第17話

「うーん、秋の匂いに包まれながら夏のイメージの海。いいね。」

砂浜から少し離れた場所にある石段に座り伸びをしながら気持ちよさそうに言う彼女、よほど海が好きなんだなと思う。

「ひーくんもここ座って目を閉じて?気持ちいいよ。」

そう言われ彼女の隣に少し距離を空けて座り言われるままに目を閉じる。

昨日の蒸し暑さはどこへ行ったのか、少しひんやりとした空気を感じる。

それに視覚を絶っているから波の音がより鮮明に聴こえる。

「似てる...」

「うん?何に?」

思っただけのつもりが口に出ていたらしい。

「目を閉じても日の暖かさは感じるけど、どことなく雨の日の雰囲気に似てる気がして。」

「あ、わかるかもそれ。今日人ほぼいないし目を閉じたら風の音と波の音しかしないもんね。確かに雨の日みたいなひとりぼっちの感覚と似てる。」

新しい発見だと微笑む彼女はまた、大きな悲しみの中にいるようだった。

ふと彼女の言う"世界に独り取り残されたような感じ"とはどんなものかと思考を巡らせてみる。

彼女が取り残されている世界はきっと誰も救うことができないくらい深く、大きく、光すらない。

それは、彼女の"悲しみ"で作られた世界ではないだろうか。

彼女は事あるごとに自分の弟の話をする。

苦しそうな、悲しそうな、泣きそうな表情で。

さっき彼女は弟の自死を「助けられなかった」「気付いてあげられなかった」と言っていた。

非情な人間かもしれないが、僕は自分の血縁者が死んでもきっと何とも思わない。

彼女の持つ感情の方がきっと正しい。

けれど自分の目の前で大事な家族があの世へ旅立ってしまった彼女の悲しみは、彼女の両親や親族のそれとは比にならないほどのものなのではないだろうか。

周りの人には理解できないほどの悲しみで作られた彼女だけの世界。

「君の世界は、きっと僕が理解することはできない。」

「...うん」

「君がひとりぼっちで取り残されてる世界から救ってあげることもできない。」

「うん、それでいいんだよ。」

「...。」

「おーい、今知り合いの女将に会ってね、宿泊予定の団体客が向こう都合でキャンセルして食材が余ってるから泊まっていかないかって。」

「え!やった!ラッキー!行こ、ひーくん。」

彼女が立ち上がり手を差し出す。

「うん。」

自分も立ち上がり、彼女の手を取ろうとしたが、その手は目の前から消えた。

「え?」

「樹里!?」

少し目線を下げると、石段の下で彼女が倒れていた。

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