第10話:演出のような可愛さ

「では、僕は帰りますね。」


 男は静かに立ち上がりながら、遊戯を続けているナナに一声をかけた。


 ナナはとても迷った。久々のパチンコなので、せっかくなら当たりを引くまで打ちたいところだ。一方、男に先日のことをちゃんと謝りたい気持ちもある。そこに追加して現在の時刻が21:40。地域によって若干の差はあるのだが、パチンコ屋の営業時間は基本的に10:00〜22:40となっている。


 ナナの大好きなアニメキャラが設定されているスマホの待受は21:41を数えた。残り59分。それまでに初当はつあたりをとって、連チャンをかます必要がある。いけるっちゃいけるかもしれない。ただ、ナナはひとつひとつの演出をちゃんと楽しみたい派なので、焦って打つのは気が進まなかった。


「待って!! わたしも帰るっ!! この上皿うわざらを打ち終わったら帰るから、ちょっと待っててっ!!」


 肘掛ひじかけの位置を元に戻し、エナジードリンクの空き缶やガムのゴミをまとめている男にそう言うと、男は驚き、きょとんとした表情を見せた。


「え……?」


「だから、わたしも帰るから、ちょっとだけ待っててっ!」


「あ、はい。わかりました。で、では、その辺ぶらぶらしてます。」


 男はたまたまナナが隣の台に座った程度だと思っていたので、まさか"待ってて"なんて言われるとは1ミリも思っていなかったのだ。


 10分くらいだろうか。男は気になるパチンコ台のデータパネルで出玉状況を見ながら店内を回った。ただ、ナナを待っているという謎の状況のせいで、いつもよりデータが頭に入ってこなかった。そうこうしていると、上皿うわざらを打ち終わったナナが、小走りでやってくるのが見えた。


「おまたせーーっ!! ちっとも、当たりませんでしたっ!! ちくしょーっ!!笑」


 …………なんだろう、これは。

 改めてナナの立ち姿を見た男はハッとせずにはいられなかった。こんなにも可愛くて、笑顔が素敵で、スタイルが良かったのかと。これまで、2回会った時は石をぶつけられた方に意識が向いていて、ナナのことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。


 とにかく、まるでパチンコの演出かのように、ナナはものすごいオーラを身にまとい、きらきら輝いているように見えたし、揺れる髪はスローモーションに見えた。男だけがそう感じたわけでもないようで、周りで打っている人たちの中にも、ナナのことを"ちらっ"と振り返り見る人は多かった。


 そんなナナが「おまたせーっ!」自分のところに小走りでやってくるのだ。男は急に緊張してしまった。あまりに非日常だ。男はさっきまで自分にしてはめずらしくはしゃぎながらナナの隣で打っていたこと思い出すと、さらに緊張せずにはいられなかった。もしも男がスマートウォッチをしていたなら、心拍上昇を伝えるアラートが間違いなく鳴っていただろう。


「どしたっ!? もう景品交換したっ!?」


 どう振舞ふるまえばわからずフリーズした男の顔の前で、ナナは負けた直後の人とは思えない明るいトーンの声で手を振った。ハンドクリームか手首に振った香水か。ジャスミンのようないい匂いがダイレクトに男の鼻に入り、男の言語機能にも支障をきたした。


「え、あ、まだですけど…。あ、なので、交換してきます…。」


「あははっ、大丈夫ーっ? おつかれモード突入的なっ!? わたしも精算あるから、一緒に行くっ!」


 景品カウンターまできた2人は慣れた手つきで交換と精算を済ませた。


「うわっ!! めっちゃ大量じゃん! やばっ!すごっ!」


 パチンコ屋では獲得した出玉に応じた"特別景品"との交換が可能である。特別景品とはプラスチックケースの中に純金が入っているというものである。だいたいパチンコ屋の近くには換金所があるので、それをそのまま持って行けば、現金と交換してくれるというわけだ。


 5〜6個程度の特別景品と交換している人が多い中、男はナナが隣にくる以前から何度も当てていたので、特別景品の量は21個と大量だった。

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