第11話 ペン子、信念を貫く

きみが? いやいやいや……危ないから、早くこの場から去った方が良い」


 可愛らしい衣服に身を包んだ、か弱い女の子と判断されたのだろうか。

 ペン子の申し出に対して、それはないと言わんばかりに手を左右に振りながら否定するアヴェンスと呼ばれていた男。


「あっ! もしかして、私のこと何にも出来ない役立たずペンギンだと思ってる? 失礼だなぁ!」

「いや……ペンギンとすら思っていないというか」

「大丈夫。私、他のペンギン族より劣っているところは沢山あるけど、こう見えて結構鍛えてるからねっ!」

「気持ちは有難いが、止めておいた方が良い。きみだって、こんなところで死にたくはな……」


 そこまで言葉をつむぎかけた彼は、何かに気付いたかのように目を大きく見開き、ペン子の顔をじっと見つめる。

 ――なんで死線領域こんなところにいるんだ、と言わんばかりに。


「ペン子様。お心遣い、感謝いたしますわ」


 あごに手を当てながら長考を始めたアヴェンスを他所よそに、フィエナと呼ばれた少女はペン子の方を向き直り、震える足を必死にとどめながら口を開く。


「ですが、これは我々の戦い。何の関係もないあなた様を、これ以上勝ち目の薄い、危険な戦いに巻き込むわけにはいきませんわ」

「そんなこと……」


 確かに、島を追い出されたペン子としては、早いところ次の移住先を探すのが最優先であり、こんなところで寄り道をしている暇はない。

 ましてや獰猛どうもうな魔物と戦う危険を冒してまで、彼女らを助けるメリットがないのは、誰が見ても明らかだろう。

 

「あなた様の卓越した泳ぎであれば、この場から難なく逃げ切ることが出来るでしょう。我々が戦っているその隙に、どうかお逃げくださいませ」


 フィエナは柔らかい微笑びしょうを浮かべながら、ペン子の身を案じ安全な場所へ避難するように説得を続ける。

 こんな状況におちいれば、誰でも良いからすがりたくなるものだが、彼女からは虚勢を感じない。

 自分を犠牲にしてでも、誰かを助けたい……そんな心からの想いが、自然と伝わってくる。


「元々はあなた様に救われた命。たとえこの身が散ろうと後悔などありません。ですから……」

「ダメだよっ!」


 そんな弱気になっている彼女の言葉を遮って、ペン子は鋭く声を響かせながら否定する。


「そんなの、絶対ダメだよっ! 誰かを犠牲にして自分だけ助かっても、そんなの絶対後悔するに決まってる! それに、まだ負けるなんて決まってない! どんなに辛い状況に陥っても、心の底から仲間を信じて乗り越える……私たちペンギン族だったら、絶対そうするよ!」


 ペン子は一気いっきまくし立てる。

 本物になると決めた、あの日から。

 ペンギン族の誇りを汚すような真似を、自分自身が許すはずがなかった。

  

「だから、私を信じて! 今の私たちは出会ったばかりで、仲間と呼べる間柄じゃないかもだけど、助けてあげたいって感じたこの気持ちに、嘘偽うそいつわりはないから!」

「ペン子様……」


 一点の曇りのない真剣な瞳で語るペン子の勢いに、思わず圧倒されるフィエナ達。

 そんな時、船首の方向から海面を叩きつけるような音と共に、天高く水しぶきが上がる。

 それが合図と言わんばかりに、船の揺れが徐々に勢いを増し、舟艇の軋む音が強くなっていく。


「隊長、奴がすぐそこまで来てます! これ以上は食い止めれません!」


 そうこうしている間も遠距離魔法で応戦していた兵士達だったが、巨体を食い止めるにも限界が近づいていた様子だった。


「……フィエナ様。ここは一つ、この子に賭けてみませんか? 今の我々だけでこの状況を打開するのは、正直言って厳しいでしょう」


 彗星の如く現れたペン子に、何かしらの可能性を見出したのだろうか。

 アヴェンスはペン子の助力を受けることを進言する。

 その言葉を聞いたフィエナはわずかに逡巡しゅんじゅんしたが、観念したかのように吐息をゆっくりと吐き出した後、言葉をつむぐ。


「……ペン子様、一つ勘違いしないで頂きたいことがあります。私は決して、あなた様を信頼していないことを理由に、この場から遠ざけようとしたわけではないのです」


 腰まで届きそうな金髪を揺らしながら、ペン子の一歩前へと歩み寄るフィエナ。

 白を基調とした華やかなドレスは、海水に濡れ委縮したかのように縮こまっていたが、彼女の後姿からは高貴さというものが伝わってくる。


「ただ、失いたくないのです。自分にとって大切な人を、もう二度と」


 フィエナは目の前の景色ではない、どこか遠くを見つめながら、心のもやを吐き出すように呟く。

 背中越しのため確かな情報は読み取れないが、彼女の声には後悔や罪悪感といった感情をにじませていたように思えた。


「ですから――」


 ペン子が本能的にそんな感情を感じ取っていると、フィエナはドレスを花が咲き誇るかのように回転させながら振り向き、ペン子の正面に歩み寄る。


「どうか、我々に勝利をもたらしてくれませんか、私の救世主様」


 彼女はペン子の目を真っすぐに見つめながら、ゆっくりと手を差し伸べる。

 迷いを断ち切り、覚悟に満ちた瞳。

 先ほどまでの弱腰の少女は、もういなかった。


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