第18話 一人ぼっちの方が気が楽なんだが……

 酒場を出ると、俺は懐具合を確認した。

 それなりに金は有るが、北の街を目指すのには少しだけ心もとない。やはり低賃金のクエストばかりやっていた事と宿屋に泊まっていたことが原因だろう。


 ここに来た当初野宿する事も考えたし、なんなら街の外に簡単なログハウスも作ろうと思えば作れた。しかし、勝手に棲みついて街に迷惑をかける事もしたくなかったし、クエストを受ける以上きちんとした身なりで行くべきだと思っていた。そのため、野宿ではなく宿屋を選択していた。


「はぁ、もう少し時間をかけて稼ぐか、少し依頼料の高いクエストをこなすかだな」

 俺はひとまず今現在どんなクエストが依頼されているか確かめる事にした。街の中心にある広場に掲示板が建てられており、そこに様々なクエストが貼られている。それを持ってクエスト協会に行くと、受注する事が出来る仕組みだ。


 基本一つのクエストに付き一枚しか貼られていないが、時間のかかるものや人数が必要なもの、討伐クエストなんかは同じ内容の物が複数枚貼られていることが有る。ただ、討伐クエストはほとんどの場合早い者勝ちではあるが。


「う~ん。今日はあまり良いクエストが無いなぁ」

 今貼られているクエストは二つ。一つは薬草拾いでもう一つは護衛任務だ。


 薬草拾いのクエストについては端からやるつもりは無かった。薬草などの拾い集め系クエストは依頼料が低い。だが依頼料が低いからと言ってやらない訳では無い。こういった危険度が低く、初心者向けのクエストはある程度残すようにしていた。この街にもまだまだ駆け出しの冒険者などがいる。そんな冒険者たちが困らない様に残しているだけだ。


 もう一つのクエストについては、受領が難しそうだ。護衛は苦手だし、しかも男女ペアという制限が付いている。報酬の金額はかなり高額ではあるが、俺一人で受けることは出来ない。


「仕方ない。また日を改めるか」

 宿屋に戻ろうと踵を返すと、先程酒場でパーティーから追放された女が立っていた。様子を伺うようにこちらを見ている。


「ええと、何か用?」

「あなた、一人?」

 突然の質問。


「あぁ、まぁそうだけど……」

 俺のその返答に、目の前の女は品定めするようこちらを見てきた。

 もしかして、俺とパーティーを組もうなんて言い出すんじゃないだろうな。


「ふ〜ん。ま、悪くなさそうね」

 何がだろうか。


「ねぇ、私と一緒に――」

「お断りします」

「――えっ?」

「お断りします」

「ちょっと! 私何もまだ言ってないじゃない。それなのにいきなり断るって何なの?」

「俺とパーティーを組もう、もしくは掲示版に貼られている男女ペアのクエストを一緒にやろう、という事ならお断りします」

「なっ――。べ、別にあなたを誘おうと思った訳じゃないんですけど!」


 その言葉とは裏腹に、焦った表情をしていた。

「じゃあ、『一緒に』の続きは?」

「そ、それは、その……えっと」

 口をモゴモゴとしながら、必死に何かを思案している。


「ほら、あれよ! 一緒、一人なのが一緒って言いたかったのよ!」

 なるほど。確かにそうだが苦しい言い訳だ。あきらかにこちらを何かに誘おうとしていた。


「一緒だと、なにかあるのか?」

 我ながら冷たい言い方だな、と思う。しかし、面倒事に巻き込まれたくは無いし一人の方が気楽だ。


「なにかあるって訳じゃないけど、あんたの背中が、その、寂しそうだったから……」

 俺はその言葉を聞いて呆気にとられた。てっきり冷たい言い方に怒るなり呆れるなりするかと思っていたからだ。


「そんなに、寂しそうだったかな? 俺」

「うん。とっても。何か大きな悲しみを抱えてるみたい」

 彼女のその発言にも驚きを隠せない。俺自身、あまり悲しみなどを外の出さないように、感情を出さないようにしているつもりだった。それに、彼女はパーティーを追放されたばかりで、むしろ今は向こうの方がつらいだろう。なのにこちらを気遣っている。追放されるのだから、どこか性格にも難があるのかと思っていたが、そういう事でも無いらしい。


「まぁ俺の事をどう思おうと自由だし、用がないならもう行くけど。それじゃ」

 俺はまだなにか言いたげな彼女の横を通り過ぎ、宿屋へ向かった。もう少し食い下がって来るかと思ったが、後を追ってくるようなことは無かった。


◆◆◆


 夜、俺は再び酒場を訪れた。昼間とは客層がガラリと変わり、手に入れられる情報も昼のそれとは違ってくるからだ。


 酒場の扉を開け目に飛び込んできた光景を見て、俺は頭を抱えた。


 昼間の、パーティーを追放された女が酒場でも男に声をかけていたからだ。しかも、その声をかけている相手が非常にまずい。


 そのスキンヘッドの男は、最近この街に流れついた荒くれ者で、あまり良い噂を聞かない。暗殺や誘拐、表立って出来ない仕事を請け負っているという話を聞いたことが有る。


 俺はカウンター席に座り、二人の会話に耳を傾ける。


「ほぉ、それでねえちゃんは俺様と一緒にクエストをやりたいと」

「えぇ、そうね。一人では出来ないもの」

「ふ~ん? まぁ。受けてやらないことは無いが、その前に一つだけ条件が有る」

「条件?」

「あぁ。なぁにとても簡単な条件だ。俺の頼みごとを聞いてくれるだけでいい」

「……。分かったわ。それで、頼み事って?」

 俺はその女の無防備さに呆れてしまった。頼みごとの詳細も聞かず承諾してしまうとは。


「おっとぉ、流石にココじゃ、アレだから、チョット来てくれ」

 荒くれ者は立ち上がると、女を連れだって酒場の外へ出て行った。


「やれやれ、世話のかかる奴だ」

 自業自得だしほおっておけばいいのだが、なぜだか気になってしまった。俺は目の前のジョッキを一気にあおると、ミルクとフィッシュフライの代金をカウンターへ置き外へ向かった。


 外へ出ると、夜の喧噪に紛れて酒場の裏手から声が聞こえてくる。


「ちょっと! 離してよ!」

「おいおい暴れるなって。別に乱暴しようってわけじゃ無いんだ」

 その会話で大体の状況が想像できるが、静かに酒場の裏手に回る。女は酒場の壁に背を預けるような形で左腕を掴まれている。


「頼み事って言うから付いてきたのに、いきなり何なのよ!」

「すぐに済むから大人しくしてくれよ。あんまり暴れられると、こっちも手荒くしなくちゃならなくなる」

 女は何とか男の拘束を逃れようと腕を動かし体を捻ったりしている。


 さて、どうしたものか。


 あまり面倒事は起こしたくなかったが、ここまで来てしまっては流石に見て見ぬふりをするわけには行かないだろう。まぁ、カイルだったら二人が外へ出る前に止めただろうけど。


 俺は思わず首を振る。

 まさか、そんな風にカイルの事を思い出すなんて思っていなかったからだ。


「まだ、カイルの呪縛はとけていないんだな……」

 一応女が自力でどうにかできるかも知れないと考えていたが、どうやら難しそうだ。華奢な体からして明らかに力では勝てないだろうし、こんな街中で魔法を放つわけには行かないだろう。


「いい加減に、しなさいよ!」

 すると女は男の顔面に平手打ちをかました。パチンという少し鈍い音。

「てめぇ、やりやがったな!」

 大したダメージでは無いはずだが、抵抗されたことに激高したのか男は女の服を掴むと縦に破いた。


 露になる胸元。

「いやぁ!!」

 咄嗟に右腕で胸を隠すと、男の股間を蹴り上げた。

「っぐおえ!!」

 その痛みに男は醜い悲鳴を上げると、両手で股間を押さえた。その拍子に束縛から逃れる事に成功した女は、こちらへ駆け寄ってくる。


 そして、こちらの存在に気付き驚いた表情を浮かべたあと、両腕で胸元を隠すように自身の身体を抱いた。

 だが、俺の目線はその後ろをしかと捉えていた。痛みに顔をゆがませながら男は短刀を引き抜き、投擲のモーションに入っていた。


 流石にもう干渉しないわけにはいかないため、一気に間合いを詰めると男の腕からナイフを叩き落とす。


「がぁっ! てめえ、何しやがっ――!!」

 ナイフが地面に落ちる前に掴むと、そのまま男の首筋にあてる。

「いいからここから去れ。二度とこの酒場には近づくなよ?」

 男は体を硬直させると、こくこくと無言で頷いた。


「さぁ、行け!」

 俺は一歩男から離れると、女とは反対側を指さした。


「おっ、覚えてやがれ~!」

 ド定番な負け台詞を叫びながら、男は股間を庇うようにしながら走り去っていった。

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