第6話 ドキドキ初任務

 この伊甲学園では、第一学年時では序列は無く平等にクラス分けがされる。しかし、二年時からは生徒の成績に応じてクラス分けがされる。

 優秀な生徒は松クラス。松の次が竹クラス。

 そして、忍び失格の烙印らくいんを押されたものが梅クラスといった感じの分け方だ。


 もちろん、結果を残せばクラスを移動することが出来る。

 だけど、一度梅に落ちたものが竹や松に戻れることは殆ど無い。


 それ故に二学年以上の梅クラスの生徒は見下される……というのがナナシさんの話だった。


 ちなみに、生徒が所属している学年とクラスは着用している制服に入ったラインの色と胸についた印で分かるらしい。

 例えば二年の松クラスなら、緑のラインが入った制服で胸には松の木の印が入っている。


「それにしても、まさか斎藤君が落ちこぼれとはね」


 話を終えたナナシさんが去り、テーブルには僕と斎藤君の二人だけになっていた。


 正直に言うと、一番驚いたのは斎藤君が落ちこぼれ扱いされたことだった。

 僕は斎藤君のような人は何処どこへ行っても集団の中心で輝かしい生活を送るのだろうと思っていた。


「はは。才能が無かったんだよ」


 自嘲じちょう気味な笑みを浮かべる斎藤君の表情からは哀愁あいしゅうがにじみ出ていた。


 うーん、なんと声をかけたものか。


 悩んでいると、僕と斎藤君が使っているテーブルの上に食器が乗ったトレーが二つ置かれた。

 顔を上げると、そこにはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた二人の男子がいた。


「悪いが、俺たち松クラスの生徒は忙しくてなぁ」

「代わりに片づけといてくれよ。なぁ、落ちこぼ――「やっておいたよ」お、おう。早いな」


 お願いされたので早々に片づけておいた。

 反復横跳びが得意な僕には簡単なことだ。


「じゃあ、斎藤君お昼も食べ終えたしいこっか」


「あ、ああ。そうだね」


「ちょっ、待ッ――」


 これ以上絡まれるのも面倒なので足早にその場を後にした。


「現実にああいう人たちいるんだね」


「この学園は実力主義だからね。仕方ないよ。まあ、あそこまで露骨ろこつなのはさすがにどうかと思うけど……」


 実力主義か。

 軽い気持ちでこの学園に通うことにしたけど、もしかするとここは僕が思っているよりもずっと厳しい世界なのかもしれない。

 これは強い覚悟を持って学園生活を送らなければならない。


 心機一転、これからの学園生活に対する決意を固めたときだった。


『二年梅組、服部鳶尾。至急職員室横の談話室に来い』


 キリちゃん先生の声が廊下にあるスピーカーから聞こえてきた。


「斎藤君、僕はキリちゃん先生に呼ばれたから急いで行ってくるよ」


「ああ、うん。急ぐのに反復横跳びの構えなんだ……」


「知らないの? これが一番早い移動方法なんだ」


「多分君だけだよ」


 少し疲れた表情の斎藤君に別れを告げ、僕は談話室を目指した。





「失礼します。服部鳶尾16歳、ただいま到着しました」


 勢いよく談話室に飛び込むと、中にはキリちゃん先生とナナシさんがいた。

 この学園に来て僕が最初に会話した二人だ。

 そして、僕がこの学園で仲がいい人ベスト3に入る二人である。ちなみにあと一人は斎藤君だ。


 ここまで僕と仲のいい人が集まったのは流石さすがに偶然ではないだろう。


「もしかして、これから僕の歓迎会とかですか?」


「違う。バカなことを言っていないでさっさと座れ。これから貴様らに課せられた任務の説明を行う」


 任務? 任務というと朝にキリちゃん先生が言っていたことだろうか。


「「ちょっと待ってください」」


 気になることを質問しようとしたところで、ナナシさんと声が重なった。


「おお、気が合うね。やっぱり僕ら仲良しじゃない?」


 ナナシさんは僕を無視して食い気味にキリちゃん先生に詰め寄った。


「納得出来ません。なぜ、私がよりにもよって編入生と組んで任務に向かわなければならないのですか?」


「貴様が文句を言うとは珍しいな。だが、これは決定事項だ」


「ですが」


「一流の忍者を目指すというなら、相方が誰だろうと結果を残すべきだと思うがな」


「そーだそーだ。梅組差別反対」


「「貴様(あなた)は黙ってろ(て)」」


 わあ、息ピッタリ。


「納得は出来ませんが、理解はしました。その代わり、今回の任務で結果を残せたときには今後の相方はこの人以外でお願いします」


「そうだな。それは私ではなく上が決めることだが……その時は上に進言くらいはしてやろう」


「よろしくお願いします」


 若干空気はピリついていたけど、話は終わったみたいだ……と思ったらナナシさんが僕の方に視線を向けてきた。


「一つ訂正しておきますが、私は梅組の生徒だからといって差別はしません」


「え、でも僕の相方は嫌だって……」


「それは単純にあなたが嫌いだからです。あなた以外であれば、それが梅組の生徒であろうと喜んで任務にあたります。そこのところ勘違いしないでください」


 わあ。そんな真実は知りたくなかった。

 いや、ここはプラスに捉えよう。相手に嫌いとはっきり言えるということはよくいえば、遠慮のない関係ということである。

 

 それに、こんな言葉もある。「嫌よ嫌よも好きのうち」と。


 僕が気を取り直していると、キリちゃん先生が僕の方に体を向けた。


「で、貴様はなんだ?」


「任務については放課後って言ってたと思うんですけど、なんで昼休みに集められたんですか? あと僕は今後の任務もナナシさんとペアで構いませんよ」


「依頼主の要望に変更があってな。それに伴い様々な手続きが必要になった。貴様らを予定より早く呼んだのはそれが理由だ。ペアについては上の方に進言しておこう」


 ナナシさんの方を見ると、案の定しかめっ面になっていた。

 とりあえず微笑んでおいた。


「質問は以上か? なら、本題に入る。先ずは手元の紙を見ろ」


 キリちゃん先生の指示に従い、紙を見る。

 紙には色々な情報と、一人の美少女の顔写真が貼ってあった。


「今回、貴様らには都内の多幸たこう学園に転校生として通ってもらう」


「え、僕編入したばかりなんですけど……。なんなら、さっき学園生活頑張るぞって気合入れたばかりだったんですが」


「貴様の事情など知らん。なら、転校先で気合を入れなおせばいいだろ」


「確かにそうですね」


 言われてみればその通りだ。

 どこかの偉い人も言っていた。

 「置かれた場所で生きなさい。それがドブの中ならドブネズミのように美しく生きなさい」と。

 さすがにドブの中は嫌だな。


「話を戻すが、今回の任務はとある宗教団体の調査だ。団体名は『最幸さいこうの会』。都内を拠点に活動する胡散臭い連中だ」


「それは最高ですね」


「つまらないギャグはやめろ」


 そんな……! 僕の渾身こんしんのギャグが……!


「どうしてその『最幸の会』の調査を?」


 僕が己の弱さに打ちひしがれていると、ナナシさんがキリちゃん先生に問いかける。


 確かに。胡散うさん臭い宗教団体など数多くあるだろうにどうしてこの『最幸の会』を狙うのだろう。

 ま、まさか、キリちゃん先生が親父ギャグ嫌いだから?


「薬だ」


「麻薬、ということですか?」


 と、ナナシさんが聞き返す。


「そうだ。しかもただの麻薬じゃない。この『最幸の会』は忍びの世界でしか流通していなかった麻薬を使用し、信者たちを薬物依存症にしている疑いがある」


 キリちゃん先生の言葉にナナシさんが目を大きく見開く。

 きっとここは驚きポイントに違いない。


「な、なんだってー」


 どひゃーと両手を挙げて驚いてみせるが、キリちゃん先生もナナシさんもスルーだった。

 寂しくなんかないもん。


「つまり、私たちはその『最幸の会』がその麻薬を使用しているかどうかを調査し、使用していた場合はその証拠を押さえる、ということですか?」


「その通りだ」


 なるほど。

 なんか本当に忍者っぽいな。今から緊張してきた。


 あれ、でもちょっと待てよ?


「どうした? 服部。なにか気になることでもあるのか?」


「いや、僕たちが調査するのは宗教団体ですよね?」


「そうだ」


「じゃあ、どうして高校にわざわざ転校生として通う必要があるんですか?」


「いい質問だ。褒めてやろう」


「やっほい。ナナシさんも褒めていいよ」


「調子に乗らないでください」


 ナナシさんは褒めてくれなかった。

 残念。


 落ち込む僕をよそに、キリちゃん先生は紙に写っている美少女の写真を指差す。


「こいつは最神美幸もがみ みゆき。多幸学園の二年生にして、『最幸の会』の最高指導者である最神幸穂さちほの一人娘だ。そして、『最幸の会』では神の声を聞くことが出来る巫女として崇められている」


 神の声を聞けるだって?

 それは凄い。じゃあ、もしかして「今日の晩御飯はなんですか?」「カレーです」みたいな会話を神とすることが出来るということだろうか。


「貴様らにはこの最神美幸の同級生として彼女に接触してもらう。そして、どうにかして『最幸の会』の内部に潜り込み、証拠を掴め」


「はい」

「あ、はい」


 ナナシさんに一拍遅れて返事をする。

 キリちゃん先生も静かに頷いた。


「話は終わりだ。既に転校手続きは済んでいる。各自必要な荷物を寮から持ち出し、地図が示す場所へ向かえ」


「「はい」」


 よし、今度は返事を揃えることが出来た。


 ナナシさんと共にキリちゃん先生もに一礼する。そして、部屋を出ようとしたところでなぜか僕だけ呼び止められた。


 仕方ないので部屋に残り、ナナシさんを見送ってからキリちゃん先生に顔を向ける。


「なんですか?」


「……今回の任務は本来学生の手に負えるものではない。少なくとも私はそう思っている。最大限の注意を払って任務に当たれ。そして、『最幸の会』の裏に潜む組織に気をつけろ」


 どうやらキリちゃん先生は僕に注意喚起したかったらしい。

 だけど、それならそれで気になることがある。


「どうして僕だけに言うんですか?」


 まさかとは思うが、キリちゃん先生はナナシさんを疑っているのだろうか。

 それとも、僕の実力を見込んで陰からナナシさんをサポートしてあげて欲しいと、そういうことだろうか。


 どちらにせよこの任務でキリちゃん先生が僕に期待していることは間違いない。

 なら僕はその期待に全力で応え――。


「貴様がバカっぽいからだ」


「え」


「貴様がバカっぽいからだ」


「なんで二回も言ったんですか?」


「なんだ? 私の言っていることが理解できないという顔をしていたからもう一度言ったのだが、違ったか?」


「いや、違いませんけど……」


「ならいいだろう。ほら、分かったらさっさと行け」


 しっしっと虫でも払うかのように手を振るキリちゃん先生。


「……くっ。こんなにバカにされたことは初めてです。僕をバカと言ったこと、後悔させてあげますよ」


 こうなったら転校先のテストで高得点を取り、「服部凄いぞー! 私が間違っていた。貴様は天才だー!」とキリちゃん先生の口から言わせてやる。

 そうすればきっとナナシさんだって、「服部君、いや鳶尾君。凄いわー。惚れたわー」となるに違いない。

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