第3話 ペン子、海を渡る


「さて、どこに向かおうかなー」

 

 ペン子は自分の向かう先をどうするか考える。

 セレスティア海――通称、「セレスの涙」と呼ばれている海洋は、多くの海洋生物の生息地帯となっていた。

 遥か昔、創造神セレスが生物の絶え間ない争いに嘆き、地表を涙で埋め尽くしたという逸話から名付けられたという。

 

「とりあえず、南に進んで中央海域に向かうのが良いよね」


 セレスティア海は大きく中央海域・東海域・西海域・南海域・北海域に分かれており、ペンギン族の住む氷山島は北海域に位置している。

 ひとまず暫定の進路に設定したペン子は、暗闇の海を勢い良く泳ぎ始める。

 これから徐々に陽光が差し、海中が色鮮やかに彩られていくが、まだ視界が良好とは言えない明るさである。

 普通の人間が泳いでいれば視界不良で位置を見失いかねないが、ペン子は海中を迷うことなく進んでいく。

 

 ペンギンという種族はエサを採るために暗い海に潜ることは日常茶飯事であり、そうした環境に適した眼を持っている。

 ほんの僅かな月明りや星明りさえあれば、深海においても視界を失うことはないのである。

 もちろんペン子も例外ではない。

 泳ぎが誰よりも苦手だった彼女は、夜の海でいつも居残り練習をしていた。 

 そのおかげか、彼女は明かりのない深海でも位置や距離感を把握することができる能力を自然と身に着けていた。

 

 泳ぎ始めてから数時間。

 軽快に泳ぎつつも、ペン子は次の移住先をどうするか考えていた。


「やっぱりイルカ族にお願いするしかないよね。事情を説明して、ドルチェちゃんのお家にしばらく泊めてもらうかな」


 イルカ族の少女であるドルチェは、ペン子とは昔からの親しい間柄であった。

 高度なコミュニケーション能力を持ち好奇心旺盛なイルカ族は他の部族に対しても寛容であり、ペン子に対しても友好的に接してくれていた。

 ずっと滞在させてもらうのは難しいと思われるが、一時的であればきっと歓迎してくれると考えたペン子は、イルカ族の縄張りである三日月島へと進路を変更する。


「お土産にいっぱいお魚持っていって、夜までお喋りしよう。あ、そういえば前に気になる男の子がいるって言ってたけど、上手くいったのかな。今日こそ問い詰めなくっちゃね!」

 

 そんな女子会テンションで浮かれつつ泳いでいると、自分が予定していたルートよりもわずかかにれるいることに気が付く。


「おっと、危ない危ない。死線領域デッドラインに入らないようにしないとっ」


 魔物が生息する領域、通称「死線領域デッドライン」と呼ばれる区域は、セレスティア海の中央海域から東海域にかけて大きく広がった領域のことである。

 この領域には危険な魔物が生息しており、戦う力を持たない生物が入り込めば、

瞬く間に捕食されてしまう区域として恐れられていた。

 通常の海洋生物同士であれば対話などにより交渉を持ちかけることは可能だが、

魔物は本能のままに襲うため、遭遇してしまえば戦いは避けられないだろう。

 危険だから絶対に近づかないように、と島の大人たちからは言われており、好奇心旺盛なペン子でさえも入ったことはなかった。


「ここに留まるのは危ないから、早く移動しなきゃ」


 そう思い、ペン子が迂回しようと方向転換しようとした瞬間――

 

「キェエエエエエエエエエエエエッ!」


 突然、不気味な雄叫びが海中に響き渡る。

 恐ろしさのあまり、ペン子は一瞬その場に固まってしまう。

 それと同時に、爆撃音のようなものが次々と鳴り響き、彼女は我に返る。


「な、何の音!?」


 一度海上に出て辺りをキョロキョロと見回していると、音の出どころは死線領域デッドラインの方からだと気づく。

 どうやら近くまで魔物が来ており、捕食対象に対して攻撃を仕掛けているようである。


「見つかる前に早く逃げないと……!」


 ペン子は急いでその場を離れようとしたが、爆撃音に交じり複数の会話がするのを聞き逃さなかった。

 会話の内容までは分からなかったが、魔物の襲撃に対して焦りや不安の感情が含まれているのを感じられた。


「誰かが襲われている……?」


 魔物と魔物の争いであれば言語を発することはないだろう。

 となれば、一般生物が襲われている可能性が高かった。


「どうしよう……怖い……けど」

 

 ペン子は左手を胸に当て、ゆっくりと目を閉じながら、深呼吸を行う。


「ペンギン族の掟その4。『ペンギンたるもの、困っている者を見捨てることなかれ』。ここで逃げたらペンギン族として恥だよね!」 


 ペン子は両手でぎゅっと強く握りしめ、自身の奮い立たせる。


「待ってて!今助けるから!」


 腹をくくったペン子は、死線領域デッドラインに勢いよく飛び込んだ。

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