な声が聞こえた。


 朝早いのに、バッチリ決まった髪とメイク。ふりたてのジャスミンの香水の香り。長い脚が際立つショーパンと透け感のあるシャツ。そんなナナが手をあげて、いつも通りのハーフアップの髪を揺らしながら、イツキの方にやってきた。あまり陽が当たらず少し暗いはずの駐車場がパァーっと明るくなるのが目で見て分かるようだった。


「あ、ナナさん、おはようございます。今日は暇だったので、試しに朝から来てみました。」


 イツキは数日ぶりのナナの存在感にやや圧倒され、さらに目のやり場にも困りながら、軽く会釈をした。


「そかそかーっ! そんなに早く私とパチンコトークしたかった!?笑 えっ! てかっ、今日スウェットじゃないじゃん! やばっ! めずらしっ! プレミア演出並みにレアじゃないっ!?」


 イツキの肩をぽんぽんと叩きながらも、ナナはイツキの服装の変化にすぐに気がついた。


「あ、そうなんですよ。ちょっと変えてみました。髪も多少セットしようと思ったんですけど、、ワックスがカチカチになってて。笑」


「あははっ、やばっ! それウケるんだけどっ!笑 新しいの、買わないとねっ!」


 女子が髪を切った時に誰かに気づいてもらえる嬉しさはこういう感じなのだろうか。小さな変化を気づき、コメントしてもらえたことにイツキは新鮮な喜びを感じた。


「イツキは、今日何狙い?」


 データサイトが開かれたイツキのスマホをナナがぐいっとのぞきこむ。そして、イツキの回答を待たずして、ナナはある提案をイツキに投げかけた。


「てかっ、せっかく朝から会えたんだしさ、並びで打たないっ? イツキが打つ台に合わせるからっ!」


「えっと、、ぼくはいいですけど、、ナナさんはそれでいいんですか?」


 少し前のイツキなら"並びで打つ"という誘いなんてきっと断っていただろう。しかし、いまのイツキはナナと出会ったことがきっかけで、人とパチンコを楽しむということを積極的に試そうと思っていた。


「いいのいいのっ! わたしはわりとどの台でも楽しめちゃうからっ! ちなみに何狙いだっけ?」


「今日は"森物語もりものがたり"をやろうかなって思ってます。」


「えっ! まじでっ? "森物語"!?」


「嫌でしたか……?」ナナの反応を見たイツキは少し不安そうな顔をした。


「わたし、"森物語"がいっちばん好きなのっ!! だから、嬉しくてっ!」


 良く見ると、ナナはきらきらした目で本当に嬉しそうな顔をしていた。イツキはナナの予想外の答えに驚きつつ、自分も大好きな、いや尊敬さえしている"森物語"をナナも一番好きだということがとても嬉しかった。


「ほら見てっ!! "森物語"の色んな演出を写真で集めてんのっ! やばくないっ? 結構あんだよっ!」


 ナナは興奮気味にスマホを取り出し、"森物語"と命名された写真フォルダをイツキに見せた。そこには、たしかに"森物語"の演出を撮影した写真がびっしりと並んでいた。


「まじですか…、これはすごいですね!」イツキはナナのスマホを覗き込み、本当に"森物語もりものがたり"が大好きなんだなと感じた。


 パチンコもスロットも非常にたくさんの機種が存在する。打ち手の好みも実に多様でそれぞれがそれぞれの好きな台をこよなく愛している。そのため、共通の台が好きだとわかるとそれだけで意気投合できてしまうのがパチンカー、スロッターというものだ。


 イツキもナナと好きな台が一緒だという事実に猛烈な嬉しさを感じつつも、どこか自分が肯定されたような気持ちにもなっていた。


「では、2人で"森物語"を狙いましょうか! そのためには、まず抽選で良番引かないとですね。」


「だねっ!!」


 狙い台が決まった2人は抽選の列に並んだ。時刻は9:37。抽選開始の9:40まで、カップラーメンを待つよりはるかに長く感じる3分を待ったのち、無事に抽選を済ませた。このお店の抽選は、ボタンを押すと番号が記載された入場券が発券されるタイプだった。


「"せーのっ!"で見せ合おうっ!」


「いいですよ!」


「せーーーのっ!!」


 2人は入場番号が書かれたレシートのような紙切れを同時に見せ合った。


 ナナは7番。イツキは12番。120人を超える並びがあった中で、この入場番号はかなりヒキが強いと言っていいだろう。


「見て見てっ! ナナだけに7なんだけどっ!」


 イツキはナナが隣で抽選ボタンを押した時に、ひとりニヤッとした理由がわかった。


「幸先いいですね! それに、この番号なら2人とも"森物語"に座れそうですね。」


「ねっ! わたし、入場の抽選はめっちゃ上手いんだっ!笑 パチンコでもこのくらいのヒキがあればなーっ。 とりま、また後でねっ!」


 ナナはそう言って、番号順に再整理される列に向かっていった。イツキも12番の紙を大事に握りしめ、列に加わった。ふと前を見ると、少し前に並んでいるナナの後ろ姿がとても眩しく見えた。


 今日はナナさんも当てて、"森物語"を楽しめるといいな。なんて、普段並んでいる時なら絶対に考えないようなことをイツキは心の中で思っていた。

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