第11話:煩悩と記念撮影

「21個はさすがにやばいって! ちょっと持たせてよっ!」


 そこまで大量の特別景品を持ったことがないナナは、頑張って両手で景品をかかえている男にリクエストしてみた。その目があまりにきらきらしているので、これはガチな要望だと察した男はナナにそーっと景品を手渡した。


「うわーっ!すごっ! もはや気分だけはパチプロなんですけどっ! てか、量多すぎて、両手でも持つのきついっ!笑」


 なんかすごい喜んでる……、と男は変な人を見つめる目で、ナナを眺めた。はたからみれば、人に景品を持たせて立っている男と景品を持たせてもらっただけでテンションぶち上げの変な2人組だった。


「SNSにアップとかしないから、写真撮っていいっ?」


 滅多に見られない演出や大量出玉を写真におさめたがるのは、パチンカーの習性といえばそうだ。今回のナナの場合は"人のもの"であるが。


「別にいいですけど…、」男は了承しながらも、両手が景品でふさがっている状態でどうやって写真を撮るんだろうと疑問であった。


 すると、「後ろのポッケに私のスマホ入ってるからそれで撮ってもらえるっ!?」とナナはくるっと後ろを向いた。男がナナの後ろ姿を見ると、すそが切りっぱなしで糸が出ているルーズなデニムショートパンツのお尻ポケットにスマホが入っていた。


浅いポケットなので、スマホが半分程度ポケットから飛び出ている。たしかに、これならナナのお尻にれることなくスマホ取り出せそうだが、男にとってはちょっとハードルが高すぎる……。


「え。いや、一旦僕が景品を受け取るんで、それを…」


「早く早くっ!」


「いや、でも…。」


「なんでっ? ここで景品ばらいたら大変だからっ! 早く撮っちゃおーよっ!」


 ナナの言っていることにも一理あると感じた男は抵抗を諦め、まるで初めてのものにれる猫のようなゆーっくりとした動きで仕方なくスマホに手を伸ばした。


(このセクシーなイベントは、いったいなんなんだ。おまけにTシャツも短いっ…。いやいやいや、しっかりしろ。これは、ただスマホを取るだけの簡単なお仕事だ…。)


 男は余計なことをなるべく考えないようにしながら、スマホだけをさわるように最新の注意を払った。ナナのお尻はスマホが取り出しやすいように、少し突き出されていた。男は親指と人差し指でスマホの端っこをつまみ、そーっと引き上げ、なんとか取り出しに成功した。


「おっけーっ! さんきゅっ! じゃ、撮影よろーっ!」


「あ、はい! じゃ、撮りますよ!」男はスマホをナナに向け数枚撮影した。


 すごいなぁ。自分は写真写りひどいけど、この人は写真の中でもすごい美人なんだなぁ、とパチンコ屋のやや薄暗い店内の中でも、美人度をキープしている写真の中のナナに男は驚いた。


「どれどれーっ、見せてみーっ! おーっ!いい感じじゃんっ!」


 ナナにとって、特に盛れている写真ではなかったが、記念に撮っておくのには十分なクオリティーだった。


「あ、でも、私を全身でいれると景品が小さくなっちゃうね! 景品アップでも一枚撮って! よろっ!」


「いいですよ。」男は再びスマホを構えた。


 男は軽い気持ちで応じたものの、こぼれないように胸元で抱き抱えられている景品にズームし、ふと気づいた。困ったことにナナの胸元あたりががっつりというほどではないが、服がふるくややセクシーなのだ。


(なんだ、このエロいアングルは…。この人は無自覚なのか、どうなんだ…。さては……!! こっちの反応を試して、からかっているんだな……!!)


 男は一旦スマホから目を離し、疑いの目でちらっとナナを盗み見るも、どうもそういった様子はなく、大量の特別景品にただただ目を輝かせているだけである。


(うーん、こうなるとなんだかこっちが変態みたいだ…。さて、どのくらいアップで撮ればいいものか…。)


 男はピントを合わせるためスマホをタップしようとするも、画面上でさえナナの体にれてしまうのはいけない気がして、つい躊躇ちゅうちょしてしまう。たった一枚の写真、だが男は無数のことを考えてしまっていた。


「全然テキトーでいいからねっ!?」


 一枚撮るのにやけに男がこだわりを見せていると思ったナナは男を気遣った。どうにか"程よい塩梅"だろうという一枚を撮り終えたころには、男の精神はだいぶすり減っていた。


「ありがとっ! まじでさんきゅっ! こんな日もなかなかないからさっ!」


 一方のナナは大満足だった。


「わたしにもこんなに勝っちゃう日が一度くらいあるとといいんだけどっ! いつもこんなに出してるの?」


 ナナは、こぼさないようにそーっと特別景品を男に返し、いま撮った写真を嬉しそうに見ながらたずねた。


「いえ、今日は比較的多い方ですね。当たらなくて、交換なしの日もありますよ。」


 いつも当てているものだと思っていたので、この男でも当たらない日があるんだ、とナナは少しばかし親近感を持った。


「へぇーっ、そんな日もあるんだねっ! じゃっ、換金して帰りますかっ!」


 2人が外に出ると、梅雨に向けて湿気を含み始めた生暖かい夜風が吹いていた。室内に長くいると、外に出たときに空気の匂いをより強く感じることができる。ナナはそんな空気を体いっぱいで感じるのが大好きだった。そこにはいつも季節や天候の匂いが織り交ぜられており、"今日という一日を生きている"感じがするからだ。今日もナナは大きな伸びと深呼吸をして、男と一緒に換金所に向かった。

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