弥生とおばあちゃんの秘密
第4話
『弥生ちゃんもあやかしが見えるのね』
弥生があやかしの存在を知ったのは七歳の時だった。初めて祖母の家に一人で泊まった日、自分と同じ大きさぐらいの傘の姿をしたあやかしや大きな一つ目のあやかしたちと一緒にサッカーをしていると、突然祖母に声を掛けられたのだった。
『あやかしってなあに? おばあちゃん』
あやかしたちから離れて祖母に近寄ると、淡い緑色の着物姿の祖母は弥生の目線に合わせるように膝を曲げたのだった。
『あやかしはね。私たちのお友達なのよ』
『おともだち?』
『そうよ。弥生ちゃんと同じようにお父さんとお母さん、おばあちゃんやおじいちゃんがいて、兄弟や姉妹もいるの。見た目は私たちと少し違うかもしれないけれど、みんな私たち人間と同じ存在なのよ。怖い存在でも、空想上の生き物でもないの』
その時は祖母が言っている意味が分からなかったが、大人になるにつれてその意味を理解するようになった。
産まれたばかりの頃はほとんどの人間があやかしを認識できるが、物心をついた頃から徐々にあやかしが見えなくなる。やがて年を重ねて大人になる頃には誰もがあやかしを空想上の生き物として、存在しないものと考えるようになるらしい。たとえ幼い頃にあやかしと出会っていたとしても――。
そういった人たちはあやかしの存在だけではなく、一緒に過ごした記憶さえも忘却してしまう。仮に何かの弾みであやかしと関わった記憶を思い出すことがあったとしても、それが夢か現の思い出なのか区別さえつかなくなってしまうらしい。
その一方で弥生は特異体質によって、大人になった今でもあやかしの姿が見えていた。
人に温厚なあやかしから距離を置いて静かに生きるあやかし、時には人を襲って生気を奪おうとする邪悪なあやかしまで。人に混ざって生きようとするあやかしたちの姿をずっと捉え続けていた。
それが出来るのも、弥生が生まれながらに持っている特異体質――「霊力」と呼ばれる不可思議な力によるものだった。
この霊力というのは、あやかしを見聞きして触れ合える力のことを指しており、産まれたばかりの頃は誰もがほんの少しだけ持っている力だと言われていた。
今はほとんど存在しないが、遥かな昔はこの「霊力」を生かしてあやかしの調伏や浄化を生業とした者――漫画や映画などで見かける陰陽師や退魔師、が大勢いたそうで、霊力が強ければ強い程、強力な術を使える術者になれると考えられていたらしい。
弥生も霊力を持っていることが判明した後に、一度祖母の知己であるあやかしに調べてもらったことがあったが、弥生が持つ霊力の大きさは並みの陰陽師や退魔師を凌駕しており、古の時代に活躍していた名の知れた陰陽師や退魔師にも匹敵する強さとのことだった。
その話を聞いた時、子供だった弥生は将来の夢として陰陽師か退魔師を考えて目を輝かせたが、年々あやかしの数が減っており、それに伴うように陰陽師や退魔師の人数も少なくなっているそうで、弥生がなるのは難しいと祖母やあやかしたちは苦笑しながらも教えてくれた。
弥生たち人間にとっての霊力があやかしとの繋がりや絆を示す力である一方、あやかしたちにとっての人間が持つ霊力というのは、自身が持つあやかしの力――妖力を高めるための餌であった。
あやかしたちの話によると、妖力というのはあやかしの魂と深く結びついている自分の命とも言うべきもので、霊力を喰らったあやかしの妖力は格段と上がるらしい。妖力の大きさはあやかしたちの世界で言うところの序列に関係しているため、妖力が高いあやかしほど優遇され、何人もの使用人に仕えられるような贅沢な暮らしを送れる。そうしてあやかしたちの中で最も妖力が強い者は、あやかしたちを統治するあやかしの王にもなれるとのことだった。
そのため妖力が弱いあやかし程、霊力を持った人間を狙う傾向があり、そんなあやかしたちから霊力持ちの人間を守ってきたのが陰陽師や退魔師といった人間の祓い屋らしい。
反対にあやかしが持つ妖力を得た人間は、人間からあやかしに変化すると言われていた。実際に日本の昔話や民話の中にはあやかしとなった人間の話がいくつか載っており、その人間たちはあやかしの妖力を得たことであやかしになったのだと祖母に教えられたのだった。
『でもね、弥生ちゃん。人間と同じで全てのあやかしが良いあやかしじゃないの。中には人間を騙すあやかしや人間を襲うあやかしもいるの。だから気を付けてね……』
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