かくりよに輝くは夢見の月かな~鬼になった人間と力を失った鬼が夫婦になるまで~
夜霞(四片霞彩)
憧れと苦労、その果ての最期
第1話
仕事着である店名入りのジャンパーを脱ぎながらロッカーを開けると、ハンガーに掛けるのももどかしくてそのまま中に放り投げる。代わりにショルダーバッグと上着を掴んで乱暴気味にロッカーを閉めると、上着の袖に腕を通しながら慌ただしくバックヤードを後にしたのであった。
「お疲れ様でしたっ!」
三月も終わりかけというこの日、
(早くしないと、電車に乗り遅れちゃう……!)
腕時計を何度も確認しては、頭の中で最寄駅の時刻表と照らし合わせる。
いつもなら電車の発車時間に間に合うように余裕を持ってアルバイト先を出るが、今日は弥生と交代でレジに入る予定だった男子高校生が遅刻してしまった。
当初は「数分で到着する」という連絡だったので代打でレジに入っていたものの、結局三十分以上経ってから男子高校生は姿を現した。
そこからレジの引き継ぎをして、事情を知って店に飛んで来た休暇中の店長に経緯を説明している内に、時間はあっという間に過ぎてしまった。
結果として、電車の発車時刻に間に合うかどうかという時間に、仕事場を出ることになってしまったのだった。
弥生と入れ違いに駅から出てくる制服の学生やスーツ姿の会社員を避けつつ、どうにかして発車時刻直前に駅のホームに駆け込む。既に停車していた電車に飛び込むように乗車したのと同時に弥生の後ろで電車のドアが閉まったのだった。
(良かった……。間に合った……)
本数が少ない田舎町の電車なので、この電車に乗れなかったら次の電車まで三十分以上も待たなければならなかった。ゆっくりと走り出した電車の駆動音を聞きながらそっと安堵する。
『お客様にお知らせします。駆け込みでの乗車は大変危険です……』
聞こえてきた車内アナウンスがまるで弥生を指しているようでバツが悪い気持ちになる。弥生はほとんど解けてしまった後ろ髪を束ねるヘアゴムを外して肩に流すと、眼鏡の位置を直しながら人がまばらな車内を見渡す。向かい合うように設置された横長の椅子は全て埋まっており、出入り口近くの手摺や吊り革も埋まっていたが、奥側の吊り革は空いてた。
車内の揺れに足元を取られそうになりながら車両内を移動していると、椅子に並んで座っていた年配の女性三人組の話し声が耳に入ってくる。
「あらやだ。晴れているのに雨?」
「本当ね。狐の嫁入りじゃない?」
その声に足を止めると、女性三人組は外を見ながら話し込んでいるようだった。
弥生も足を止めて外に目を向けると、さっきまで晴れていた夕焼けの空からは雨が降り始めていた。弥生と同じように女性たちの話し声が聞こえたのか、車窓に視線を向ける人たちが数人いた。
「じゃあ近くに狐のお嫁さんと嫁入り行列がいるのね〜」
「狐のお嫁さんなんて迷信でしょう! 亡くなったうちのおばあちゃんはずっと信じていたけれども!」
窓を打ち付ける急雨を眺めながら女性たちの話に耳を傾けていると、やがて電車は次の停車駅に着く。
ドアが開いて乗って来た人たちも、雨雫が付いた折りたたみ傘を手にしている人やハンカチで身体を拭いている人ばかりで、誰もが急に振り出した雨に不快感を露わにしているようだった。
「ところで聞いた? 今度の百貨店の催事内容。春をテーマにしたお菓子の祭典なんですって……」
いつの間にか女性たちの話題は狐の嫁入りから都市部の百貨店で開かれている催事に変わったらしい。小声で話しながら笑い続ける女性たちから離れると、地元出身のアーティストの曲をアレンジしたという発車メロディーを聞きながら、人が少ない車両の奥に向かう。濡れた傘を持つ人が増えたからか、弥生が乗車した時より車内は若干混雑してきたものの、まだゆったりと立っていられるくらいのスペースはあった。
隣の車両と繋がるドア近くの吊り革に辿り着くと、弥生はまた窓外に視線を移したのだった。
(狐の嫁入り、だね……)
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