不良品の僕がヒーローになるまで
へどろいど
第1話 少年とお巡りさん
人々が携帯電話を持つようになってからどれだけの時間がたったのだろう。自動車もバスも、レジも、この世のあらゆる機械が人の手を借りることなく動いている。
飲食店に入れば、本物そっくりのホログラムが投影されたメニュー表が出てくる。そして、注文した食べ物を運んでくれるのはロボットたちだ。
2050年、世の中には数多の機械が忙しなく動き、人々は多くのことを己の手で行う必要のない時代になっていた。
海沿いの坂道を一台のバスが走っている。バスは一定の速度で走行を進め、1秒のずれもない時間に決まった停留所で停車をして人々を乗せていく。
バスの上部には「海鳥小学校スクールバス」と表示された細長いモニターが見える。どうやらこのバスは登下校に利用されるスクールバスのようだ。
バスは7時45分丁度にバス停前に停車し、バスを待っていた生徒たちがぞろぞろとバスへ乗車していく。停留所にいた生徒たちが全員乗車したことを重量センサーとバスに取り付けられたカメラが認知し、バスのドアが閉まる。
安全に乗車扉を閉めたバスがは、排気ガスを吐き出すことなく、バスは道路を進んでいった。だが、そんなバスを後ろから息を切らして追いかける少年の姿がそこにあった。
「待ってくれーーーっっ!!!!!」
少年の叫びもむなしくバスは走り続ける。
「10分!いや15分寝坊しただけなの!置いてかないでくれーーー!遅刻する!!」
少年の目に小さくなっていくバスの後ろ姿が見える。走るのをあきらめた少年は肩を大きく上下させながらつぶやいた。
「き...機械は人のために動くものだろ...それが...なんでだよ...いいじゃん...少しくらい待ってくれても...」
少年は肩をガックリと落し、ため息をついた。そんな彼の目の端に、うずくまる一人の男性の姿が目に移った。男性は苦しそうに顔をゆがめつつ、自分のお腹を痛みに耐えるようにして抑えている。
「大丈夫ですか!?」
すかさず少年は男性のもとへと駆け寄った。だが、不安げな表情で彼を心配してくる姿を見た彼は、急に顔色を変えて少年へこう言った。
「平気だよ」
そう口にした彼の顔は青ざめており、下腹部に力を入れてプルプルと震える彼の姿はとても「平気」な風には見えなかった。一体なぜ彼がこんな状態になっているか、とても気になるところであったが、それどころではなかった。
「お兄さん、俺がおんぶしていきますよ!さあ、乗ってください!」
少年はそう告げると、彼に背中を向けておんぶの準備をした。
「い、いいのかい...?でも君、学校は...?」
「大丈夫です、もう遅刻したようなものなので!」
実はさっき乗り過ごしたバスが朝の時間帯の最終便であった。そのため、少年はここで男性を送ろうが、徒歩で学校へ向かおうが、遅刻することに変わりはないのだった。
少年は自嘲気味の顔になり、(もうどうあがいても遅刻なんだ、せめて人助けをして先生に叱られよう。)と心の中でつぶやいた。
そんな少年の姿を見て、男性も何かを悟ったのだろう、「ありがとう,,,。本当にありがとう。」とお腹をさすりながら答え、少年の背中にしがみついた。
少年は男性を背中へ乗せて走り出す。どこか悟った表情の男子児童が苦しそうな成人男性を背負って走っている姿は、とても奇妙なものだった。
少年が数歩進んだところで不意に立ち止まり、何かに気が付いた表情で男性に尋ねた。
「そういや、どこに向かえばいいんですか?」
それから30分ほどの時間が過ぎ、少年たちは坂の下にある交番にいた。少年は男性になるべく衝撃を与えないようにゆっくりと背中から降ろした。
「ありがとう…君、本当に助かったよ」
男性は冷や汗をかきつつ少年へ感謝の言葉を述べ、ぺこりと一礼した。少年は照れくさそうな顔で「気にしないでください」と返した。
だが、男性の腹部からバイクのエンジン音にも似た、おぞましい音が鳴ると同時に、彼は口の端をゆがめて口を開いた。
「うぐ!ご、ごめんよ」
男性は礼をした体制のままで交番の中へと入って行った。もうすでに限界が近かったのかもしれない。
(あんなお巡りさんもいるんだなぁ)
少年はぼーっと彼のことを考えつつ固まっていたが、ふと我に返り、交番に踵を返して走り始めた。そう、彼はスクールバスに乗り遅れた上に見知らぬ男性を背負って交番まで来ているのだ。間違いなく遅刻である。
ただ、バスに乗り損ねた直後の暗い表情は消えており、少年の顔は明るい表情そのものであった。人助けは気持ちがいい、そう言いたげな心の内が彼の表情に表れていた。
ほどなくして、海鳥小学校では朝のホームルームが行われていた。海鳥小学校は坂を下った先にあり、海のよく見える小学校であった。
若い男性の教師が生徒の名前を一人ずつ呼び上げ、生徒たちが「はい」と返事を返している。
「じゃあ、まずは...茜くん、茜アオイくん」
教室が静まり返る。
「あれ?アオイ君?いない?連絡は来てないんだけど...みんなは何か聞いてないですか?」
教師が問いかけると、眼鏡をかけた一人の真面目そうな女子生徒が口を開いた。
「先生、いつものバスには茜君は乗っていませんでした」
「そっか...。不安だからホームルーム終わったら家に電話してみますね。連絡ありがとうございます、白鳥さん」
そう言われ、白沢さんと呼ばれた女子生徒が恥ずかしそうに眼鏡の位置を直した瞬間だった。教室の扉が急に開いた。
「先...生...、すみません...遅れました...ごめんなさい...」
先ほどバスに乗りそびれた少年の姿がそこにあった。
「アオイ君!よかった、心配したんですよ。遅れるなら連絡してくれてもよかったのに」
教師はほっと胸をなでおろした表情で、彼に話しかけた。
「ごめんなさい、普通に...寝坊しちゃって…(あと人助けもしたんですけど)、自分の責任だと思って…走ってきちゃいました…。迷惑かけちゃってすいません…」
少年は息を整えつつ口を開いた。そんな少年の姿を見てひとりの男子生徒が叫んだ。
「ぎゃはははは!アオイが外靴のまま入って来てるぜ!!しかもウンコついてら!ぎゃはははは!!」
少年は急いで足元を確認した。そこにはやや不快臭のする物体を踏みつぶしていたであろう外靴と、そこから伸びる自身の足がある。
「………」
無言のまま少年は膝から崩れ落ちた。
──そのころ、交番では先ほどアオイのおかげで事なきを得た警察官がパトロールの準備をしていた。交番は、民間人の対応をするための部屋と、書類の保管や落とし物を一時的に預かっておくための二つの部屋に分かれていた。
彼は鼻歌を奏でつつ、入り口から見て奥の部屋に行き、机の上のカギを手にした
。そして、交番の入り口の正面にある机に置いてあるホログラムを起動させ「現在パトロール中」の立体映像を投影させた。
「今時、キーで車のエンジンを始動させるなんて珍しいよな~、指紋認証か静脈認証でいいと思うんだけどな………間違って鍵落っことしちゃったら怖いし…」
そう呟きつつ交番のドアを閉め、パトカーへと乗り込んだ。そして、今朝、自身を背負って走っていた少年のことを思い出し、笑みをこぼした。
「お巡りさんといえども、こんな見知らぬ男を助けてくれるなんて、いい子もいるもんだ、世の中悪い人ばっかりじゃないってことだな…」
そんな独り言を言いつつ、彼はふと何かに気が付いた様子で顎の下に手を当てた。
(よく考えたらあの子って……)
彼は何か違和感を感じたまま、パトカーを発進させた。
「…名前でも聞いておくんだったな」
その後、彼の車に向けて一本の無線が入ることになるのだが、彼自身はそれがまた彼と少年を出合わせるきっかけになるとは微塵も予想していなかった。
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