剣の王女と盾の騎士

鹿島さくら

プロローグ:ジェムス大陸創世神話「はじめに女神ありき」

 はるかなる昔、一人の女神がいた。


 女神は海の上に大陸を作り、そこを豊かな生命の生きる場とした。そして自身も大地の上で過ごした。長い時間が経ち、人間と呼ばれる種族も生まれた。その人間のうちに、一人の男がいた。見事な体躯の、美しい男だった。


 男は自分たちに似た姿の、太陽よりも勇猛で、月よりも思慮深く、星よりも美しい女神に深い愛情と敬意を覚え、彼女を奉り、敬った。


 男の素朴ながらも真心のこもった敬愛の表現に女神はいたく感動し、自身のくちびるで男に特別の加護と祝福を直に与えた。まだ誰にも触れたことが無い、どんな言葉も発したことがない、純潔のくちびるだった。


 こうして男は、言葉を得た。

 男の信仰はやがて人々にも広まった。それと同時に、言葉というものも広まっていった。


 女神は人々の信仰に応え、人間に少しずつ文明を与えた。

 火おこしや農耕、建築土木、治水、製鉄、航海、医療、製紙、魔法といった技術の数々。こうして人間たちは女神と共に生き、大陸において繁栄を極めた。寿命の短い人間たちは女神に見守られて死んでいき、新たに世代をつないだが、あの男だけは別だった。


 加護と祝福を女神のくちびるから直に受けた、ただ一人の人間であるその男だけは、女神と同じようにどれだけの時が経っても老いず死なず、女神のそばにはべり続けた。


 長い時が経った。

 病があれば女神は自らの爪の先を人間に分け与えて病魔を癒し、地振るい地震で裂けた大地を己の髪で結んで人間を守った。そうして女神は男と共に人間たちを助け、人間もまた長い時間をかけて女神から与えられた文明に磨きをかけていった。国家がうまれ、社会の構成は複雑になり、その中で生まれた階級になぞらえて、女神の傍にいる男はいつしか「騎士」と呼ばれるようになった。


 そして1000年ほどたったある日、突如として魔獣の大群が現れた。どこから来たのか、女神にだって分からない。けれど、女神は騎士と共に戦った。しかしその最中、女神を庇った騎士が瀕死の重傷を負い、女神もまた大きな傷を負った。もちろん女神と騎士だけが戦っていたわけではない。人間たちもまた戦い、女神と騎士が傷付き倒れても、人間は女神から授かった文明の力でなお戦い、ついに魔獣の大群を撃退した。


 こうして、地上に再び平和が訪れた。

 魔獣を倒した人間たちを見て、女神は人間たちに自分の力はもう必要ないと考えた。女神は自身の皮膚を剥ぎ取り、骨を抜き、騎士に預けた。騎士は女神の皮膚を盾に、女神の骨を剣に変えて、人間たちに授けた。その後、騎士は息絶えた。いかに女神から直接加護を祝福を受けたと言えど、人間の身体である以上は限界があった。


 人々は騎士から預かった剣と盾を大切にすると誓い、ジェムス帝国を興して大陸を治めた。


 剣の名は「女神の骨」、盾の名は「女神の皮膚」。

 至上の魔法剣、至上の魔法盾と称えられるそれは「神剣しんけん」、「神盾しんじゅん」とも呼ばれ、人間の命運をかけ戦いにおいてのみ振るわれる特別な武具として、女神なき世が始まり500年を経過した今日でもジェムス帝国で大切に管理され、奉じられている。

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