巨頭の村に囚われて

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巨頭の村に囚われて

 夕暮れの空が橙色に染まっていた。

 山々が周りを囲み、その青々とした景色は壮観で美しかった。木々の間から漏れる陽の光が、道に長い影を落としている。

 道路はアスファルトではなく土と石で固められた道で、両脇には背の高い雑草が生い茂っていた。

 その道を、一台のワゴンRがエンジンの鼓動と共に、ガタガタと音を立てて走っていた。

 助手席には、ロゴTシャツにマウンテンパーカー羽織り、緩やかなハーフパンツを履いた女性が、穏やかな風を髪で感じながら外を眺めていた。

 女性は、鮮やかな茶色の髪を持ち、軽やかなハーフアップスタイルにまとめていた。スポーティな体格と活発な笑顔が特徴で、自然体な魅力を放っている。健康的な肌に、明るく輝く目が印象的で、彼女の活発さを象徴していた。

 顔立ちは整っていているが、大学生にしてはやや幼いところがあった。背丈はそれほど高くなく、平均的な女性よりも少し低いくらいである。

 名前を平山ひらやま里奈りなという。

 運転席に座るのは、五分袖のTシャツにジーンズといったシンプルな服装をした女性だ。

 落ち着いた黒髪を肩まで伸ばしており、前下がりボブヘアに仕上げていた。色白で清楚な雰囲気があり、知的さと落ち着きを兼ね備えた美貌を持っている。

 身長は高くモデルのような体型をしており、すらっとした手足が印象的な美人だ。

 目鼻立ちがはっきりしており、美人だが可愛らしさも兼ね備えている。

 名前を呼ぶとこちらを向いてくれるような、親しみやすい優しさを感じさせる。

 名前を大川おおかわはるかという。

 二人は、連休を利用しての旅行に出ていた。

 近隣の県にある温泉旅館に向かうため、山道を走らせていたのだ。

 遥は、先程から少し喉の乾きを感じていた。

 ドリンクホルダーには、ペットボトルに入ったサイダーがある。

 だが、飲めない。

 なぜなら蓋を取った瞬間、最悪の未来が頭をよぎる。

 コンビニで購入した直後に里奈が床に落としたからだ。加えて、こんな悪路を走っているのだから、炭酸の膨張は常にMAXが保たれている。

 こんなことになるのなら、清涼飲料水にしておけばよかったと、遥は思った。

 しかし、今更引き返すこともできないので、我慢するしかなかった。

「本当に、この道で大丈夫?」

 里奈が心配そうに尋ねた。

 山を切り開いたかのような一本道を進んでおり、左右には深い森が広がっている。

「仕方ないでしょ。主要幹線道路がまさか陥没事故と、その緊急修復工事で大渋滞が発生してるんだから。それに、地図通りならこの道で行けるハズでしょ」

 そう答える遥の表情は、言葉とは裏腹に楽しげだった。

 里奈は、遥とは対象的に不安げな表情を見せた。

 車窓から見える景色は、緑豊かな山林が続いているだけで、特に変わったものはない。

「それにしては、もう2時間近く走っているんだけど……」

 里奈は、道路地図を広げて確認する。

「もしかしたら地図が古いからかもね」

 遥は乾いた笑いで答える。

「え。マジ!?」

 里奈は、道路地図の発行年月日を確認すると、8年前になっていた。

 里奈の表情が曇る。

「……新しいの買いなさいよ」

 里奈の言葉に、遥は返す。

「道路なんて、住宅地みたいに一気に変わるものじゃないわよ。それに旅ってのは、目的地に着くことよりも、道中を楽しむものでしょ」

 遥は、そう言ってウインクをする。

 確かに、里奈もその意見には同意できた。

「そうだけど。こんな薄気味悪そうな山奥で車中泊なんてイヤよ」

 里奈がそう言うと、遥は笑った。

「大丈夫でしょ。さっき右手に看板らしきものがあったし、この先に人家くらいあるわよ」

 そう言って、遥は再び外を眺めた。

 車が揺れるたびに、後部座席に置かれたバッグやビニール袋が音を立てている。

 その音が、余計に里奈を不安な気持ちにさせた。

 それからしばらくして、左手の木々が晴れて、その下に集落のようなものが姿を現した。

 遥は、それを見ると、思わずブレーキを踏んでいた。

 里奈と遥の居る道は、少し高台になっており、眼下には古びた木造住宅が密集している様子が見えた。

 村の中には川が流れており、橋がかかっているのが見えた。

 まるで昭和映画のセットのように、時代を感じさせる風景がそこには広がっていたのだ。

 二人はしばらく呆然と眺めていたが、やがて遥が言った。

「あそこが温泉旅館? なんか想像してたのと違うんだけど」

 里奈は不満そうな声を上げ、遥は周囲を見るがネットで見た目的地ではなかった。

「……違うわね」

 遥は道路地図を確認しながら呟いた。

「あそこに行って村人に道を訪ねてみましょうよ」

 里奈は、そう言って集落を指差す。

「そうね。それも良いかも」

 遥は大きく伸びをした。

 長時間運転していたためか、体が凝っているようだ。

 車のエンジンを切ると、二人はシートベルトを外して車外に出た。

 車のドアを開けると、むわっとした熱気と共に、湿った草木の匂いが漂ってきた。

 山道ではさほど気にならなかったが、開けた瞬間に一気に流れ込んできたのだ。

 車を降りると、アスファルトで舗装されていない砂利道が続いており、両脇には雑草が伸び放題になっていた。

 自動車で集落に降りる道がどこかにあるのかも知れないが、ここから土手を降りる方が早いと思った。

 二人はスニーカーだったので、そのまま降りることができたが、ローファーだったら大変だったろうと思う。

 斜面はそれほど急ではなく、歩く分には問題なさそうだった。

 土手を降りきる。

 里奈は、遥の後ろを歩きながら、辺りを観察していた。

 周囲は田園地帯といった雰囲気だが、田んぼは干上がっており、水が張られた形跡はなかった。

 建物は、瓦屋根の古めかしい平屋が多く、壁も剥がれ落ちている箇所がある。

 家屋の間には、小さな畑が作られていたが、作物は育っておらず土だけの状態だ。

 道端にも草が生えていて、手入れが行き届いていないように見える。

 そんな光景を眺めながら歩いていると、川が見えてきた。

 川は幅5mほどあり、向こう岸に渡るために架かっている橋があった。端本体はコンクリート製だが、錆の浮いた欄干でかなり年季が入っていた。

「ここって、廃村よ」

 遥は不安そうに呟く。

「そうね。人の気配はしないし、建物もボロボロね」

 里奈も同意するように言った。

 里奈は、橋の手前まで来ると、上から川を覗き込んだ。

 護岸の上から水が流れる川までは3mくらいあり、意外と深く作られていた。山間だけに増水時には、これだけ川を深く掘り下げておかないとならないのが分かる。今の川の水量は少なく、深いところでも20cmも無いように感じられた。 

 澄んだ水が静かに流れているだけで、魚の姿もない。

 しかし、川の両側に広がる草原をよく見てみると、枯れかけた草の間に白い物体があることに気づいた。

(あれ何だろう?)

 里奈は、目を凝らしてよく見てみる。

 骨だ。

 よく見ると、動物の骨と思われるものがあちこちに転がっている。

 里奈は、背筋が凍る思いがした。

「遥!」

 里奈は思わず振り返り、後ろにいるハズの遥の姿を探した。

 すると遥は、自分たちが来た方向を見たまま硬直して立ち尽くしていた。彼女の目は大きく見開かれている。

 その尋常ではない様子を見て、里奈も慌てて、遥と同じ方向を見る。

 すると、道の端に人が立っていた。

 服は着ておらず裸だが、二本の脚があり、二本の腕も、体も頭もある。

 だが、人間ではない。

 なぜなら、その頭の大きさは人間の3倍はあるからだ。

 巨人と言えなくもないが、身体に比べて頭だけが異常に大きい。巨大な頭部を左右に揺らしながら、こちらに向かって歩いてきている。

 その姿は、まさに怪人だ。

 怪人の目は、二人を捉えており、その視線からは狂気を感じた。

 おそらく、獲物を見つけたため近づいてきたのだろう。

 怪人の身長は、2.5mはあるだろうか。身長の高さが大きな武器となるバスケットボールには驚くほどの長身選手が多く存在し、NBA(National Basketball Association)に至っては、平均身長が2mを超えるという驚愕の数字だが、怪人はそれ以上の巨体だ。

 その巨体を揺らしながら近づいてくる姿は恐怖でしかない。

 里奈と遥は、必死になって逃げることを選択した。

 止めてある車とは反対方向になるのは理解しているが、来た道から怪人が追いかけてくることを考えると、引き返すという選択肢はなかった。

「里奈! 高身長の彼氏が欲しいって言ってたでしょ? お友達から始めてみたら」

 遥はそう言って笑ったが、その表情は明らかに強張っていた。

「いくら高身長でも、あんなのお断りよ。遥こそ、彼氏なんてどうかしら。あいつ頭が大きいだけに高学歴かも知れないわよ」

 里奈も同じように笑って答える。

「いくら高学歴でも、裸族なんて願い下げよ」

「同感!」

 里奈は叫び、二人は全力で駆け出した。

 後ろから聞こえる足音から察するに、怪人は追ってきているようだ。

(追いつかれる……)

 里奈は怪人の気配を感じ取る。

「里奈。そこの角を右に曲がるわよ」

 遥かの呼びかけに里奈は同意し、二人は、家々が連なる道の角を曲がった。左手に田んぼが広がっており、その先に民家が立ち並んでいるのが見えた。

 予定では、そのまま道なりに走って逃げるつもりだったが、正面の脇道から頭の大きな怪人が姿を現した。

 別の怪人だ。

「え? 二体も居るの」

 遥は絶句する。

 正面から姿を見せた怪人は、まだ二人には気づいていないようだが、それは時間の問題だ。

 背後からは足音が迫る。

 里奈は身を隠す場所を探して、周囲を見て思いつく。

「遥。こっちよ」

 里奈は遥の手を取ると、二人は下へと落ちた。

 そこは、田んぼだった。

 道から大きな段差ができた場所で里奈と遥は、そこに落ちたのだ。

 段差は床とテーブル程の高さで、二人はその場に尻もちをつくように座り込む形になる。

 見つかる可能性はゼロではないが、身を隠す場所は、ここしか無かった。

 背後から追ってきていた怪人の足が止まったのが分かった。

 怪人は、田んぼとの堺になる、道の端に立っていた。

 見上げるような位置に怪人がおり、遥は思わず悲鳴を上げそうになったが、そこを里奈が彼女の口を塞いで黙らせた。

(静かに)

 里奈は遥に、今しなければならない行動を目で伝える。

 すると、遥は黙って頷いた。

 二人は息を殺してじっとしていることにした。

 呼吸音を殺す為に里奈は自分の手で口を塞ぎ、心臓は激しく鼓動して破裂しそうな勢いで拍動している。頭皮から流れ出た汗が首筋を伝っていくのが分かる程だ。

 怪人から滲み出る気配が、空気中に鈍い重みとして漂ってくるようだった。怪人の呼吸音は、まるで生ける屍のような音で、それは耳鳴りのように頭の中で反響する。

 そして、その音は徐々に大きくなっていった。

 里奈は、恐る恐る視線を上に向ける。

 そこには、怪人の姿があった。

 まるでビルのようにそびえ立つ姿に、思わず圧倒されてしまう。

 怪物の肌が、汗で湿り気を帯びているのか、それとも湿気を含んでいるのか、ヌラヌラと鈍く光っている。

 巨大な頭を支える首は太く、肩幅も広い。

 下半身に目をやると、腰回りには、ふてぶてしいまでの脂肪の塊がぶら下がっている。

 全体的に肥満体ではあるが、腹の部分だけは、なぜか異様に膨らんでいた。

 顔は醜悪な猿のようで、鼻は大きく張り出し、目は爛々と輝いている。

 口元からは涎が垂れ、荒い息遣いが流れ出す。

 その顔は、明らかに興奮しており、見失った獲物をどう仕留めるか考えているように見えた。

 二人の頭上から、怪人の鼻息が、まるで突風のように吹き付けてくる。

(怖い……)

 遥は泣きそうになっていたが、声を出すわけにはいかなかった。

(お願いだから、どっか行ってよ)

 里奈も、そう念じながらも、恐怖のあまり体が動かない。声も出せない状態が続いた。

 永遠とも思える時間だったが、実際には数十秒程度だったのだろう。

 やがて、怪人は再び歩き出したようだ。

 足音が遠ざかっていく。

(助かった)

 遥が、そう思うと里奈が彼女の口を覆っていた手を解く。二人共、緊張の糸が切れたようで、一気に力が抜けていった。

「何とかやり過ごしたみたいね。ホラーゲームで敵に発見された時は、警戒が解けるまで隠れておくのが常識ってね」

 里奈は安堵の溜息を吐くように言った。

「そう言えば、一人でプレイするのが怖いからって私の部屋でホラーゲームに付き合わされた時があったわね」

 遥も思い出したように言った。

 そんなことを考えているうちに、少し落ち着いてきた。

 里奈と遥は、しばらくそのまま座り込んでいたが、やがて里奈の方が言葉を口にする。

「早く、ここから逃げなきゃ」

 里奈は立ち上がって、田んぼの中から周囲を確認する。もう一体の怪人の姿はなかった。

 遥が遅れて頭を出す。

「うん……」

 遥は緊張した面持ちで頷く。

「それにしても、何なのあの怪人は?」

 里奈が呟くように言う。

 その言葉に、遥はここに来る途中にあった看板のことを思い出す。

「……巨頭オ。かも」

 遥の言葉に里奈は首を傾げる。

 その言葉は初めて聞く単語だったからだ。


【巨頭オ】

 2006年2月22日に、2ちゃんに投降された「怖い話」。

 男は、一人で旅行した時に行った小さな旅館のある村のことを思い出す。

 心のこもったもてなしが印象的だったが、なぜか急に行きたくなった。

 車を走らせ村に近付くと、場所を示す看板があるはずなのだが、その看板を見つけると「巨頭オ」になっていた。

 村は廃村になっており、建物にも草が巻きついていた。

 すると、頭がやたら大きい人間が出てきた。

 男は車をバックさせ逃げ帰る。

 帰って地図を見ても、数年前に行った村と、その日行った場所は間違っていなかった。

 巨頭オは、頭だけが異常に大きくて、人間のような姿をしている。群れで行動していて人間をみつけると、大きな頭を振りながら両手を体にピッタリとくっつけて、どんどん近づいてくるという。

 巨頭オは、この話に登場する看板に書かれていた文字であるが、転じて、この怪異に登場する「頭でっかちの人間」の事も表す。

 巨頭オの「オ」は、もともとは「村」の文字だったのが、かすれてしまい、カタカナの「オ」に見えるようになったのではないか。

 つまり、元は「巨頭村」だったと言われる。

 巨頭オの正体が、その地域に住んでいた村人なのかどうかは不明。

 あるいは、知らない間に異界の村に迷いんでしまった説もある。


 遥の話を聞いて、里奈は背筋が寒くなったような気がした。

「案外、道に迷った私達をおもてなしでもしようと出てきてくれてたりしないかな……」

 遥の言葉に、里奈が乾いた笑いをする。冗談のつもりで言ったのだが、相方が笑ってくれただけ、マシだと思った。

「さっき渡った橋の下だけど。骨がいっぱいあったよね……」

 里奈の言葉に、遥の表情が強張る。

 橋の真下を流れる川に落ちていた白い物体は、本当に動物だけだったのだろうか。もしかしたら人間のものも混じっていたのではないかと考える。

 そんなことを考えているうちに恐怖が込み上げてきたのだろう。里奈の顔は真っ青になっている。

「……とにかくここを離れないと」

 里奈は田んぼから出ると、遥の手を差し伸べる。その手を掴んで遥も田んぼから出ると、二人は再び走り始めた。

 あと少しで橋までたどり着く所まで移動できた。

「このまま行けば橋の向こう側に行けるわ」

 里奈はそう思っていたのだが、前方にある垣根がガサガサと動いたかと思うと、そこから何かが、ゆっくりと姿を現す。

 それは、先ほど見た巨頭オであった。

 里奈と遥は、左手にあった家と家の間にある細い空間・犬走りに飛び込む。

 二人は座り込み、息を殺して隠れることにしたのだ。

 しかし、足音は確実にこちらに向かってくるのが分かった。

(見つかったら終わりだ)

 里奈はそう思いながら必死に息を殺している。心臓が激しく鼓動し、その音さえも相手に聞こえてしまうのではないかと思うほどだ。

(どうか見つかりませんように)

 遥は。心の中で祈るような気持ちでいると、巨頭オは二人に気づかず通り過ぎて行く。

「……表通りは危険ね。少し遠回りになるけど、裏手から行こう」

 遥の提案に従い、二人は建物の陰に隠れて移動することにした。

 二人が犬走りの間を通って、裏手に出ようとした時、巨大な顔が出口を塞いだ。

 巨頭オだ。

 目は確実に二人を捉え認識していた。

 突然のことで、二人は悲鳴を上げた。

 里奈が、そう思った瞬間、遥の手が里奈の手を掴み彼女は走り出した。

「里奈。表から逃げるわよ!」

 遥は叫ぶように言うと、表通りに飛び出そうとしたが、その脚が突然止まる。

 里奈は遥の行動の理由が分からなかったが、質問するよりも前方に目を向けたことで理解する。

 表通りに行く出口を見ると、そこにも別の巨頭オの顔が出口を塞いでいた。

「挟み打ちにされた」

 里奈は思わず絶望感に襲われるが、遥が彼女の手を引いて走り出す。

「こっち」

 遥は、犬走りに面した窓を空けると家の中に入るよう促した。

 家の中を通って反対側に出ようと、壊れた窓を目指す。

 ガラスは汚れているが、外の景色が見える。

 里奈はガラスに張り付き、外に巨頭オが居ないことを確認すると、窓を開けた。

「里奈、先に出て」

 遥は窓を開けて、里奈が外に出るのを手伝う。

 先に外に出た里奈は、周囲を見回し状況を確認する。

 巨頭オが、近くに居るかと思い身構えたが、幸いにも姿はない。

 川向うを見ると橋が見えたが、向こう岸から3体も巨頭オがこちらを目指して歩いてくるのが見えた。

(まずい……)

 里奈は焦りを感じていた。このままでは橋を渡って向こう岸に渡れない。

 だが、動かないでじっともしていられない状況だ。悩んでいる暇はなかった。

「遥!」

 里奈は呼びかけるが、彼女はまだ家の中から出てこない。嫌な予感がして、里奈は再び呼びかけようとする。

 すると遥が、窓から顔を出す。

「ゴメン。ちょっと良いものみつけたから」

 遥は窓から飛び出す。

 見れば彼女はロープを手にしていた。

「そんなものどこから?」

 里奈の質問に、遥は少し得意げな表情をして、周囲の状況を確認する。

「橋は使えないわ」

 里奈の言葉に遥は頷く。

 だが、向こう岸に渡らなければ、この村から生きて脱出はできない。遥もそう思っていたからだ。

 それでも遥は川を見る。

 川沿いを撫でるように観察し、あることに気付く。

 そして、確信したかのように頷く。

 そうしている間にも巨頭オが橋を渡り、表通り、裏通りから巨頭オが姿を現そうとしていた。

 彼女たちの前に2体の巨頭オが現れる。

 里奈は、完全に追い詰められたと思った。

 もう逃げ場がない。

 戦うしかないのだろうか?

 いや、遥には考えがあった。

「引き付けたわね。じゃあ、逃げるわよ里奈」

「逃げるって、どこよ?」

 遥が里奈の手を取ると、護岸の淵まで移動する。

 そこには、川へと降りる細い階段・雁木がんぎが下まで続いていた。人間の肩幅分しかない細い代物だ。

「なるほど。橋だけが向こう岸に行く方法じゃ無いものね」

「そういうこと。急いで」

 里奈の言葉を聞きながら、遥は雁木がんぎを降りて行く。

 続いて遥も下り、浅い川を渡り、向こう岸にある雁木がんぎを上がりきる。

 向こう岸を見ると、何体もの巨頭オが川を渡れずにウロウロとしていた。

 どうやら、雁木がんぎが細いために、侵入そのものができないらしい。

 だが、二人が向こう岸に行ったことで、橋を使って渡ることに考えが至ると、巨頭オ達は橋に向かって移動を始めた。

「ヤバい。あいつら橋を渡る気よ」

 里奈は緊張した。

「宣告お見通しよ。こっちよ」

 遥は答えて、二人は川沿いを走る。

「ねえ。どうして一気に車に向かわないの?」

 走りながら里奈が訊く。

「障害物のない場所での、あいつらの足の速さは尋常じゃないわ。このまま車まで走っても追いつかれるのがオチよ。だから……」

 遥の説明に、里奈は納得しながら走る。

 ならば、少しでも距離を取って撒くしか手はない。

「なるほどね。じゃあ、その作戦でいこうか」

 里奈は橋に向かって、先行する形で走る。

 二人は橋までたどり着くと、遥は橋の入口にある親柱の低い位置にロープを結びつけると、反対側の親柱に立つ里奈に向かって、ロープを投げつけた。

 里奈は飛んでくるロープを受け取ると、ロープを親柱の低い位置に結びつけて、橋の親柱と親柱の間にロープをピンと張ったのだ。

「里奈、早く!」

 橋の対岸には巨頭オが押し寄せて来るのを里奈は認めると、急いでその場を離れて表通りを遥と共に走った。

 巨頭オが、橋の出口に着くと張られたロープに脚を引っかけて転倒する。

 後続の巨頭オ達も次々と引っかかり、倒れた巨頭オを乗り越えるように進む巨頭オもいたが、足元の悪さにバランスを崩して倒れる巨頭オ達が続出していた。

「「やったね」」

 二人は、申し合わせたようにハイタッチをすると笑い合った。

 しかし、安心し続けてもいられない。

 この間に二人は表通りを走り抜け、土手を登り切って、ようやく駐車していたワゴンRのある場所まで戻ってきたのである。

 村を土手の上から見下ろすが、巨頭オが追い掛けて来る様子はない。

「とんだ寄り道だったわね」

 里奈は助手席のフロントドアを開け、遥も運転席側のドアを開ける。

「まったく。里奈が、あんな所で道を聞こうなんて言うから」

 遥は愚痴るが本気ではない。そこからの里奈との掛け合いを楽しみにしていたが、里奈が言い返してこないことを不審に感じて、彼女の方を見る。

 すると里奈の表情は強張り、一点を見つめていた。

 それは遥の方。

 いや、遥の後ろへと注がれていた。

 その視線を追うように、遥も視線の先に目を向ける。

 背後。

 その先には一体の巨頭オが佇んでいた。

 鼻息を荒くし、今にも襲い掛かろうとしているように見える。汚らしい歯を剥き出す巨頭オに、遥は絶体絶命の危機を感じた。

「遥。これを使って!」

 すると里奈が、車内を通して一本のペットボトルを放おって遥に寄越すのが見えた。

 遥は、その意味を理解する。

 そのペットボトルを遥はキャッチすると、蓋を開封すると噴水のようにサイダーが噴出。その吹き出す炭酸飲料を巨頭オの目玉に向かってかけたのだ。

 突然の出来事と初めて味わう炭酸の痛みに巨頭オは、顔を覆って悲鳴を上げた。

(今だ!)

 遥はその隙を突いて、ワゴンRに乗り込むとエンジンをかける。里奈も乗り込んだのを確認すると、アクセルを踏む。

 若干のホイルスピンの後に、ワゴンRは急発進をする。

 里奈はルームミラーで、遠ざかっていく巨頭オの様子を見る。

 巨頭オはまだ目を押えて苦しんでおり、追跡をされる心配はなかった。

 里奈は安堵の溜息を漏らす。

「まさか里奈が落とした炭酸飲料に助けられるなんてね」

 遥の言葉に、里奈は自分の幸運に感謝しつつも苦笑いを浮かべるしかなかった。

「戦いとは、つねに二手、三手先を読んで行うものよ」

 そう、里奈は遥に言って聞かせた。

「それ。ガンダムの台詞でしょ」

呆れたように言う遥だったが、里奈は全く気にする様子もなく得意げである。

「あは。分かっちゃった。やっぱりガンダムはファーストよねぇ」

 などと、意味不明なことを言って一人悦に入っているようだった。

「それにしても、あの村、何だったのかしら?」

 しばらく走ると、里奈は話題を変えた。

 明らかに自分たちは招かれざる客だったのだ。

 だとすると、あの村は?

 疑問が次々と浮かんでくるのだが、答えは出ないままだった。

 そんな里奈の気持ちを察したのか、遥は言う。


【巨頭オの正体】

 かつての日本では右から左に読む横書きが使われていた。これは右から左に進む縦書きにならったもの。

 巨頭オは、オ頭巨と読むのが正しいとも。

 つまり御頭巨様という神様が、何らかの罰で村人を自身と同じ姿に変えたとも言われている。


「じゃあ。あいつら人間だったってこと?」

 里奈は複雑な気持ちになる。

 彼女たちの前に現れた巨頭オ達は、見た目こそ不気味ではあるが中身は普通の人間だということだ。

 それを想像するだけで、哀れとしか言いようがなかった。

「そうかもしれないわね。でも、それが分かったところでどうしようもないわ」

 遥の言うとおりだと、里奈も思う。

 自分たちが助かるために、巨頭オを転倒させたりしたのだ。今さら何を言っても始まらない。

「そうね。私ら、ただの女子大生だしね」

 そう言って自嘲気味に笑うと、里奈はシートを少し倒してリラックスすることにした。

「それにしては、この所、色々と怪異と遭遇するわね……」

 里奈の横で遥が言う。

「……」

 里奈は、確かにそうだと思った。

「温泉旅館の近くに霊験あらたかな神社があるらしいから行ってみようか?」

 遥の提案に里奈も同意する。

「良いわね。ついでに縁結びもお願いしちゃおうかしら」

 そう言うと二人は顔を見合わせて笑った。

 温泉に浸かって、美味しい料理を食べて、気の良い友人と一緒に過ごす。そんな楽しい旅行は、まだ始まったばかりなのだ。

 二人は笑い合いながら、目的地へと向かうことにするのだった。

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