反復横跳びを極めても分身の術は使えない
わだち
プロローグ はじまりの反復横跳び
「
「先輩、来週の土曜ちょっと付き合ってくれませんか?」
「
中学二年時のある日、僕は三人の少女に告白された。
付き合ってくださいと言われたのだ。告白に決まっている。
しかし、困ったことに僕の身体は一つしかない。
三人の少女はそれぞれクラスメイト、部活の後輩、委員会の先輩でよく話す相手だった。
僕は迷った。
誰かを選べば他の二人が涙することは想像に
だが、僕は彼女たちを悲しませたくなかった。
ああ、神よ。なぜ僕の身体は一つしかないのだろうか。
もし僕の身体が三つあれば、あるいはアニメに出てくる忍者のように分身できれば三人と付き合うことが出来るのに。
その日は体力テストの日だった。通常なら、少しでもいい結果を残そうと必死になるのかもしれないが、僕の頭の中は三人への答えをどうするかでいっぱいだった。
そんな中、僕の耳にクラス1のイケメンで運動神経抜群の斎藤君とその友人の会話が飛び込んできた。
「うおお!
「ははっ、大げさだなぁ。残像なんて見えないよ」
「いや、マジだって! まるで忍者だったぜ」
「ふ、ふざけるな! 僕が忍者の
「ぐえっ……さ、斎藤、首しまってる……」
「僕は忍者じゃない!! 分かったかあああ!!」
「す、すまねぇ……だから、首緩めて……」
「僕が忍者の末裔で人知れず、陰でこの世界の平和を守っている忍者なわけないだろおおお!!」
「ちょっ、投げないでえええ!!」
斎藤君が友人の首を絞め、投げ飛ばす。周りの友人たちはそれを見て、慌てて斎藤君を止めに向かっている。
そんなことより、だ。
今、確かに僕の頭にガツンとした衝撃が響いた。
これだ。反復横跳びで残像が見える。
ならば、反復横跳びを極めれば分身出来るかもしれない。
「いてて……わ、悪い! 服部だったよな? どこかぶつけてないか?」
斎藤君に投げ飛ばされ、僕とぶつかった友人がなにか言っているが、それどころではない。
「決めた」
「お、おう? なにをだ?」
「僕は反復横跳びで分身する」
「は?」
「こうしちゃいられない。早速鍛錬しなくては」
「お、おい。服部? ちょっ! 先生! 服部がやばいです! なんか、よくわからないけど多分重症です!!」
この後、一人で反復横跳びをしていると先生たちに保健室に連行された。
僕は至って真面目に反復横跳びで分身したいという思いを説明したが、先生たちは
帰り道、もちろん僕は反復横跳びをした。
一時間が経過した辺りで先生がやってきた。一時間も反復横跳びしている僕に追いつくとはただものではない。恐らく急いで僕を追いかけたのだろう。
「服部、なにをしている」
「はい。先生に言われた通り、帰宅中です」
「反復横跳びでか?」
「はい」
先生はなぜか額に手をつき、深いため息をした。僕が見てきたため息の中でも間違いなく一番の深さだ。
「服部、よく聞け。反復横跳びは同じ場所を何度も往復するだけだ」
「つまり、どういうことですか?」
「反復横跳びで移動することはできない」
冷静に周囲を見渡すと、確かに僕は校門の前から少しも移動していなかった。どうやら僕は家に帰っていると思い込んでいただけだったらしい。
「ガーン!」
「先生、それを口で言うやつ初めて見たぞ。あと、反復横跳びで帰ろうとするやつを見たのも初めてだ」
「先生の初めて、奪っちゃいましたね」
「まさか生徒に、それも男子にそんなセリフを言われるとは先生も思っていなかったよ。ほら、さっさと帰れ」
「はい」
先生は右に3ステップ、左に2ステップなら移動できるぞ、というアドバイスを言い残して校舎に姿を消した。
さすがは先生だ。僕よりも色々なことを知っている。
先生に言われた通り、ステップを踏みながら僕は帰宅した。家に着くころには筋肉が悲鳴を上げ、分身はおろか小学生にさえ抜かれるスピードのステップになっていた。
まだまだ修行が足りない。
だが、目標が定まればあとはそこに向けて
この日を境に、僕の反復横跳びライフは幕を開けた。
雨の日も、風の日も、近所の小学生に「怪人カニ男」と呼ばれる日も、同級生に白い目で見られる日も僕は反復横跳びをした。
気づけば一週間が過ぎ、一か月が過ぎ、一年が過ぎた。一年反復横跳びをし続けた僕は薄々とある真実に気づいていた。
そう、反復横跳びで分身は出来ないのだ。僕ごとき普通の人間では精々残像を生み出すことでいっぱいいっぱいだ。
結局、僕は三人の少女の中から一人を選ばなくてはいけなかった。
だから、僕は残酷な真実を伝えるべく三人を屋上に呼び出した。
「
「先輩、早くしてください」
「服部くん、早めにお願いします」
どこか気だるげな三人に向けて僕は頭を下げた。
「ごめん。僕に力があれば君たち一人一人を満足させることができたと思う。でも、僕には無理だった」
僕が分身出来れば皆が僕と1対1で付き合えた。でも、未熟な僕ではそれは不可能だった。
三人の「なにを言っているんだこいつは」という
彼女たちにこんな表情をさせていることが情けない。
既に最善の結果にならないことを彼女たちも僕も知っている。
それでも、僕は僕に告白してくれた彼女たち全員を幸せにしたい。この気持ちに嘘は無い。
だから、分身は出来ないけれど僕はこの気持ちを込めて、彼女たちに手を差し出した。
「弱い僕だけど僕なりに皆を幸せにはしたい。だから……皆さんがよければ、ハーレムとかどうですか?」
「「「は???」」」
***
結論から言おう。僕はフラれた。
そもそも、彼女たちが僕を誘ったのはおよそ一年前だ。フラれて当然だった。
しかも、どうやら彼女たちが僕を誘ったのは荷物持ちとか好きな人へのプレゼント選びの手伝いとかだったらしい。今では三人とも彼氏がいるようだ。
『てか、あの時の返事が今なの? 遅すぎでしょ』
それが彼女たちの最後の言葉だった。
僕はとんだピエロだった。
しばらくの間、何もする気が起きなかった。近所の小学生は反復横跳びをやめた僕を見て、「つまんねーの」と呟いた。
いつだか僕と激突した同級生は僕に抱き着き「よかった! 本当に、元に戻ってよかった……!!」と泣いていた。
月日は流れ、僕がフラれて反復横跳びをやめた日から一年が経過した。僕はピカピカの高校一年生になった。
なのに、僕の心は晴れない。なぜだろう。そこまで僕にとってあの三人にフラれたことはショックだったのだろうか。
いや、違う。
そうじゃない。
それじゃないんだ。僕が失ったのは、きっと――。
僕は外に飛び出した。そして、反復横跳びを始めた。
家の前で反復横跳び。
公園で反復横跳び。
校庭で反復横跳び。
駅前で反復横跳び。
とにかく反復横跳びし続けた。僕を止める人は誰一人いなかった。
寧ろ、皆が僕のことを暖かな目で見守っていた。
身体が風を切り裂き、まるで溶けていくような、何人もの僕が同時に存在するような不思議な感覚が僕を襲う。
そうだ。これだ。これなんだ。
「はぁ、はぁ……」
足が動かなくなる頃には日が沈み始めていた。
随分と衰えたものだ。全盛期には一日中反復横跳びしても平気だった。
だけど、不思議と心は晴れやかだった。
一年前、少女たちにフラれた僕が失ったものは夢と理由だった。
反復横跳びし続ければ、いずれ分身できて、女の子たちを悲しませずにすむ。
そんな夢を僕は自ら諦めて捨てた。それと同時に反復横跳びをする理由を失った。
でも、もう今の僕に理由なんて必要ない。
もしかすると、反復横跳びをしたって分身は出来ないかもしれない。それでも反復横跳びし続けよう。
だって、僕は反復横跳びが大好きなんだから。
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