第9話

「妖力はあやかしとしての本質そのものだ。妖力が無くなれば、あやかしも人間と何も変わらない。怪我してもなかなか完治しないし、すぐに老ける。 寿命も短命で、人間と同じ年数しか生きられない。大昔は人間が持つ霊力を糧とすることで妖力を大きくすれば良かったが、今は霊力を持つ人間も少ないからそう簡単に出来ない」


 あやかしは不老不死の存在に近いと思っていたが、それもあやかしの力である妖力があってこそなのだろう。その妖力を強くするのが、弥生が持っているあやかしを見聞きする力――霊力。

 どうりであやかしたちが執拗に霊力を狙ってくる訳だと弥生は合点がいった。弥生が生きるためにあやかしたちから逃げ回っていたように、あやかしたちも生き長らえるために弥生を狙っていたのだ。


「人間から霊力を得られない以上、あやかしの中で解決するしかなくなった。その代替え案として考えたのが、死んだ同族のあやかしから妖力を貰う方法だった」


 たとえ他のあやかしたちを圧倒するような強大な妖力でも、持ち主であるあやかしの寿命が尽きてしまえば魂と共に消滅してしまう。けれども妖力が消える前に魂ごと妖力を貰ってしまえば、そのあやかしの妖力は消えずに別のあやかしに引き継がせられるということなのだろう。


(ロールプレイングゲームにもあったかも。前作で得たスキルやアイテムを次作に引き継がせられるシステム)


 一度クリアしたゲームをまた最初からプレイする際、レベルやアイテムが全く無い状態からゲームを始めるよりも、前回集めたスキルや貯めたアイテムを使った方が最初からゲームを有利に進められる。何より前作でスキルやアイテムを得るために培った時間を無駄にしなくていい。

 周回を重ねて、それを引き継いだ分だけ、新しくゲームを始める度に楽が出来る。

 あやかしたちもそうやって自分の妖力に他のあやかしの妖力を継ぎ足ししていくことで、強いあやかしになろうと考えたのだろう。

 

「ということは、その私の身体に入ってしまった風鬼の妖力も誰かが貰うつもりだったんですよね? 早く返さないと、貰うはずの人が困るんじゃ……」

「俺だ。俺が風鬼の妖力を貰うつもりだった」

「でもさっき水鬼と聞きましたが……」

「水鬼も風鬼と同じ鬼だ。鬼の力は鬼が受け継ぐ。さっき見せた火も火を操る鬼だった俺の母親から受け継いだ妖力だ。水鬼である俺本来の妖力は水を操る力だ」


 そして男性は掌を上に向けるとビー玉ほどの水の球が生じる。透明な水の球はあっという間に大きくなると、バスケットボールほどの大きさになったのだった。


「事情は分かっただろう。手荒な真似をしたくなかったが、多少強引でも風鬼の力は返してもらう」


 男性の目は宵闇のような黒色から闇夜に浮かぶ金色に変わっていた。男性が金色に輝く目を細めると、三日月のように細長くなる。

 その瞬間、弥生の心臓が爆発しそうなほど大きな鼓動を立て始めると、呼応するかのように手足まで震え出す。肌が粟立つこの感覚は何年経っても慣れそうにない。

 水鬼の男性を前にして、またもや弥生の本能が危険を知らせたのだった。

 

「ま、待って下さい! まだ心の準備が……!」

 

 逃げ出したくても地に足が生えたかのように動けなかった。呼吸も荒くなると、眩暈までしてくる。

 

「少し苦しいかもしれないが……我慢するんだな」


 男性は囁くような声で呟くと、掌から水の球を放つ。迷いなく真っ直ぐに飛んでくる水球から身を守ろうと弥生は両腕で身体を庇う。

 衝撃を覚悟して目を瞑ろうとした時、弥生を中心にして緑色の光が展開される。弥生を包むような柔らかな緑色の光に水の球が触れた瞬間、水球は霧雨のような細かい水滴となると辺りに霧散したのであった。


「何っ!?」


 束の間、男性は動揺したものの、すぐに同じ大きさの青白い炎の球を作ると弥生に向けて放ってくる。またしても弥生に届く前に緑色の光が防いでしまうと、炎の球は煙を上げながら消えてしまったのだった。


「邪魔をするつもりか!? 弥彦やひこ!」

「弥彦……さん?」


 男性が唸るように低く呟いた言葉に弥生が反応するが、男性に答える気は無いようだった。

 男性の金色の瞳がますます光ったかと思うと、水と火の球が男性の掌に生じた。


「これなら避けられないだろう」


 青い炎を纏った水の球は今までの水球や火球とは違い、見るからに強く激しいものだった。直接当たったら怪我だけでは済まないだろうと思わせる迫力があった。

 男性が放った火と水の球は弥生を守る緑の光に触れると、近くに雷が落ちた時のような大きな音を立てた。


「きゃあ!」

 

 耳をつん裂く音に弥生が悲鳴を上げると、緑の光はひと際強く輝く。そして、青い球を弾き返したのであった。


「馬鹿な!? 弾き返しただと!」

 

 球が跳ね返った先には金の目を丸く見開いた男性がいた。腕を伸ばした男性が何かを呟くが、それよりも先に火と水の球は男性の身体にぶつかると、青い光をまき散らしながら吸い込まれるように消えたのであった。


「ぐぅ……!」


 男性が胸元を押さえながら唸った瞬間、男性の身体から青い煙が立ち昇る。煙は男性の上に集まると青い光の球となったのであった。


「綺麗……」


 先程弥生が取り込んでしまった風鬼の力のように淡い光を放つ青い球は、たんぽぽの綿毛のようにふわふわと飛んできたかと思うと弥生の側で浮かぶ。


「それはっ……!」


 男性は青い光を捕まえようとするが、青い光はするりと男性の手からすり抜けてしまう。


「待て!」


 弥生が男性の邪魔をしないように後ろに下がったのと、手を伸ばした男性が近づいてきたのが同時だった。

 振り向いた時には男性が目前に迫っていたのであった。

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